クエスト3-2 砂漠の洗礼
第二の中継地点である町では、それぞれ砂漠用の防具を買っておいた。
俺はマントを外し、鉄の胸当てをハードレザーのものにし、スカイジャケットを黒いコートに変更する。
トルカはトレードマークともいえる、黒いとんがり帽子と真っ黒のマントを外し、猫耳のローブとフェイスベール(占い師が口元に付けてそうな布)に変更し、サンダルとブーツが合わさったような赤い履物は皮のブーツへと変わった。
今までの装備はお気に入りらしく、当初は装備を変えるのを嫌がっていたが、砂漠の環境をフィンが丁寧に説明した事と、ふと目に入った猫ローブが気に入ったおかげで変更するに至った。
フィンは全身重装甲の典型的な騎士の姿から軽装化し、金属より布が目立つ感じになった。兜を脱いでフード付きマントを付けた。上半身は目立った変更は無いが、下半身は機動力を重視してズボンとブーツに。どことなく暗殺者っぽい出で立ちに見えるのは……気のせい?
他の冒険者達も装備を変更し、大なり小なり軽装になっていた。
「装備はこんなもんか。にしても砂漠か……やっぱり暑いんだろうなぁ」
「それだけじゃありませんよ。昼は暑いですが、夜は一気に冷え込みます。アイスドリンクとヒータードリンクは買いましたか?」
「……なにそれ?」
どこぞの狩りゲーの飲料の亜種?
「それぞれ、極端な暑さと寒さを防ぐ飲み物です。買っておかないとより旅がより厳しいものになりますよ」
亜種だった。
「一本でどのくらい効果があるんだ?」
「えーっと……およそ3時間くらいでしょうか?」
「分かった。買ってくる」
……………………
………………
二種のドリンクとその他道具を補充し、町を出発する。
しばらくすると、背の高い草に覆われた景色から背の低い草の生い茂る景色へと変わり、やがて両脇を高く険しい山脈に挟まれた、ゴツゴツした道の続く谷へと変わる。
馬車の揺れも激しくなり、トルカは言うに及ばず、俺も酔いが回ってきた。
ここでも魔物や野盗の類はやはり出没するが、この手の奴らは崖の上といった高所に陣取って狙撃してくることが多く、前衛職は盾程度くらいしか出番がない。
俺がキャプチャーウィンドを使って強引に引きずり出せば話は別だが、一箇所ずつしかできないので効率が悪い。
その上2回目以降は対策されやすいという大きな問題を抱えており、あまり意味は無かった。
その代わりに大いに暴れたのがトルカを含めた魔法使いやアーチャーといった遠距離攻撃を得意とする冒険者達だ。
魔法使いは遮蔽物もろとも敵を攻撃し、アーチャーは遮蔽物から身体を出した瞬間を狙って狙撃する。
向こうからの攻撃はフィンの防御魔法でシャットアウトするので、被弾を恐れる必要は無い。
俺も負けじとスリングショットを用いたものの、命中以前に飛距離が足りなかった。悔しい。
……………………
………………
2日後。
関所の衛兵に紹介状を渡して通り抜けると、その先には広大な砂漠が広がっていた。
完全な砂世界というわけではなく、岩肌が露出し、植物が申し訳程度に生えている感じだが、日差しはギラギラと容赦なく照りつけ、想像と違わぬ猛暑が襲う。
「ここから先は砂漠特有の厳しい環境が待っております。昼は焼けつくほど暑く、夜は冷え込みますぞ。体調にはお気を付けくだされ」
「はい」
「心得ております」
「あ゛い゛……」
俺とフィンは大丈夫だが、トルカは既にヘタレ気味だ。
大丈夫だろうか……
……………………
………………
乗り心地は相変わらずよろしくないが、砂地になってもスピードが衰えない辺り、この馬車馬の馬力は相当なものだと思われる。
馬車が砂に嵌っても、馬が強引に引き抜いた事も何度かあった。異世界の馬すげぇ。
ただ、商隊の馬車のうち、一台でも砂に車輪が嵌るとその都度止まるので、その分移動が遅くはなっている。
それでも想定よりずっと早いから大したものだ。
で、馬車内の温度なのだが……
「クールミスト……」
切羽詰まった顔のトルカが馬車内にキラキラと輝く冷たい粉末を……言い方は悪いがバル○ンのように散布し、それが馬車の中を涼しく保っている。
「おお、これはすごい……よく考えついたな、トルカ」
「快適ですね……! トルカちゃん、ありがとうございます」
「どたまして……」
そう返すトルカは死にかけの魚のような目でアイスドリンクを飲むのであった。
「この分だと俺達はアイスドリンクは要らなそうだな」
「魔物が出た時は外に出ますし、その時まで温存しましょう」
トルカの魔法のおかげで、昼の間は快適に過ごすことができた。
昼に魔物が出た時はアイスドリンクがあるとはいえ、再び灼熱の世界に飛び込むわけだが……それはまあ、ご愛嬌ということで。
砂にフライパンを置いて目玉焼きでも作れそうな暑さだが、正直思ったほどきつくはない。
トルカのクールミストのおかげでもあるが、日本の夏と違って湿気がなく、蒸篭、あるいはサウナルームの中と錯覚するようなあのじっとりとしたあの感じが無いのだ。
外国人が日本の夏は地獄だ、とテレビやネットで見かけたことがあったけど、そういうことだったのか……
そんなわけで、昼は大丈夫だった。
そう、「昼」は。
夜は昼の暑さが嘘のように一気に冷え込み、一帯は極寒の地と化す。
平原の時もそうだったが、夜は馬車を輪になるように停車させ、その中央で火を起こす。
魔物を防ぐバリケードになり、ついでに風も凌げる。
先人の知恵、ってやつだろうか。
それはさておきこの身を切るような寒さ。俺にとってはこっちの方がキツい。正直舐めてました。
寒さ慣れとかいう話ではなく、この寒さは日本の冬より厳しい。
実際に行ったわけではないが、北海道や東北の冬と同じくらいの気温と言われても納得できるくらいだ。
とはいえ、この寒さでも当然魔物は襲ってくる可能性はあるので、哨戒を行う必要がある。
商隊護衛における哨戒は、各パーティから一人ずつ選出し、時間で交代する。今回は俺達を含めて4パーティなので、4人ずつで哨戒にあたる。
1人分の負担はさして多くないが、この寒さで哨戒は流石に辛い。
他の冒険者達は身を寄せ合って焚き火にあたったり、何かドリンクを……あっ。
このためのヒータードリンクじゃねぇか!
早速ヒータードリンクを取り出し、封を開ける。
キャップの付いた炭酸飲料のアルミ缶に似た、赤いラベルの容器からは、生姜に似た匂いと、白い湯気が立ち昇る。
容器を傾け、ぐいっと一発。
喉にピリっとしたものを感じるが、まろやかな甘さ。飲む度にじんわりと身体が温かくなっていくような、不思議な感覚だ。
……ってかこれ大方生姜湯じゃねぇのか? 飲んだことないけど。
「シンヤさん……あ、飲んでいらしたのですね」
「フィンか。まだ時間じゃないから寝てりゃいいのに……」
「そ、その……緊張で寝付けなくて……」
フィンがこちらにやってきて、焚き火の目の前にいる俺の近くに腰掛ける。
「ん? ああ。結構美味いな、これ」
「蜂蜜とシオネの実の果汁が入ってますから、飲みやすく出来ているんです。風邪にも効くんですよ」
シオネの実……? 何だろう。
「へぇー……」
とにかく、これなら魔物の奇襲があっても平気だな!
「シンヤー……交代ー……」
「分かった。ゆっくり休んでおくんだぞ、トルカ」
「うん……」
今にも寝落ちしそうなトルカと交代し、哨戒に入る。
……………………
………………
おはようございます。シンヤです。
あの後は特に何もなく、それから2日経っても何もありませんでした。
というより、砂漠に入ってから今まで、魔物をロクに見ていない。流石にこの環境は魔物といえど厳しいのか、遭遇したのはカクタスロックというサボテンもどきの岩の魔物くらい。そいつも周辺をうろちょろするだけで襲ってはこなかったし。
でもこういう時ってのは得てして……
「あれは何だ!?」
こうなるんだよ畜生!!
その声とほぼ同時に馬車のすぐ近くで巨大な轟音と砂埃が巻き起こり、舞い散る砂と共に巨大な生物が姿を現す。
「あ……あれは……」
蛇のように細長く、四肢のないサンドカラーの身体、粘液に塗れた巨大な口にギラリと光る無数の牙。
「サンドワームだ! サンドワームが出たぞ!」
「戦闘準備だ! 急げ!」
サンドワームの出現に商隊の馬車は各所でざわつき始める。
「俺達も行くぞ!」
「あっ、えっと、私は馬車の退避を手伝います!」
「分かった、頼む!」
アイスドリンクを一気飲みし、馬車を飛び出す。
味はスポーツドリンク風味でした。
「おっきい……」
サンドワームは地表に出ている分だけでも体長5m前後はあり、人間をたやすく丸呑みできてしまいそうなほどの巨体だ。
「さて、どう戦うか……」
硬そうな外皮からして、無闇な物理攻撃は効果が薄そうだ。
弱点はおそらく口の中だろうが、剣だとここからでは当然届かない。
「すみません、遅くなりました! 馬車の退避は完了です!」
そう言って駆けつけたフィンの足は、よく見ると少し震えている。
前線に出すのはまずいかも。
「よくやった。フィンは後衛を主軸としたサポートを。トルカ、奴の口の中を狙うんだ」
「……うん」
「は、はい! 偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください! プロテクション!」
フィンの防御魔法がかかると同時に、前衛職の冒険者達は一斉にサンドワームへと駆け出す。
「とにかく奴を引きつけてくれ! 俺達魔法使いが一斉に照射した後に畳み掛けろ!」
「へへっ、そんなもん無くても倒せらぁ!」
「もたもたしてると倒しちゃうわよ?」
「やれやれ……」
……大丈夫なのかこれ。
魔法使いの冒険者が一斉に準備を始めたので、俺も時間稼ぎに向かう。
「迅雷剣!」
「ハウンドブロー!」
言うだけあって、前衛冒険者達の攻撃はサンドワームの頑丈な外皮をものともせず、ダメージを与えていく。
俺も攻撃に加わろうとしたその時、サンドワームは大きく身体を振り上げる。
「攻撃が来るぞ!」
声を張り上げた直後、サンドワームはその巨体で周囲を薙ぎ払う。
凄まじい轟音と叩きつけるような突風、舞い散る砂。
後方にいた俺と同じくらいの距離まで吹っ飛ばされる冒険者達。
……あれ、1人少ない。
まさかと思いサンドワームに視線を移すと、奴の頭上に獣人の女槍使いが攻撃を加えている。
いつの間に登ったんだ!?
っと、そんな事を考えている場合じゃない。
「おらぁぁぁぁ!!」
他の冒険者が付けた傷を抉るようにしてダメージを与えていく。
これなら俺程度の筋力でも痛いはずだ!
「準備が出来た! 皆一旦離れろ!」
その言葉と共に冒険者は一旦退避し、その直後に
「撃滅せしは我が魔弾! くらって吹き飛べ! マジックミサイル!」
「風よ、剣となりて撃滅せよ! メガウィンド!」
「水よ、悪しき心を洗い流せ! メガフラッド!」
「冷気の枷を受けよ! フロスト!」
魔法による一斉攻撃。
魔弾がサンドワームを怯ませ、風の刃が切り刻む。
水流が顎を貫き、冷気弾が水を凍結させ、つっかえ棒のごとく口の動きを封じる。
それを受け、サンドワームは轟音と共に地に伏した……
かと思いきや、砂飛沫をあげて巨体に身合わぬ素早い動きで地面に潜る。
直後、地面が激しく揺れ動く。
「な、何だ!?」
「来るぞ! 離れろ!」
刹那、サンドワームはさっきまでいた場所より少し後ろから飛び出し、後衛めがけてタックルをかますかのごとく飛びかかる。
糸状の生物が飛びかかって来るシーンは何かしらで見たことあるが、これは規模が違いすぎる。
電車が突っ込んで来るようなものだ、直撃すれば重大な被害は避けられない!
「フィン!!」
「偉大なる力の神よ、災厄から守りし盾を我らにお貸しください! ガードウォール!」
フィンが咄嗟に展開したガードウォールにサンドワームの巨体がぶつかり、ものすごい音を立てる。
「ぐぅっ……うう……!」
膨大な質量による衝撃は全魔力を行使したであろうガードウォールも無事では済まず、瞬く間に防壁にヒビが入り、その亀裂はどんどん広がっていく。
勢いを失い、サンドワームが落ちる。
轟音と共に砂塵が舞い、思わず腕で顔を庇う。
くそっ、砂煙で状況が分からねぇ!
そうだ、この時のための……!
「出でよ、ファルコンソード!」
ファルコンソードを出し、空気砲をイメージし、キャプチャー・ウィンドと同じように構える。
「プッシュ・ウィンド!」
思いついた名をそのまま言い、突風を打ち出して砂煙を吹っ飛ばす。
煙が晴れた視界の先にあったのは、ぐったりとしたサンドワームと砕けてポロポロと消えていく光の防壁。
「今のうちだ!!」
誰かの声にハッと我に返り、他の冒険者共々サンドワームに突撃する。
既に力を使い果たしたサンドワームはもはやただの巨大なマト。
そうなれば冒険者達の敵ではない。
今はそれよりフィンだ。
魔法のメカニズムは詳しく知らないが、あの質量の攻撃を抑えたのであれば大きな負担を受けていてもおかしくはない。
「フィン! 大丈夫か!?」
急いでフィンの元に駆け寄ると、今にも倒れそうなフィンの姿があった。
「…………シンヤ……さん……?」
「フィン、大丈夫……じゃないか。肩を貸す。先に馬車に戻れ」
「私は……まだ、大丈夫……です……」
「嘘つくな!」
フィンが倒れたら防御魔法を使える奴がいなくなる。そうなったら一大事だ。
フィンに肩を貸して馬車に戻り、フィンを休ませると、サンドワームへと引き返す。
……といっても決着は付いており、素材剥ぎ取りタイムに入っていた。
合同での討伐においては、素材は貢献度によって分配されるルールはある。
が、今回は大きさが大きさなので、魔核のような個数が限られる物以外は実質取り放題であった。
今回の取り分はサンドワームの牙と身体を覆う鱗のような外皮。
シルロスさんに売り払おうとすると、それは防具の素材になるから取っておきなさい、と断られた。
そういうのもあるのか。
……………………
………………
それからというもの、昼時にカクタスロック、夕暮れ時にデザートスコーピオンという大型サソリがたまーに襲ってくる以外は、特に何事もなく3日が過ぎた。
魔法障壁は攻撃を受け続けると破損するが、破損しないよう維持するとなれば本来の消費とは別に魔力を消費する仕組みらしい。
サンドワームの体当たりを残りの魔力全て消費しきって防いだフィンは、あの後に魔力の使い過ぎで魔力欠乏症を発症。調子が悪化し、それから1日半ほど戦闘どころではなかったので、これは幸いといえよう。
今は回復している。
あっ、そうそう。全員レベルが上がりました。
名前:シンヤ・ハギ 種族:荒野の民
属性:無 レベル:21 職業:勇者
体力:46 魔力:0
筋力:39 敏捷:38
創造:2 器用:28
名前:トルカ・プロウン 種族:森の民
属性:氷 レベル:16 職業:魔法使い
体力:14 魔力:165
筋力:2 敏捷:16
創造:161 器用:26
名前:シアルフィア・カルネリア 種族:荒野の民
属性:雷 レベル:14 職業:聖堂騎士
体力:131 魔力:54
筋力:119 敏捷:33
創造:48 器用:42
風穴の洞窟で使ってしまったので今回の俺の分は見事に0だ。
まあ……あの時はしょうがないかな。
「シンヤさん!」
「おおう、どうした?」
「町が見えて来ましたよ!」
「え、マジで!?」
「……トルカも、見たい……」
「任せろ」
トルカを抱え、御者席の方へ身を乗り出してみると、遠くに建物が見えてきた。
詳しい外観は分からないが、外壁と城と思われる建物が確かに見える。
「おおー……」
「皆さま、あれがサンドラールです。あと数時間もすれば着きますよ」
「サンドラールはどんな街並みなのでしょう。私、ちょっと楽しみです」
「早く降りたい……」
正反対な反応の2人を眺めつつ、俺もまだ見ぬ町に想いを馳せる。
……カレーとかあるのかな。
考えないようにしていたが、そういやもう1年以上米食ってない。
米食いてぇよ米。
カルネリアにも無かったよ米。
嗚呼、白米……やめよう、情緒が台無しだ。
砂漠の国か……どんなものが待っているのだろうか。
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