クエスト3-6 世界と誓い
「シンヤ! シンヤ!!」
「シンヤさん!」
「シンヤ様ー!」
気が付けば、涙を流しながら覗き込むトルカとフィンとピスの姿が目に入る。
「ここは…………」
起き上がろうとして、激痛が走る。
……またか。
辺りを見回すと、カルネリアの教会にあった病室のような部屋に似ている……というより、ほぼ同じだ。
「シンヤ!」
「よかった……! 目を覚ましたのですね、シンヤさん……!」
トルカが俺の身体に抱きつき、フィンは俺の手をぎゅっと握る。
「ちょっ、2人とも……嬉しいけどちょっと離して、痛い、痛いから! 俺今ボロボロだから!」
「あっ、ごめんなさい」
「ごめん……」
心配してくれるのは嬉しいが、傷口を思いっきり触るのは流石に勘弁してほしい。
「ここは……?」
「サンドラールの教会です。風の塔の時のような異空間が展開されて、2人で壊そうとしてもビクともしなくて、消えたと思ったら全身に傷を負ったシンヤさんがいて……私のヒールで応急処置をして、教会で治してもらったのです」
「そうか……すまない……」
「いえ、気にしないでください。教会の方からの言伝ですが、今日を含めて3日は安静にしているように、との事です」
「分かった、ありがとう」
自らの身体をチェックしてみると、腹と胸に包帯が巻かれていたが、それ以外は大丈夫そうだ。
重症ではあったが、あの時に比べればマシといえる。
……そうだ、皆はファフニールを知っているだろうか?
「なあ皆、勇者を狩る者……ファフニールって奴を知ってるか?」
「ファフニール……デスか? うーむ、聞いたことあるような、ないような……」
「……ううん」
「魔力を持った武器や、加護を持った武器を狙う魔法使い……と聞きますが、詳しくは……」
ということは、その手の武器を持ってる奴を勇者認定して片っ端から襲撃している……ということか?
「シンヤさんを襲った、あの黒いローブの魔法使い、あれがファフニール……ということですか?」
「ああ。奴はそう名乗っていた。あいつはあの後どうなったんだ?」
「別の場所へと去っていきました」
「そうか……」
もう一度襲撃される可能性は低い、ということか……?
フィンもトルカも眼中になさそうだったし。
「とにかく、しばらくはゆっくり休んでください。治りましたら、改めてディアマンテ遺跡を攻略しましょう。今日はもう遅いので、私達は一度宿屋に戻りますね」
「また明日来るね、シンヤ」
「ああ」
フィンとトルカは、そう言って部屋を退出する。
窓の外に目を向けると、空は暗くなっていた。
「ファフニール……」
加護を無効化し、ライフルのように杖を操る魔法使い。
完全敗北だ。加護なんて関係無い。むしろそれがプラスに働いて尚、何も出来なかった。
俺はあんなのとまた戦うのか?
次に戦う時は俺も少しは強くなるだろう。そうだとしても、勝つ術は……あるのか?
「……寝るか」
今は、回復を最優先にしよう。
……………………
………………
翌日。
何とか動けるようにはなったが、歩こうとすると若干痛むので動き回る気にはならない。
「シンヤー」
そんな手持ち無沙汰の俺の元に、数冊の本を抱えたトルカがやってきた。
「お見舞い」
「ありがとう。フィンはどうした?」
「特訓。後で、来るって」
「そうか」
フィンは勤勉だなぁ……
「シンヤ、はい」
トルカは持っていた本を俺に手渡し、ベッドの近くの椅子に座る。
「暇かなーと思って、神父さんから、借りてきた……」
「おお、ありがとう」
トルカは椅子に座り、俺の服の裾を掴んで顎をベッドの上に乗せ、じっとこちらを見る。
「……トルカ?」
「気にしないで」
いやそんなこと言われても……
仕方がないので本を1冊手に取り、読むことにする。
何度も読まれたのか、少し汚れた古い本。
タイトルは……『せかいのはなし』。
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かつて、何もない場所に神が降り立った。
力の神。
理の女神。
命の女神。
力の神は巨大な鉄槌を振りかざして大地を創造した。
理の女神は魔導書を開いて属性を生み出し、時間や重力、魔法といった世界の法則を創り出した。
命の女神は杖をかざして数多の生命を生み出した。
そうして生まれたのがこの世界、テラステラである。
命の女神が生み出した生命から、やがて心を持つ種族、人が現れた。
荒れ果てた大地より現れた、力に長けた、現代の人の姿に最も近い種族『エゼルガ』
深き森 より現れた、魔法に長けた、漆黒の肌を持つ木のように巨大な種族『フォードール』
暗き洞窟より現れた、手先の器用な小さき種族『カムネン』
雄大な草原から現れた、獣と人の入り混じった姿を持つ種族『ビースター』
それぞれ、荒野の民、森の民、洞窟の民、草原の民の祖先である。
彼らはそれぞれの場所で、特に交わることもなく暮らしていた。
三大神は彼らを守り、知恵を授けた。
4つの種族は神に感謝し、祈りを捧げた。
そんなある日、突如テラステラの空は暗黒に包まれ、見たこともない怪物である魔物と、それを統括する強大な魔物、魔王が現れた。
住処を脅かされた4つの種族は、団結して立ち向かう。
ビースターは獣の特性を利用して敵の位置を探り、
カムネンは戦いのための道具を作り、
フォードールは魔法を駆使し、
エゼルガはカムネンの作った武器を手に取り、全ての種族の全ての個が団結して戦った。
激戦の末、魔王とその一派を退けた4つの種族は、その後もお互いに支え合い、交わっていき、姿も呼び名も少しずつ変わっていった。
やがて、彼らは国を興し、時に手を取り合い、時に刃を向け、発展を遂げていった。
神の力は、生命の信仰によって成長する。
理由と文化は違えど、4つの種族は神への祈りと感謝を忘れなかった。
彼らの文明の発展と共に、三大神もまた成長を遂げていった。
魔王の出現から千年の月日が経ちし時、再び魔王を名乗る強大な魔物が現れた。
それに立ち向かったのは、強大な力と勇気を兼ね備えた、神に選ばれし4つの種族の代表者。
人は彼らを勇者と呼んだ。
神は勇者に力と武器と魔王討伐の使命を授け、勇者はそれに応えた。
勇者は魔王との激戦の末、魔王を退け、平和を取り戻した。
神も人も、彼らに感謝した。
平和が戻ってからも人は祈りを捧げ続け、三大神は成長を遂げながら世界を見守っていき、千年周期で現れる魔王に、勇者を選定して力を授け、討伐へ向かわせた。
やがて、三大神はテラステラを容易に崩壊させるほどにまで成長し、これまで通りに人を支えることができなくなってしまった。
そこで三大神は、自らの従僕となる従神を生み出し、自分達の代わりに直接人を支える役割を担わせ、三大神は世界を見守ることに専念した。
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概ねこんな感じの内容だった。
この世界の名前はテラステラか……覚えた。
これまでに見た教会のステンドグラスやこの部屋に描かれた神の絵はおそらく三大神の絵だ。ニヴァリスは従神だろうか?
そのまま俺は次の本を手に取る。
タイトルは……『ゆうしゃ』。
その表紙からはどことなく児童書のような雰囲気を感じる。
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テラステラの片隅、当時はまだ小国だったワーテルに、一人の少年がいた。
彼は家族や友達と平和に暮らしていたが、ある日、女神の声を聞き、自らが勇者であると宣告され、旅に出て魔王を倒す使命と、そのための力を与えられた。
時を同じくして、魔王アシュバルグが現れ、配下の魔物を率いて世界を侵略せんとした。
ワーテルの国王は勇者となった少年に王国に伝わる剣を授け、大精霊の力を借りるよう助言を行うなど、支援を惜しまなかった。
かくして勇者となった少年は旅に出て修練を積み、仲間を増やし、大精霊の力を借り、魔物を蹴散らし、魔王の手先として各地に侵攻する四天王を退けていった。
彼が手にした剣には女神の加護が宿り、戦っていくうちにどんどん斬れ味を増していった。
しかし、8人いると言われる大精霊のうち、勇者が力を借りることのできた大精霊は6人だけで、残る2人はテラステラのどこを探しても見つけることはできなかった。
四天王を打ち倒してもなお続く侵攻を止めるため、勇者は魔王軍の本拠地である城に乗り込み、魔王と死闘を繰り広げた。
勇者は魔王を追い詰めたものの、強大すぎる魔王を倒しきることはできず、6人の大精霊の力をもって魔王を封じ込めた。
ワーテルへと帰還した勇者は剣を王に返還し、姿を消したという。
別の地で仲間と永遠の愛を誓い合ったとも、新たなる旅に出たとも、暗殺されたとも言われているが、どれも憶測の域を出ず、謎に包まれている。
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……といった話を、子供向けに分かりやすく書かれていた。
……魔王は確か、封印から目覚めた、って話だったな。
物思いに耽っていると、不意にノックの音がする。
トルカも顔を上げ、眠そうな瞳を擦る。
「どうぞ」
「こんにち゛っ゛」
鈍い音と共に、入り口付近でうずくまるフィン。
どうやら頭をぶつけたらしい。身長が高すぎるのも大変そうだなぁ……
す、すみませんシンヤさん、遅くなった上にお恥ずかしいところを……つい特訓に夢中になってしまって、慌てていたもので……」
髪を整えながら入ってきたフィンは、すごく気恥ずかしそうだった。
「時間指定したわけでもないしそんなに慌てなくても……」
「その、シンヤさんが心配で……元気そうで何よりです」
「ありがとう、歩くとまだ痛むが、それ以外は大丈夫だ」
「早く良くなるといいですね。お菓子を持ってきましたので皆で食べましょう」
「お菓子!」
トルカが即座に反応してみせる。
フィンが持ってきたのはクッキー。
飾り気のないシンプルな甘さが美味しい。
「なあ2人共、脈拍の無い話で申し訳ないんだが……」
「?」
「何でしょう?」
「俺が異世界から来た、って言ったら……信じるか?」
いつか言わなきゃいけない事だとは思っていたが、そのまま俺は異世界から来た、とは言えなかった。
唐突に俺異世界から来たって言っても頭イカレたかお前って普通は思うでしょ?
「…………?」
「えっ……?」
2人は唖然とした表情でこちらを見る。
「いや、あの、今のはただの「トルカは……」
居たたまれなくなって誤魔化そうとした時、トルカが口を開く。
「トルカは、シンヤについていく。シンヤが誰でも、関係ない。シンヤが、この世界の人でも、そうじゃ無くても」
トルカはさも当然という風に言ってのけた。
「トルカ……」
「シンヤは、トルカを助けてくれた。フィンも、助けてくれたけど、シンヤがいなかったら、トルカはもう死んでるから……」
「それは、どういう……」
「えっと、フィンと出会う、ずっと前……」
にわかには信じがたい、と言いたげな顔のフィンに、トルカは淡々とワーテルでの出来事を話す。
命中率の低さから、かつて所属していたマイティドッグの連中から虐待を受けていたこと。
俺が手を差し伸べるまでは、誰も助けてくれなかったこと。
路地裏で暴行を受け、放置されていた中で俺と出会い、助けられたが、反射的に逃げてしまったこと。
追放され、今日の宿代しかなく、ソロで稼ごうとして死にかけたところを救われたこと。
俺と行動を共にし、トルカの魔法の命中率の低さの改善に協力したことなど……
そういやそんなこともあったな。
行動に後悔は無いが、いざ当人から聞かされると妙なむず痒さがある。
「……だから、こうやって生きてる、トルカは」
「と……トル、カ、ちゃん……」
フィンの方を見ると、その目には大量の涙を流していた。
そんなフィンをトルカは珍妙な顔つきで見ている。
どうしよう、ハンカチハンカチ……持ってねぇ!
「そんな……こんな、事って……幼い時から……そのような、苦労を……親御さんは……」
「……覚えてない、思い出せない。ずっと歩いて、気付けば、シンヤのいる街に、いた」
「それは……その……ごめんなさい……」
「いいよ、別に」
道具を入れた鞄を取っていい感じのものが無いか探してみる。
これは包帯、これは剣の手入れ用の布……これは……これだわ。
「ほらフィン、これを使え」
「す、すみません……ありがとうございます……」
……にしても俺ハンカチなんていつ入手したっけ?
あ、思い出した。これワーテルの王様から貰ったマントの切れ端だ。ボロボロになっとはいえ勿体無いから綺麗なところちょっとだけ切り取ったやつだったわ。
……これはハンカチだ、誰がなんと言おうとハンカチなんだ。
「すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね……」
フィンは少し恥ずかしそうにハンカチを返す。
「トルカちゃん、今までよく頑張りましたね。シンヤさん、貴方の勇気ある行いは、素晴らしいと思います」
フィンはトルカの頭を撫で、俺の頭を撫でる。
弟の気分って……こういうやつなのかな……
「その、シンヤさんに魔力が無いことは前から気になっていました。属性と魔力が存在しないというのは、世界の理に反する事……つまり普通は有り得ないのです。ですが、この世界の外から来たのであれば、説明はつきます。にわかには信じがたい話ですが……」
つまり俺の無属性はオンリーワンだってことか。
……いらねぇオンリーワンだ。
「シンヤさん、私も貴方に助けられ、手を差し伸べられて、ここにいます。それに後悔はありません。貴方に正義の心がある限り、私も共に行きます」
そう話すフィンの表情は凛としていて、気高き女騎士とでも形容したくなる雰囲気を纏っていた。
「2人とも……ありがとう」
「早く、治してね」
「ああ」
皆の優しさが、ただただ嬉しかった。
……………………
………………
次の日、フィンに俺が異世界人と聞いて納得した理由を詳しく聞く事にした。
「フィン、昨日の話なんだけどさ」
「昨日の話、ですか?」
「ほら、俺が異世界人だって話。フィンならもっと懐疑的になると思ったんだが、何であんなにスッパリ受け入れてくれたんだ?」
フィンはああー、あれですか、と思い出したかのように返事をする。
「少し長くなるかもしれませんが……よろしいですか?」
「構わない」
フィンは座り直すと、静かに話を始めた。
「そもそも魔力というのは、理の女神様によって……あ、三大神については知っていますか?」
「えーっと、この世界を作った神様で、力の神、理の女神、命の女神の3柱の神……で合ってる?」
「はい、その通りです。それで、命の女神様が生み出した生命の種に理の女神様が魔力を授け、それらが胎児や卵に宿り、生命が生まれます」
相槌を打ちながら話を聞く。
「全ての生命がその過程を経てこの世界で芽吹きます。人工的に作られる魔法生物は少し趣が異なりますが、魔力が無ければ生命として成り立たないことは同じです」
「魔力を授からずに生まれたらどうなるんだ?」
「いえ、生命として成り立たないので、そもそも生きることが出来ないのです。魔力を授かってない生命の種は、母体や卵の中で既に息絶えているはずです」
「だから俺はイレギュラー……ってことか?」
「そういう事になりますね。他にもいくつか判断材料はありますが、1番の決め手はそれです」
「そうか……」
少しの沈黙の後、フィンが質問を投げかける。
「シンヤさんは、どうしてこの世界に?」
「俺は元々、魔法も魔物も無く、代わりに科学や技術が発展した世界で暮らしていたんだ」
「ということは、その世界の住人は魔力を持っていない……ということですか?」
「ああ。魔法のよう道具はあったし、誰もが教育を受けられた。だが、魔法なんか創作の中だけだ」
「……私としては、信じがたい世界ですね」
あー、フィンから見たらそうなるのか。
「で、俺が訳あって向こうの世界で死んだ時、ニヴァリスと名乗る女神が現れて、この世界を狙う魔王を倒してほしい、と頼まれた。それを受けた俺は、こっちの世界に来て、勇者の剣を抜いて、勇者として……まあ色々あってここにいる、という感じだ」
「そうでしたか……あの、シンヤさんは……魔王を倒して、元の世界に帰れるとしたら……元の世界に帰るのですか?」
今まで考えた事が無かった。
いや、考える余裕が無かったと言うべきか。
確かに、魔王を倒せばこの世界に残留する理由は無くなる。
だけど……
「フィンの言う通り、帰るかもしれない。だけど……平和になった世界を巡りたい気持ちも、ある」
「世界を、巡る……」
「変、かな?」
「いえ、とても素敵なことだと思います」
恥ずかしくなって頭をかく俺に、フィンは優しく笑いかけた。
……………………
………………
さらに1日後。
「復活!!」
身体の痛みは消え去り、元の状態に戻った。
どこを動かしても痛くない。健康って素晴らしい!
教会から出た俺達は、前に特訓に使った広場にいる。
「よかったね、シンヤ」
「シンヤさん、おめでとうございます! それで、今日はどうなさいます? やはり、ディアマンテ遺跡に向かうのですか?」
「そうしたいが……その前に手合わせを願いたい。ろくに動けてないから、鈍ってそうでな」
「はい、そういう事であればお任せを!」
「トルカ、観てる……」
トルカが地面に座ると、俺とフィンは剣を構える。
「いつでもどうぞ」
「ああ」
砂漠の街の一角で、金属音が響く。
フィン相手にはとにかく真正面から攻撃を受けてはいけない。
自分3人分の力を真正面から受けたらどうなる?
答えは簡単、打ち負ける。
フィンが繰り出す攻撃をとにかく流す、かわす、流す。
そして相手にペースを握らせない。
理屈は簡単だ。だが、
「はっ!」
「しまっ……!」
行動で示すのは難しい。
甲高い音と共に空へ吹っ飛んだサンドサーベルを見て、俺は改めてそう思った。
……………………
………………
その後、特訓に熱が入ってしまい、結局1日を潰してしまった。
相変わらず負けまくっていたが、身体をほぐすのにはちょうど良かったかもしれない。
……明日はちゃんと攻略しよう。うん。
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