クエスト3 砂漠の遺跡と魔の影(獣の大陸・サンドラール編)
クエスト3-1 誤算
商隊の馬車は、今日も走る。
「聞きましたぞ、シンヤさん。何でも、魔王を倒す旅の途中だそうで」
「ええ、そんなところですね」
「とすると私は、歴史的英雄を乗せていることになるかもしれませんな」
「いや、そんな大げさな……」
「そんなことはありません。現に魔王の影響は各所で確認されております。カルネリアですと、霧の湖の魔物がそうです。他の大陸では本格的な侵攻が始まってるという噂もあります。魔王の影響は、シンヤさんが考えるより大きいのですよ」
マジか……
出発してから既に1週間。
馬がでかいのもあって、馬車の走るスピードは滅茶苦茶速い。
フィンによると、馬車用の大馬は騎乗用の普通の馬ならこの状態でも平然と引き離せるらしい。まさにモンスターだ……
それはさておき、カルネリアは既に遥か遠く、周囲は一面の草原。
シルロスさんの話では、明日には最初の中継地点である町に着くらしい。
「はぁ……」
新しい拠点への道筋というものはワクワクするもの……のはずだったが、なんだか気分が乗らない。
「……きぼぢわるい……」
そう呻くトルカのように、馬車の乗り心地が良くないせいもある。
フィンがリフレッシュという状態異常を回復する魔法で度々酔いを覚ましているが、すぐにご覧の有様の状態だ。
完全にダウンしているトルカほどではないが、俺も若干酔いが回ってきている。
とはいっても、この馬車はシャーシに組み込まれた魔法の術式で揺れをかなり抑えており、整備なんてくそくらえとでも言わんばかりの道を通っている割には凄まじく揺れているわけではない。砂利道を走る古い軽トラと同程度くらいだ。
馬車の乗り心地は地獄だ、と現代日本でもこの世界でも聞いたが、術式のおかげでそこまでのものではない。
さっきから景色が変わり映えしないのもあるが、俺にとって一番頭を悩ませる問題は、少し前に手の入れた風の精霊剣にあった。
……………………
………………
時は出発して3時間ほど後、商隊の護衛としては初の魔物との遭遇時まで遡る。
魔物の出現を聞きつけ、真っ先に現場に飛び出した俺は、意気揚々と風の指輪をつけた右手をかざす。
「出でよ、ファルコンソード!」
咄嗟に思いついた名を叫ぶと、指輪の宝石から光が放たれ、剣の形になる。
現れた剣は全体に羽の意匠が見受けられるシャープな造形の剣だが、刃が半透明になっており、風を纏っている。
そして何より軽い。剣も身体も。
「行くぞ!」
馬車を襲おうとするジャンクドールの集団、そのうちの自分に最も近い1体に狙いを定めて斬りかかる。
「うおぉ何だこれ!?」
が、身体が軽すぎていつもと勝手が全然違い、少しのジャンプで身体がふわりと浮き、ブレーキも効きにくい。
「そらっ!」
どうにか姿勢を整えて放った斬撃はジャンクドールを豆腐のように容易く斬り……裂かない!?
「何だよこれ!? 全然話が違うじゃねぇか!」
守備貫通みたいな効果あっただろ!? 違うのか!?
「だったら!」
バックステップで距離を取り、居合斬りの構えを取る。
目を閉じ、集中する。
魔法はイメージ……剣を振ると同時に斬撃を飛ばす……!
「カマイタチ!」
イメージ通り、剣を振った瞬間に斬撃が高速で飛び、ジャンクドールに命中する。
しかし、ジャンクドールはほぼ無傷。
「このクソッタレがああああ!!!」
ヤケクソ気味にファルコンソードを送還してスリングショットを出し、襲いかかってくるジャンクドールの頭を狙撃し、剣でぶった切って強引に終わらせた。
……………………
………………
そういうことがあった。
必死こいて入手した剣が曲者すぎて使えないと知れば、そりゃ悲しくなるだろ。なるよな?
「シンヤさん、大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫だ。フィンは?」
「私は平気です」
「そうか。なら良いが……」
悲しくなる、とは言ったものの、そうしてばかりはいられないし、そういう期間はもうとっくの昔に過ぎている。
あの戦い以降、フィンとトルカに協力してもらい、エンカウントの度にファルコンソードを使って仕様を検証し続けた。
その結果、以下の特性を知れた。
まず、身体に関しては軽量化というより低重力化といった方が正しい感じで、軽いジャンプでも高く跳べ、落下もふわりとしていて遅い。高所からの落下ダメージは実質的無効といえる。身体が軽いのでいつもより素早い動きは出来るといえば出来るが、トルカのパワーアップのような継続的な速さではなく、瞬間的な速さで、コントロールがしにくい。
次に、攻撃力の大幅な低下。
ファルコンソードでの攻撃は貫通効果があったとしても意味をなさないくらいにダメージが出ない。とにかくただすりぬけるだけ。
それだけならまだしも、ファルコンソードの展開中に鉄の剣を使って二刀流をしても、鉄の剣の威力が落ちる。
両手で持てない分力の入り方が弱くなるから威力の低下そのものは元々避けられないのだが、それを加味しても下降値がおかしい。体感だと10分の1くらいになっている。アホかと。
とにかく一撃が軽すぎて話にならない。
さらに、防御力の低下。
いつもなら大したことのないダメージも、薬草の使用を考える程度になっている上、とにかく踏ん張りが効かない。
紙切れのように身体が吹っ飛ぶ。
最後に、魔法に関して。
創造の値が低いせいかもしれないが、全くと言っていいほど火力が出ない。トルカやフィンのやっている詠唱をやってみても同じだった。
形成自体は上手くいっているのだが……。
総合すると、ファルコンソードは展開中風魔法が使え、素早さが向上する反面、攻撃力と防御力は大幅に落ちる剣……ということになる。その風魔法も威力はお察し。
そりゃ誰も使おうとしねぇよ。
しかし、それは普通の冒険者の話。普通の冒険者の基準に満たない俺にとっては、これを有効活用できるかに今後の命運がかかってくる。
身体が軽くてうまくいかないなら慣れればいい。
火力が出せないなら火力を必要としない魔法を開発すればいい。
決してやりようは無いわけではないわけじゃないんだ。
火力を必要としない魔法か……
馬車に揺られながら、あれこれアイデアを捻っては、それをかき消していった。
……………………
………………
翌日。
町に着くと、商隊は馬車を止め、商人と冒険者は各々の目的を果たすため、町へと赴く。
一部の商人と冒険者はここに残留するようだ。
商人はともかく、冒険者は大体がアイテムの補充を終えると酒場へ直行する。日帰りの依頼で軽く稼いだりする奴もいるが、大半は休憩か酒盛りだ。
道中で倒した魔物の素材の交換は、相乗りしてる商人と行なうのが決まりらしい。
護衛としての金額が安かったのは、魔物退治と素材引き取りを兼ねていたためだ。ついでに言えば、商人は魔物のどの辺が素材として価値があるかを把握しているので、漏れがなくお互いに儲かりやすい。
発案者は誰だか知らないけど、上手いこと考えたなぁ。
俺達は今日の宿屋を確保し、トルカを休ませる。
ピスをトルカに預け、フィンと共に食料や備品、魔導書などの買い出しを行った後、町の広場で少し手合わせをする事に。
「もう一回!」
「いつでも!」
「おらぁぁぁぁぁ!」
「そこっ!」
俺の攻撃はたやすく弾かれ、剣の柄で背中を打たれ、地に伏す。
フィンに一撃すら与えられず、25回目のダウン。
「あいつら、移動の合間にも特訓かよ。熱心だな……」
「すげぇなあの大盾持った奴。さっきから一歩も動かずに叩き落としてるぞ」
「黒髪の奴が弱いだけだろ」
「あれもあれで諦めが悪いというかなんというか……」
「あれだけやられてまだやる気ってのはすげーけど、実力差がな……」
いつの間にか集まった野次馬の言う通り、 俺はフィンに対して手も足も出なかった。
フィジカルの差は十分承知していたけども、まさかここまでとは……。
「えっと……日を改めて本格的にやりましょう。これ以上は明日に響きますから、今日はこの辺で」
「そうか……分かった」
その日の鍛錬はそこで終え、夕食後は魔法のアイデアの捻出に勤しんだ。
風魔法……風……何でもいいから思い出せ、台風……ビル風……扇風機……ドライヤー……
……………………
………………
最悪だ。
あの後寝落ちし、何も案が出ないまま町を出発することになってしまった。
さて、今日も馬車に揺られて移動しているわけだが、今日はトルカがダウンしておらず、さっきから熱心に本に何か書き込んだり考えたりしている。
というのも、リフレッシュで酔いを覚まさせてからさほど時間が経っていないからだ。
本読まなきゃちょっとはマシになるんじゃ……
「しっかし、魔法って便利だよなぁ。何でも出来るんじゃねぇのか?」
「何でも……というわけではありませんが、戦闘に、日常生活に、あらゆるところで役立っているのは確かです。火を起こしたり、服を乾かしたり……」
「へぇ……」
向こうの世界では電化製品をはじめとした科学技術があらゆる場所で活躍しているように、この世界では魔法技術があらゆる場所で重宝されている。
……この世界に現代知識が割り込む場所はあるのだろうか?
資金不足に陥ったら向こうの世界の道具を売って一儲けしようと考えていたけど、無理なんじゃね?
まあ、現物も設計図も無いから、案としてはあまり現実味のないものだし、いいか。
「シルロスさん、サンドラールへはあとどのくらいなんですか?」
「そうですなぁ、次の中継地点となる町が3日後、関所を通るのが2日後ですから……11日くらいですかな」
「合計で11日か……ありがとうございます」
「いえいえ」
その時、前方の急に馬車が止まり、周囲が騒がしくなる。
「魔物か!?」
「おそらくは……」
「分かりました。フィン! トルカ! 護衛の時間だ!」
「うん」「は、はい!」
最前線に飛び出すと、何人かの冒険者が既に橋の先端近くを取り囲み、武器を構えていた。
その視線の先にあるのは、馬車も悠々と通れそうな大きな橋と、それをを塞ぐように鎮座する6人程度の野盗。橋の外側は崖で、その下を巨大な川が流れている。
野盗のうち5人は普通の人間っぽいが、奥で薙刀を持って構える一際大柄な男の頭には、虎の耳が生えている。
野郎の獣耳かぁ……
「おうおうおう! ここを通りたきゃ、積荷をよこしな!」
「この人数を相手に随分と豪胆だなぁ?」
叫ぶ野盗に対し、冒険者の1人が言う。
向こうは6人だが、こっちは俺達を含めてざっと12人くらいいる。
確かに人数ならこちらが優っているが、それでも余裕ぶっているのはおそらく、橋の上という地形と連携度の差だろう。
要するに風穴の洞窟の時と同じ原理で、野党に襲いかかれるのは3〜4人。向かうのは当然前衛だ。後衛は橋を壊さないようにする必要があるため、遠慮無しに強力な一撃を撃ち出すわけにはいかない。
そうなると複数のパーティが入り乱れる形となるため、つい最近知り合った俺達冒険者より向こうのほうが有利……ということだ。
「へへへ……俺達は別にこの橋を落としたっていいんだぜ?」
「何?」
加えて向こうは橋を人質にできるときた。
「さあどうする冒険者ども? 言っておくが、オレ達は強いぜ?」
「橋を壊されたくなければ、さっさと積荷をよこせ!」
奴らを倒すなら、さっき挙げた前提条件を崩す必要がある。
つまり、橋から平地におびき出せば……
待てよ、方法を思いついたぞ。
「くっ……どうする?」
「迂闊に突撃して橋を壊されるのもまずい。だがしかし……」
冒険者が話し合っている間に、野盗を中心にして1時の方向の、前に誰もいない場所にこっそり移動し、ファルコンソードを呼び出す。
イメージは掃除機に近い。風で野盗を引き寄せ、冒険者達の目の前に引きずり出す。
目を閉じて視覚を遮断し、集中……
「キャプチャー……」
目を開き、突きの姿勢でファルコンソードを前にかざし、剣を引きながら叫ぶ。
「ウィンドッ!!」
ファルコンソードを引くと同時に剣から強烈な引き込む突風が放たれ、野盗を釣り上げるがごとく引き寄せる。
踏ん張って少し位置がずれただけで済んだ虎男以外の野盗の身体が宙を舞う。
「おわっ!?」
「な、何だ!?」
……ってあれ、この勢いだと……。
「うおっ!?」
強力な突風で引き込んだ5人の野盗は、俺に覆い被さるように次々と激突し、俺は野盗の下敷きになってしまった。
「い、今のうちだ! やれ!!」
そう声の限り叫んだ直後、冒険者達の怒号が周囲で聞こえる。
もみくちゃにされながらもファルコンソードを解除して脱出を図るも、流石に5人分は動かせない。
や、やべぇ……息が苦しい……
「だ、誰か助けて……」
掠れたその声が届いたのか、ただタイミングが被っただけか、辛うじて外に出ていた足を猛烈に引っ張られる。
い、痛いけどここは我慢……!
無理矢理解放された俺の視界に飛び込んできたのは、鎧を纏ったフィンの姿だった。
「大丈夫ですか!?」
「な、何とか……それで、状況は?」
「荒野の民の野盗はもうすぐ片付くでしょう。あの一際大きい草原の民の方は……」
虎男の方を見ると、いつしか虎人間と化した虎男が、プロテクションの張られた複数の冒険者を相手取っている。
「冷気の枷を受けよ! フロスト!」
俺の近くにいたトルカがフロストを放ち、下半身を丸ごと凍らせて動きを封じると、
「撃滅せしは我が魔弾! くらって吹き飛べ! マジックミサイル!」
「灼熱の槍よ、我が敵を穿て! ファイア・ボルト!」
「水よ、悪しき心を洗い流せ! メガフラッド!」
3人の魔法使いが一斉に魔法を放つ。
魔法の同時攻撃を受けた虎男は吹っ飛び、崖下の川へと落下していった。
「お、親分!!」
「まずい、逃げろ!!」
「覚えてろ!!」
「あ、待てコラ!」
虎男が落ちるや否や、野盗達は即座に川や茂みに飛び込んで逃走した。
「ちっ、財宝巻き上げるチャンスだったのに……」
「まあいいんじゃない?」
武器を収め、馬車へ戻る最中、数人の冒険者が俺達のもとにやってきた。
「さっきはありがとう。防御魔法助かったよ」
「あっ、いえ、そ……それほどでも……」
「いやぁ嬢ちゃん、小さいのにすごい魔力を持ってるな!
俺いい魔法知ってるんだけどさ、学んでみないか?
マジックミサイルっていうんだけど……あ待って無視しないで!」
「よお、あんた。中々機転が利くじゃねぇか」
トルカやフィンの反応を眺めていると、俺にも来た。
片刃の両手剣を持つ、紫髪の男剣士だ。
「そりゃどうも」
「まあ、下敷きになったのには笑ったがな」
「うるせぇほっとけ!」
そいつを追い払うと、今度はトルカに話しかけてた銀髪の魔法使いが来る。
格好は魔法使いというより盗賊だが。
「やあ、あの風魔法はすごかったぜ。君にはてんで魔力を感じなかったが、隠された能力を持っていそうだね」
「いや、これは風の精霊剣の……」
「まあまあ、自分の才能の限界を自分で決めつけるのはもったいない話だ。マジックミサイルを学びたくなったら、人呼んでマジックミサイルの伝道師であるこの俺ニルスに声をかけてくれよな!」
「お、おう……」
何なんだあのマジックミサイル野郎は……
冒険者が馬車に乗り込むと、商隊は移動を再開した。
商隊の馬車は橋を越え、まだまだ走る。
サンドラールの到着には、もうしばらくかかりそうだ。
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