クエスト3-4 教習
サンドラール生活、2日目の朝。
「フィン、お願いがある」
「何でしょう?」
「俺に、剣術を教えてくれ」
……………………
………………
「やあっ!」
「はっ!」
砂漠の街の一角、人の少ない広場で、金属同士がぶつかる音が響く。
俺は、フィンから剣術の手ほどきを受けていた。
剣の正しい使い方を覚えれば、それだけ死亡率も足を引っ張る可能性も下がる。
ただでさえトルカとフィンにステータスで大幅な遅れをとっている以上、少しでも技術を習得しなくては、2人に並び立つことはできない。
幸いにも、フィンは剣術の指南役を快く受け入れてくれ、トルカもやりたいことがあったからちょうどいい、と了承してくれた。
「そらぁ!」
「はっ!」
俺が両手で振り下ろした剣を、フィンは最小限の動きで打ち払い、跳ね飛ばす。
サンドサーベルは宙を舞い、俺の約3歩後ろの地面へと突き刺さった。
「ハァ、ハァ……またか……」
「シンヤさんは全体的に動きが大振り過ぎます。それから、余分な力が入っていますので、そうですね……もっと柔らかい動きを意識してみてください」
「柔らかい動き……?」
「はい。剣というのは、ただ力任せに振ればいいわけではなくて、柔軟性も大事なんです。例えば……こんな感じに」
フィンは剣を振ってみせる。
……違いが分からない。
「……こうか?」
「まだ力が入りすぎていますね。握る力ももっと緩く、振るときは肘から動き出すようにしてみてください」
「……こうか?」
「はい、その調子です!」
……………………
………………
3時間ほど模擬戦をやったところで、一度中断する。
「ゼェ……ゼェ……」
「シンヤさん、大丈夫ですか?」
「ああ……」
息も絶え絶えな俺と違い、フィンは何ともなさそうな顔をしている。
やっぱり身体の作りが根本から違うんだろうなぁ……
「悪いな、付き合わせて」
「いえ、私は大丈夫です。私自身の勉強にもなりますし。それに、正しい剣術の使い方を覚えるのは大事なことです」
フィンは優しく微笑んでみせる。
「ところでシンヤさん、その……レベル20でそのステータスなのは、何か訳があるのですか?」
フィンが申し訳なさそうに尋ねると、俺は勇者の剣を顕現させる。
「これだ。勇者の剣……これに魔王が成長を止める呪いをかけたんだ。それで、レベルアップを何度か無駄にしてしまって……」
「それは……アーク・ブランシュ……女神ニヴァリス様の加護を受けた者にしか扱えない、希望の剣……」
えっ、これそんな大層な名前付いてたのかよ。
「魔力が無いのも……それが原因ですか?」
「いや、こっちは元からだ」
「そう、ですか……その、シンヤさん」
「何だ?」
「えっと……やっぱりいいです。お昼時ですし、そろそろご飯にしましょうか。トルカちゃんを呼んできますね」
「そうだな、頼む」
フィンは駆け足で宿屋に向かうと、少し眠そうなトルカを連れて戻ってきた。
寝起きだともっと眠そうにしているので、寝ていたわけでは無いらしい。
「トルカ、やりたいことがある、って朝に行ってたが……何をしていたんだ?」
「……新しい魔法の、魔導書、作ってる」
新しい魔法の……魔導書を……作る?
まあ魔導書が販売されてるし、自作も出来るっちゃできるのだろうが……
「魔法使いは術式を自ら作り出し、空白の本に書き込んで魔導書にする、というのは聞いたことありますが……」
「ん? ということは魔導書が無いと新しい魔法は作れないのか?」
「ううん、できるよ。できるけど……忘れる」
「じゃあ、覚え書きみたいなものか?」
「多分……」
多分って……
……これはあれか、感覚でやってるのか?
やり方は分かるけど説明はできない、って感じのやつか。
「とにかく、一旦飯にしようぜ」
そう言って、冒険者ギルドへと向かう。
飯を食ってからも指南と魔導書製作は続いた。
……………………
………………
それから2週間、俺とフィンは剣術特訓、トルカは魔導書製作に勤しんだ。
「はっ!」
「くっ……!」
俺は相変わらずフィンに圧倒されてはいるものの、少しは粘れるようになった……と思いたいが、フィンとの差が歴然すぎて全く自信がない。
「上達してきていますよ、シンヤさん。その調子です!」
「ハァ……ハァ……そうか? フィンに瞬殺されてばっかりな気がするけど……」
「ま……まあ、見かけはそうかもしれません。ですが、構えも振りも、前より着実に良くなっていますよ」
「それなら、いいんだが……」
「シンヤさん。ステータスの数値はあくまで目安です。多いに越したことはありませんが、本当に大事なのは、こういった技術です。腕を磨けば、どんな相手にもきっと勝てます。もう一回、手合わせしますか?」
「ああ」
とまあ、俺達はこんな感じで、毎日手合わせを行なっている。
「シンヤ、フィン」
その最中、2冊の魔導書を抱えたトルカがやってきた。
「トルカか。魔導書製作の調子はどうだ?」
「結構、できた。ここからは、シンヤとフィンにも、手伝ってほしい……」
「それは構いませんが……魔導書を作ったことが無いので、技術面ではあまり役には立てませんよ?」
「フィンが無理なら俺はもっと無理だぞ」
「そうじゃ、なくて……魔物とかに、試し撃ちする、から、守って……」
何だ、そういう事か。
「なるほど、そういう事でしたか。それならお任せください」
「俺も協力するぜ」
「……うん、ありがとう」
この日から、トルカの実戦による調整にも付き合うようになった。
とは言うものの、砂漠の環境は魔物でも厳しいらしく、夕方以外ではほとんど魔物は発生しない。
街中でぶっ放すわけにもいかないし、街近くの岩にぶつけるにしてもいちいちアイスドリンクがいるので、実戦による調整は夕方のみ行うようにしている。
夜? 寝るよ。
「唸れ、双頭の炎よ! ツイン・ファイア!」
「貫け、白き凍原の矢よ! フロスト・アロー!」
魔導書の製作は、魔法を形成し、詠唱文を作り、それを術式(魔法の設計図のようなもの)に落とし込み、出来たらその通りにもう一度魔法を形成し、調整し、術式を書き直し……という作業をひたすら満足するまで繰り返す。
こう言うと単純な反復作業のように見えるが、この術式に書き起こすというのが中々集中力を要求されるらしい。
魔力を注ぎつつ、頭にイメージを思い浮かべながら、専用のペンで書き込む。イメージを維持できなければ最初からやり直しだそうだ。
トルカは2冊作っているようで、片方は火の弾を連続で飛ばす魔法、もう片方は冷気をレーザーのように飛ばし、敵を凍結させる魔法だ。
前者はファイアの、後者はフロストの強化版、といったところだろうか。
ツイン・ファイアは2つの火炎弾のコントロールが上手くいかないらしく、途中で融合したりあらぬ方向へ向かったりしており、フロスト・アローはしょっちゅう氷の柱を撃ち出すような感じになっている。
前者はともかく後者はそれはそれで強そうな気もするが。
……………………
………………
剣術指南と魔導書製作を行うこと、さらに2週間。
「これで一通りは教えきりましたね、お疲れ様です。後は実戦あるのみですね」
「ありがとう。何としてもものにしてみせるさ」
俺の剣術指南も一通り終わり、
「トルカ、魔導書の完成まではあとどのくらいだ?」
「もうすぐ、終わる。今日撃ったら、いけそう……」
トルカの魔導書製作も大詰めを迎えていた。
「この分だと、明日にはディアマンテ遺跡を探索できそうだな。改めて準備しておくか」
「そうですね。情報収集と、道具の補充をしておきましょうか」
「ああ」
昼飯ついでに、改めてディアマンテ遺跡の情報を集める。
現状で確認されているフロアは上が2F、下がB1Fまでで、出現する魔物はスケルトンやミイラといった、アンデッド系が中心らしい。
また、遺跡内には罠も張り巡らされているらしく、運が悪ければ死亡することもある……とのことだ。
各種ドリンクと松明に筆記用具と紙、携帯食料、それから聖水を買い足しておき、明日に備える。
……………………
………………
夕方、トルカの魔導書製作の最終調整を行うため、街の外の砂漠にに出る。
西方面は遺跡へ行く冒険者によって魔物が狩り尽くされているので、東方面へと向かう。
ここらに出る魔物は、デザートスコーピオンとカクタスロックに加え、サンドスネークという大型の蛇の魔物が出る。
デザートスコーピオンとサンドスネークは毒を持っているが、遠距離から叩く分には問題ないし、プロテクションを貫通できないので、フィンがいるならば脅威にはならない。
「そら、こっちだ!」
「唸れ、双頭の炎よ! ツイン・ファイア!」
2つの火炎弾がデザートスコーピオンに襲いかかり、いとも簡単に焼き焦がし、破壊する。
トルカの魔法の発動が通常より遅い点を除けば、いつもの魔物退治とそこまで変わらない。
「貫け、白き凍原の矢よ! フロスト・アロー!」
「はあっ!」
白い極寒の光線に尾が掠ったサンドスネークは、そこからどんどん白く凍り、フィンの一撃によって粉々に砕ける。
魔物狩りは何度かやってきたが、フィンが入ってからは俺の負担が減り、随分楽になった。
……油断するとやる事なくなるくらいには。
「できた!」
6体ほど魔物を倒して調整を終え、2冊とも満足いく出来に仕上がったようだ。
「おめでとうございます、トルカちゃん!」
「おつかれさん。じゃあ、帰ろうか」
「うん」
少し疲れ気味のトルカを背負い、宿へと戻る。
……………………
………………
翌日の朝。
全ての準備を終えた俺達は、早速ディアマンテ遺跡へと向かう。
他にも遺跡へ向かう冒険者はちらほらいるので、道に迷う心配は無さそうだ。
遺跡までの道中をしばらく進むと、一面の砂の光景から、倒れた柱や崩れた石畳の道、砂に塗れた瓦礫などが見えてくる。
ディアマンテ遺跡は元々城か何かで、こっちは城下町……ってことだったりするのか?
いずれにせよ、この辺にお宝は残ってなさそうだ。
さらに歩くと、ディアマンテ遺跡が見えてくる。
その見た目を一言で言えば……ピラミッドだ。どこからどう見てもピラミッドだ。
「あれがディアマンテ遺跡か……」
「そのようですね。昔から話には聞いていましたが……本当にこんな形なんですね……」
「さんかく」
さらに歩を進めようとした瞬間、
「!?」
足元に銃撃のような素早い魔法が飛んできた。
「ディバイドフィールド!」
何が起こったのか分からないまま正面に顔を向けた時にはもう遅く、かつてフォリウムが仕掛けたのと同じように直線上に線が走り、俺だけを円中に収め、隔絶するようにフィールドが展開される。
「シンヤ!」
「シンヤさん!?」
返事する間もなく、トルカとフィンの姿は見えなくなり、砂漠は赤い空の荒野へと姿を変えた。
「アンチフィールド……見つけたぞ、ヒトガタ崩れの勇者よ」
「……何?」
声の方を向くと、そこにはフードの付いた黒いコートを纏い、長い角の付いた仮面を付けた魔法使いがいた。
「誰だお前は!?」
「俺の名前はファフニール……」
電子音のような声でファフニールと自称したそいつは、手にした杖をライフル銃のように構える。
「勇者を狩る者だ」
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