サブクエスト2 とある騎士の奮闘と決意

 



 シアルフィア・カルネリア。通称フィン。


 6人兄妹の末っ子として生まれ、野心的な兄1人と4人の武闘派な兄を持つ聖堂騎士。



 そんな彼女に、選択の時が訪れようとしていた。






 シンヤ達ががカルネリアに到着する少し前、カルネリアでは霧の湖に行った人間が軒並み死体となって帰ってくる怪奇現象が起こっていた。

 傷痕から武器を持った魔物の仕業であることは断定できたものの、それが何かは分からなかった。



 霧の湖周辺は薬草や珍しい植物、魚などが採取できるため、霧による雰囲気の不気味さに反して人がよく訪れる場所であり、領主としても見過ごせない状態であった。



 それを知ったフィンは正義感から、その魔物を討伐するためにいち早く動き出した。




 彼女は騎士家系の生まれであり、彼女もまた騎士学校を卒業している。

 2mに届く身長に見合った腕っ節と、座学で常にトップの成績を保っていた頭の良さ、さらに見るものを惹きつける優れた容姿を兼ね備えた、文武両道にして才色兼備な彼女であるが、そんな彼女に足りないものが2つある。



 それは、度胸と人脈。



 彼女は生まれつき臆病かつ内向的な性格であり、あらぬ心配に頭を悩ませ、他人と話をするのが苦手であった。

 それに加え、その才能と容姿から羨望と嫉妬の対象に晒され、距離を置かれることが多かったのだ。



 そんな彼女が向かったのは、能力の適正から神官となった、騎士学校時代の唯一の友人シエラ・リヒテルのいる教会。




 彼女に協力を申し出たが、



「友人である貴女の頼みは聞くようにしているけど、今回は出来ないわ。私にも神官としての責務があるし、そもそも貴族である貴女が出向く必要は無いわ」

「ですが……」

「魔物の討伐は冒険者でも出来るわ。でも、貴族のやるべき事は赤の他人に任せられる事なの?」

「そ、それは……」



 と、シエラは討伐に協力してはくれなかった。


 その日は大人しく屋敷に帰ったが、フィンは湖のことが気にかかって眠れなかった。



 シエラの言うように、領地の異変に領主や貴族自ら調査や解決に向かう必要はない。現地に出向く事は末端の兵士や冒険者でも可能だが、領地の管理は領主にしか出来ない仕事だ。


 フィンもそれを知らないわけではない。

 しかし、人間というのは往々にして理屈だけで動かないものである。


 それは地球でもこちらの世界でも同じ事であり、彼女もまた、そうであった。




 翌朝、どうしても目を背けられなかった彼女は、武装を固めて酒場の扉の前にいた。



 が、彼女はその扉を開けることはできなかった。




 定職を持っているわけではなく、一獲千金を夢見て各地への旅やダンジョンアタックを繰り返す人々……というのがこの世界における冒険者の認識であるが、難易度の低い依頼を貪るか、近くの魔物を倒して毎日酒をあおるだけの、ごろつきとほぼ同義な底辺冒険者も少なくはない。


 彼女も冒険者の証であるギルドカードを持参しているが、作成した際にガラの悪い冒険者に絡まれたことと、彼女の適正である、最前線で攻撃を受け続ける盾役をこなせるだけの度胸がなかったせいで、同期や教官に怒られた経験を思い出し、足がすくんでしまったのだ。



 友の協力を得られず、酒場に踏み込む勇気も無いフィンは、単身霧の湖の調査に向かったのであった。


 中途半端な勇気しか持ち合わせていない自分に、心の中で悔し涙を流しながら。





 フィンは魔物の調査に没頭していた時期があり、魔物に対する豊富な知識を持っている。この地域の魔物の知識についても当然のように頭に入っていた。

 それ故、大型でもない限り魔物を過剰に恐れる事はあまり無かったが、自分の記憶にない魔物となれば話は異なる。

 それを警戒し、フィンは視界の悪い湖を、震えた足取りで進んでいった。



 湖畔周辺を探索していると、フィンは黒い甲冑に身を包み、馬に乗った首無し騎士デュラハンと、それから逃げる町民を目撃する。





 フィンは臆病だが、いざという時には自分を顧みない性格だった。





「プロテクション!」




 彼女は市民とデュラハンの間に割り込み、咄嗟に発動できるまで練習したプロテクションを用いて攻撃を防ぐ。






「騎士様!?」

「お逃げください! 早く!!」

「は、はいぃ!!」




 声の限り叫んで町民を逃し、首なし騎士の前に立ち塞がる。


 デュラハンは物理攻撃を得意とする反面、魔法は不得手な魔物だ。

 防御面においては魔法防御は低めだが、フィンは攻撃魔法を覚えていなかった。





 フィンはデュラハンの攻撃を正面から受け止め、防ぎきり、ポールアックスを振りかざしてカウンターを叩き込んでいく。




 しかし、総合的な機動力は相手に分があり、重い一撃を加えるのを得意とするフィンにはやや相性が悪かった。





 が、デュラハンもまた、物理、魔法共にフィンのガードを打ち壊すほどの決定打を持っておらず、戦いは長引き、次第に泥沼と化していった。





 霧の広がる湖に重い金属音が何度もこだまする中、フィンはじわりじわりと押されていく。






 戦いは陽が落ちてもなお続いたが、拮抗する状況を打開できないまま、フィンは魔力を消耗していく。




 ついにはプロテクションを維持できるだけの魔力が尽き、バリアも砕かれる。







 だが、フィンはそれでも倒れず、デュラハンに攻撃を加え続けていた。

 絶体絶命の状況である今、隙を見て逃走するのが最も助かる可能性が高く、普段のフィンなら恐怖からそうしていただろう。


 しかし、彼女は一歩も退かなかった。

 正義感か、それとも興奮による恐怖心の麻痺かは彼女にも分からなかったが、とにかく無我夢中で戦った。




「馬鹿な、これだけの攻撃を受けて何故倒れぬ!?」



 斬っても斬っても倒れぬ目の前の人間相手にデュラハンはたじろぎ、自身の限界も近いことも相まって強烈な一撃を与えて吹き飛ばし、その隙に撤退した。




 フィンは一命を取り留めたが、起き上がることもままならず、そのまま意識を手放した。




 ……………………




 ………………






 その頃、屋敷ではフィンがいない事で騒ぎになっていた。

 領主にして彼女の父親であるディルファングはすぐさま町内の捜索を命じるものの当然見つからず、捜索範囲を広げようにも人員が足りず、気を病んでいた。




 その最中に現れた黒髪の剣士と小さな魔法使いの冒険者2人組の尽力により、フィンは発見、救助された。


 全身に傷を負っていたものの、致命傷になりうる傷は無かったため、フィンの回復は早かった。

 が、単独調査に関してはバレないはずがなく、フィンはディルファングに大目玉をくらった上に2ヶ月の外出禁止を言い渡され、フィンはそれを甘んじて受け入れたのであった。



 ……………………






 ………………




 2ヶ月と数日後、フィンは自分の命の恩人である黒髪の剣士と小さい魔法使いの2人組にお礼を言うため、領主ディルファングから名前を聞き出し、町内を探し回っていた。


 数時間の捜索の末、道具屋に向かう2人を発見する。


 フィンは話しかける勇気が出ず、しばし尾行した後に2人に声をかけた。




 彼女はしどろもどろになりながらお礼を言い、彼らがデュラハンに挑むと知れば情報を言い渡した。



 その後、その2人によってデュラハンは討伐され、フィンはほっと胸を撫で下ろしたのであった。





 ……………………





 ………………






 それから数日後、フィンが野暮用で街中を歩いていると、再び黒髪の剣士と小さい魔法使いの2人組、シンヤとトルカを見つける。

 何度も声をかけるのは悪いと思い、その時は町の外へ出る彼らを見送ったが、何となく胸騒ぎがしたフィンは帰宅後、領主ディルファングに2人の動向について尋ねてみた。


 

「シンヤ君とトルカ君? ああ、風の塔へ向かったよ。勇者として、魔王を倒す旅の途中だそうだ」

「でも、あの場所は封印を施すくらいには危険な場所では……」

「ああ、そうだ。だが、勇者であるというならば、あの場所を踏破できる実力、あるいは運……どちらにせよ、それらが無ければ務まらぬよ」

「で、ですが……」

「それに、彼らは進む以外の道はない……どうにも、私にはそう見えてね。ああいう人間は、止めても絶対に止まらないものだ」

「……」



 気付けば、フィンは武装を固めて屋敷を飛び出し、走り出していた。



 風の塔には恐ろしい魔物が潜む、と昔から伝えられており、その道中に通る風穴の洞窟はゴブリンの巣窟となったため、封鎖して増殖を食い止めていた。風の塔については伝承が真実なら危険度は言うまでもなく、風穴の洞窟も大量のゴブリンが大量餓死でも起こさない限りは物量で死ぬ可能性は十分にあり得る。




 フィンにはあの2人の後ろ姿に死が這い寄るように見えて仕方が無かった。





 彼女は急いで町を飛び出し、焦る気持ちを抑えながら、悪い予感が外れるよう祈りながら、風穴の洞窟へと向かう。


 体力は人一倍図抜けていたフィンにとっては、鎧を着込んだまま走り続ける事など造作もなかった。






 洞窟に辿り着いたフィンは、ランタンで先を照らしながら先へと進む。


 彼女は危険だと分かっていても、進まずにはいられなかった。

 もし動かないでいたら、一生後悔する気がしてならなかったのだ。




 いつもは杞憂で終わるフィンの悪い予感は、今に限って大方的中していた。




「こ、これは……!」


 洞窟の中程に辿り着いたフィンが目撃したのは、今まさに力尽き、ゴブリンの餌になりかけているシンヤとトルカ。



「このおおおおお!!」



  フィンは半狂乱になりながらも剣を抜き、2人に集るゴブリンを倒していく。




「偉大なる力の神よ、災厄から守りし盾を我らにお貸しください! ガードウォール! 偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください!プロテクション!」



 集ったゴブリンを全て排除すると、フィンは必死の形相で立て続けに魔法障壁を張り、2人を守護する。



「ハァ……ハァ……スゥー……ハァ…………慈悲深き命の女神よ、かの者を蝕む穢れをお祓いください! リフレッシュ! 慈悲深き命の女神よ、かの者にかの者に癒しをお恵みください! ヒール!」



 フィンは呼吸を整え、立て続けに回復魔法を唱えて治療を行う。


 傷を一通り塞ぐと、2人を担いで来た道を全速力で駆け戻る。

 体力には自信のあるフィンだったが、鎧を付けた状態で人2人を担いだ状態での帰り道は流石に消耗が大きく、教会に着いた際には息も絶え絶えだった。


「ふ、フィン!? 貴方それは一体!?」

「ゼェ……ゼェ……この人達の……治療を……」



 ……………………





 ………………




 フィンの仮処置と教会での本格的な治療により、シンヤとトルカは息を吹き返した。






 それから数日経ったある日、フィンはシンヤ達の元を見舞いに訪れる。


「失礼しまーす……」


 ノックの後に小声でそう言いながら入ると、2人の会話が耳に入った。


「トルカ。次に挑む際の事だが……新しいメンバーを加えようと思う。俺とトルカだけじゃ厳しい。前衛か斥候が出来る奴を1人加えよう」

「…………うん」



 フィンは話を詳しく聞き、暫く考えた後に同行を申し出た。



 この機会に風の塔と風穴の洞窟の調査をするというのが目的であったが、それ以上に彼らを放置しておけない、というのがフィンの心情だった。




 見知らぬパーティに同行を申し出る。

 それはフィンにとっては勇気を振り絞って踏み出した一歩であった。






 フィンはディルファングにその旨を伝えると、あっさりと許可を出した。

 理由は色々あるが、何より彼女が初めて自主的に他人の輪に入れた瞬間を、親として邪魔することが出来なかったのだ。





 ……………………







 ………………






 シンヤとトルカが動けるようになった後、フィンは彼らとの連携を強化するため、リハビリに付き合うことにした。


 その過程で彼らのギルドカードを見ることになるが、2人の数値は、正反対の意味で常軌を逸脱していた。


 トルカはレベル15にして20を超えるレベルの魔力と創造を持ちながらも、それ以外の数値はレベル10の適正値にすら届いていない。

 しかし、フィン自身もそうであるように、突出した才能ということはままあることであり、このような存在は探せばいるものである。フィンが衝撃を受けたのは、シンヤの能力値であった。


 レベル20にもかかわらず、レベル10の適正値にすら満たない各ステータスもさることながら、魔力が0かつ無属性という前代未聞の数値であったからだ。



 この世界のすべての生物は多かれ少なかれ魔力を持ち、必ず属性を持つ。

 初級魔法すら撃てない魔力しか持たない例はあるが、全く魔力が無く、属性すら持たないシンヤの存在は、彼女が知る限り前例のないものだった。


 女神の使いを連れていることから、女神がもたらした加護の影響か、何かの間違いだと思いたかったフィンであったが、この事について聞き出す勇気はなかった。




 風穴の洞窟においては、フィンは問題なく前衛を務めることができた。

 臆病とはいえども騎士の端くれ、自分が守らなければたやすく死ぬかもしれない人間の後ろに立つことは、自身のプライドが許さなかったのである。

 また、トルカの優れた殲滅能力によって、自身は防御魔法にだけ集中すれば問題ない事も手伝っていた。




 風穴の洞窟攻略後、フィン早めに休憩を切り上げ、ゴブリンウィザードのいた場所を調査していた。



 召喚魔法は扱いに困る魔法という認識がこの世界では存在するが、それでも強力な魔法の一種であり、せいぜい初級魔法をいくつか覚えている程度が関の山なゴブリンウィザードが覚えているような代物ではない。


 魔法の使い方の記された魔導書か、魔力を注ぎ込むことにより魔法を起動させるスクロールを略奪して覚えたと仮定し、周辺をくまなく調べ回る。


「これは……」


 見つかったのは、使用されて文字の消えた、いくつかのスクロールの破片。


 フィンはそれを拾い、持ってきた鞄にしまっておいた。


「仮にスクロールを略奪していたとして、何故召喚魔法のスクロールがこんな場所に……? 扱いにくいといってもスクロールは貴重品ですから高値で売れるはず……そもそも大きなダンジョンの無いここにこんな物を持つような冒険者は来るはずは……」


 フィンは調査を続行するもそれ以上は何も出ず、


「とりあえず帰ったらお父様に報告しましょう……」


 その言葉と共にシンヤ達の元に戻った。



 そのまま風の塔に向かうシンヤ達にフィンも同行し、一行は足を進める。


 彼女はシンヤ達のパーティに疑問を持ちつつも、どこか居心地の良さを感じ取っていた。





 風の塔ではサーチアイが設置され、行く手を阻んでいたが、サーチアイの魔力探知はシンヤに一切反応せず、彼はそれを利用して休眠状態のサーチアイを次々撃ち落としていった。


 サーチアイは魔力を探知して侵入者を撃退する魔法生物の一種であり、サーチアイが反応しないということは余程気配の遮断が上手いか、魔力を持っていないということである。


 つまり、シンヤに魔力が無い事が証明されたようなものであった。

 受け応えでは平静を装ったが、フィンは彼の存在にどこか得体の知れないものを感じつつあった。






 風の塔での試練を終えてひと息ついたフィンとトルカに、シンヤが向き直る。

 お礼を言われ、嬉しさと恥ずかしさで目線を逸らすフィンに、シンヤは勧誘の話を持ちかけた。


「その……もし良ければ、俺達と一緒に来てくれないかな」

「えっ?」



 フィンは動揺した。

 まさか誘われるとは欠片も思っていなかったのだ。


 後から幻滅されるのを恐れて彼女は自分の実態を告白するも、彼らはそれでもいいと言う。



 フィンは考えがまとまらず、一旦保留として屋敷に戻った。



 ……………………




 ………………





 夕方。

 カルネリアの屋敷、執務室にて。



「なるほど……ご苦労だったなフィンよ。風穴の洞窟については、明日にでも調査隊を派遣しよう」

「はい、お願いします」

「今日は疲れたろう。早く寝なさい」

「……はい」






 フィンは夕食後、自室で考え込んでいた。



 シンヤ達の申し出を受ければ、住み慣れたこの町を離れ、魔王討伐の旅に出る事になる。


 魔王の存在は各地の魔物を活性化させ、本来その場所に存在しないはずの魔物を呼び込む要因となる。



 現にデュラハンという?普段現れない魔物が出現したり、フォリウムの口ぶりからして、結界を張ってたにも関わらず誰かが風穴の洞窟や風の塔に入り込んだ可能性があったりと、それらしきものを自ら確認していた。



 それを止めるとなれば大元を叩くのが一番早い。町民も平和に暮らせるし、家名を上げることもできるだろう。

 フィン自身も地位や名誉を手にすることもできるだろうが、彼女はその点に関してはあまり関心がなかった。




 しかし、旅に出るとあれば当然危険が付き纏う。死ぬ可能性も大いにある。

 それを父ディルファングが許すとはフィンは思えなかったし、彼女自身、死ぬのが怖い。



 それでも、このまま何もしないのは自分が納得しないし、旅に出るならば、自分を変えるならば、これ以上の機会は訪れないとも考えていた。





 フィンは悩んだ。

 悩みに悩んだ。





 この場所で弱い自分でも出来ることを模索し続けるか、旅に出て強くありたい自分の理想に少しでも追いつくのか。








 夜、フィンは執務室を訪れた。






「夜分に失礼します、お父様」

「どうした、フィン? こんな時間に来るとは珍しいな」



 不思議そうな顔をするディルファングに、フィンは顔を上げ、凛とした表情を見せる。




「……お願いが、あります」


フィンの目に、心に、もう迷いは無かった。

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