クエスト2-6 全力全開

 



 次の日の朝、俺達は霧の湖へと向かっていた。




 推奨レベルまで鍛え上げ、武器や防具を新調し、トルカも新しい魔法を覚え、アンデッドに効くという聖水も買った。


 思いついた分のやれる事は全部やった。後は奴をぶちのめすのみ。





 湖周辺は相変わらず視界が悪く、辺りを包む嫌な感じの冷たさも健在だ。


 しかし、今回は逃げるわけにはいかない。討伐だから当然だ。



「ピス、バイタルサーチだ」

「はいデス! 見透す眼よ! バイタルサーチ!」



 主な索敵はピスに任せ、湖周辺を捜索する。


 馬の嘶きに似ても似つかぬ不気味な鳴き声は聞こえず、気持ち悪いほどの静寂が辺りを支配していた。





「反応はあったか?」


 俺が尋ねると、ピスは首を振るかのように身体を振る仕草を見せる。


「ありませんデス……」

「何?」



 予想外の展開だ。

 いないってどういうことだ?倒されたのか?




「いない、だと?」

「はいデス、この近辺にはデュラハンと思しき反応が……あっ!」



 その声で咄嗟に身構える。

 ピスのバイタルサーチに頼るまでもなく、前方に何かいるのが感じられた。


 俺の身長の2倍以上ある黒い影がこちらへどんどん迫ってくる。





「私の姿を見て逃げ出したかと思えば、まさか帰ってくるとはな……面白いヒトガタもいたものだ。よほど死にたいと見える」



 低く響く声と共に、首の無い黒騎士が姿を現す。



 馬は一旦足を止めると、前足を大きく振りかざして嘶く。

 アニメとかで馬に乗った騎士の登場シーンとかでやってそうなあのポーズだ。



「ぼぼぼボクは役立たずなので隠れますデスぅぅぅ」


 デュラハンを見るや否や、そう言ってピスは逃げるようにして腕輪に戻る。

 ……女神の使いが大丈夫なのかそんな体たらくで。




 まあいいか。必要になったらどうせ呼ぶし。



「我が名はデュラハン。我が姿を見たものは、決して生かしては返さぬ」



 辺りを覆う霧と、黒く重厚な鎧から覗く赤い瞳。

 初めてのボス級モンスターを前に、恐怖と緊張と興奮が入り混じってよく分からない感覚になる。



「へっ、一回逃しておきながらよく言うぜ!」

「ならば今殺すまで!」









 その言葉を皮切りに、デュラハンが剣を振り上げてこっちに向かってくる。





 突撃しつつ振り下ろされる剣をかわしつつ、隙を窺う。







 それにしても、霧による視界の悪さを活かす気の無い真っ直ぐな突撃を繰り返すのは何だ? 舐めプか?







 間近で見て分かったことだが、奴の乗る、赤く光る目を持つ馬は首から上は空っぽで、馬用の鎧だけが浮いている状態だ。


 それで嗎が普通の馬と違って不気味だったわけか。








 それはそうと、デュラハンの攻撃は大振りでかわしやすいが、あちこち動くのでこちらから当てるのは難しい。





 馬に乗っている分小回りは利かないがスピードは向こうが上だ。






 今は単純な攻撃だから簡単にかわせるが、複雑な攻撃を繰り出されたら避けられる自信は無い。





 パワーリングは未だランダム状態だから使うのはリスキーだし、素の状態では追い付くのは無理だ。










 ならば……動きを止める!







「トルカ、フロストを準備してくれ。狙うのは馬だ」

「うん」







 デュラハンの攻撃を防ぐためにトルカの前に立つ。









 勇者の剣は一度でも使えば次のレベルでの上昇値は0になる以上、使うわけにはいかない。使えば使うほど後が辛くなる。







 使う時は万策尽きた時だ。










 メイスを構え、攻撃に備える。


 詠唱が間に合わなければ奴の攻撃を俺が受け流すしかない。





「冷気の枷を受けよ! フロスト!」






 デュラハンが剣を振り上げた時、トルカの放ったフロストが、奴の乗る馬の左前足に命中した。




 バランスを崩した馬は転倒し、デュラハンもそのまま転倒……







 しなかった。






「小癪な!」





 デュラハンは馬が横転する直前、馬を踏み台にして高く跳躍し、こちらへ斬りかかってくる。



 随分と機転が利くなこいつ!






「やばいっ!」




 咄嗟にトルカを抱えて右へ飛び、攻撃を回避する。



 デュラハンの放ったジャンプ斬りは、いとも簡単に地面を簡単に抉り、クレーターを作ってみせた。


 当たったら即死級じゃないかよ……!






「無駄だ。走れ、我が憤怒の炎よ! ファイア!」





 デュラハンは間を置かずファイアをこちらに向けて放ってくる。



 倒れこむような、斬撃後の行動を想定していない回避の仕方だった故に次の回避行動が間に合わない。


 せめてトルカだけは……!





「ぐっ!」

「シンヤ!」




 トルカの盾になる形で、ファイアを背中で受ける。



 焼け焦げた布の匂いと、焼けるように熱い背中。そして爆煙でさらに悪くなる視界。




 何も見えない。





 煙を手で払いつつ、後ろを振り向くと、マントが焼け焦げて恐ろしく短くなっている。


 手で触れてみた感じでは、ジャケットと、背中に背負った鉄の剣は無事のようだった。





「トルカ、大丈夫か?」

「うん、でも……」

「気にするな、このくらい何ともない」






 心配そうな目をするトルカにはそう言ったものの、はっきり言って無事かと言われればそうではない。





 ジャケットが呪文をある程度中和したとしても、高熱の物体を浴びて無事なわけがない。多分背中を火傷している。結構痛いが、まだ動ける。


 そうだ、グリーンポーションを試すか。



 グリーンポーションの瓶を開け、中身を飲み干す。こっちも苦い!





 効き目も痛みのフィードバックもかなりマイルドな感じだ。薬草は一気に来るが、こっちはじわじわと効いてくる。






「不得手な魔法では流石に落とせんか……まあいい。あれで落ちるようではつまらぬ」




 薄れゆく爆煙の中からデュラハンが姿を現す。




 馬の姿は無い。



「へっ、馬はどうしたよ?」




 デュラハンは答えず、こちらに向かってくる。

 重装備なためか、足取りは遅めだ。



「無視か。まあいい、勝つのは俺達だ」




 身体はまだ……いや、もう動く。



 グリーンポーションは動けるようになるまでが早い。だが、傷は治りきらない。


 くそっ、何でこう融通が効かないんだよ……!





「唸れ炎よ! ファイア!」




 トルカの放ったファイアを、デュラハンは難なく剣を振って弾き返し、なおも進んでくる。



 こいつ本当に適正レベル15なのか……?









「トルカ! フロストを頼む!」

「うん」






 厄介な相手は動きを止めるのが基本! どんなゲームでも行動を封じれば負ける心配は無くなるからな!





 トルカにフロストを指示し、俺は聖水を1つ準備してデュラハンに向かう。






 地面を抉る大剣の攻撃は強力だが、動きは遅い。それに、文字通り頭を抱える右手側に回り込めば、少なくとも斬撃は届かないはずだ。



「俺が相手だ!」






 デュラハンが振り下ろしてきた剣をステップで回避し、次に飛んできた薙ぎ払いを姿勢を低くして回避する。





 頭上を鉄塊に等しき大剣が唸りをあげながら掠め、空を切る。






 当たらなくても強い風圧を感じる。直撃した時の事は考えたくない。




「くらえ!」




 剣を振った直後を狙い、聖水の入った小瓶の蓋を開け、抱えた頭めがけてぶち撒ける。


 もしこいつがアンデッドならこいつで目を潰せるはずだ。




 ぶち撒けた聖水は、兜の隙間からこちらを覗く真っ赤な目に降りかかる。







「うぐっ!?」







 聖水を顔に浴びたデュラハンが怯んで攻撃の手が止まり、無防備な状態になる。

 だが、目潰し以上の効果は確認できない。





 この具合だとアンデッドという読みは外したかもしれない。それともボス級には効果が薄いのか?






 だとしてもやる事は同じだ!






 空の小瓶を投げ捨て、態勢を低く取る。


 そして、頭を抱えている右腕めがけて思いっきりメイスを振り上げる!




 鈍い音と共にデュラハンの頭が宙を舞う。

 そして俺の手にも衝撃が来る! 


 なんの、これしき……!







「冷気の枷を受けよ! フロスト!」






 間を置かず、後ろにいたトルカがフロストで追撃する。







 放たれた冷気の弾はデュラハンの右腕に命中し、凍結。




 肘部分の防具の隙間をまるで接着剤のように固めていき、可動を奪う。





「きっ、貴様!」




 飛んだ頭を取り損ねたデュラハンは、頭に近づけまいと闇雲に剣を振り回す。




 頭を取り落として焦ったのか、狙いもクソも無い攻撃だ。





 しかし、高速で振り回される鉄塊はそれだけでも凶悪だ。なにせどこにどう当たっても無事じゃ済まないからな。









 次々と迫る鉄塊を掻い潜り、デュラハンの頭を奪い取り、大剣の射程範囲から全力で逃走する。







 一撃一撃はさして速くはないので回避は難しくない。







「トルカ! 一気に決めろ!」

「うん。シンヤ、こっち!」

「任せろ!」






 俺はその言葉と共に、デュラハンの頭を全力でトルカのいる方向に向かって投げる。




「やらせるか!」




 声に振り向くと、デュラハンは剣を投げようとしていた。




 俺は反転して走り、デュラハンの左足、その踵を狙って思い切りメイスを振る。




「それはこっちの台詞だ!」





 金属のへしゃげる音と強い衝撃。






 狙いが逸れ、デュラハンの手を離れた剣は高く飛び、トルカとは全く違う方向に突き刺さる。





「そらもう一発!」






 更に同じ位置を追撃して、転倒を狙う。

 しかし、思ったより奴は踏ん張りが効いており、転倒させるには不十分だった。






 直後、





「シンヤ! 離れて!」




 そう叫ぶトルカの声を聞くと同時に、全力でデュラハンから離れる。






 トルカの方を見ると、彼女はデュラハンの頭に杖を突きつけ、詠唱を始めた。







 それを確認してからは、耳を塞いで姿勢を低くする。



 トルカは多分、メガファイアを撃つつもりだ。















「荒ぶる怒りよ、燻る憎しみよ、滾る魔力よ、我が宿し全ての激情よ、それら全てを糧とし、爆塵となりて全てを破砕し、無に返し、殲滅せよ! メガファイア!」







 詠唱がいつもより長いと思ったのも束の間。








 デュラハンの頭付近が一瞬光った次の瞬間、ウッドラーに放った時とは比べ物にならない程の爆発が放たれ、デュラハンの頭を、胴体を吹き飛ばす。





 耳をつんざく強烈な爆発音と、周囲の霧を晴らし、地面を焼き焦がし、遠い位置にいるはずの俺まで吹っ飛ばすほどの火力。


 なんてパワーだ……!










「う、うぐぅぅああああああああ!!! 馬鹿な、ただのヒトガタ如きが何故これほどまでの魔力、をおぉぉおお!?」








 辺りには黒煙が立ち込め、それが消えた頃には、デュラハンは真っ黒焦げになっていた。






「トルカ!」






 吹っ飛ばされ、うつ伏せに倒れたトルカに駆け寄り、抱き起こす。






「流石だトルカ、よくやったな。大丈夫……じゃないよな」




 トルカは息を弾ませ、疲れ切った表情を見せる。

 あれだけ強力な魔法を撃ったのだから当然だ。




「シン、ヤ……」

「話は後で聞く、今は休んでてくれ。ピス!」


 俺が腕輪に呼びかけると、ピスが現れた。


「終わったデス?」

「それを確認しにいくところだ。トルカを頼む」

「はいデス」



 そっと寝かせるように置いたトルカはピスに任せ、俺は1人黒焦げになったデュラハンの元へ向かう。



 まさかとは思うが、まだ生きてる可能性はある。魔核を取らない限りは倒したとは言えない。




 そういやこいつ鎧着てたな。鎧ということは金属だろうし……触って大丈夫なんだろうか?火傷するんじゃね?




 そう思いながらデュラハンの頭に近づいた時、











「ふっははははははははははは!!!」









 デュラハンが鎧をパージして軽装の鎧となり、片手剣を空洞だった首の部分から抜き出して襲いかかってきた。








「こいつまだ生きてるのかよ!?」







 予想外の急襲をメイスでどうにか弾いて防ぎ、戦闘態勢をとる。




 パージしただけあって、素早さはさっきの比じゃないくらい速い。





「おぉぉおおおおおおおおお!!!」






 攻撃方法も先程までとは打って変わって、一撃そのものは軽いが、とにかく連続で攻撃を打ち出してくる。





「遅い遅い遅い遅い遅い遅い!!!」





 突いて、突いて、斬って、払って……






 まるで2倍速にしたフェンシングのような、凄まじく剣速の速いラッシュ攻撃を受け止めきれず、徐々にダメージが蓄積していく。






「こうなったら……!」








 一か八か、メイスを思いっきり横になぎ払い、弾き返す。







 飛び散る火花に、甲高い金属音。







 一瞬態勢を崩すデュラハン。









 さっきの勢いを利用し、続け様にデュラハンの横っ腹を殴打し、人間なら本来頭のある首元をぶっ叩く。









 さっきまでとは違って簡単に防具は凹み、デュラハンも大きく怯んでいる。






 ダメージが蓄積しているのか、防御力が大きく落ちていたのかは分からないが、とにかくチャンスだ。 






「大人しくしてな!」




 崩れた態勢のデュラハンの足を勢いを付けて殴打して転倒させ、身を翻して頭の方へと走る。






 胴体と頭、どちらを潰せばデュラハンが死ぬかは分からない。






 だが、普通に考えれば弱点は頭のはずだ。








「砕け散れ!」






 起き上がって剣を投げようとする胴体に構わず、デュラハンの頭を狙い、ありったけの力を振り絞ってメイスを振るう。






 金属と頭がへしゃげる音。




 右肩に走る痛み。




 俺が頭を叩き潰すのと、奴が直前に投げた剣が俺の肩に刺さるのは、ほぼ同時だった。







 剣の飛んできた方に目を向けると、そこには力尽きたように倒れているデュラハンの姿。






「今度こそ、やったよな……?」



 足元にあるデュラハンの頭は潰れて無残な姿になっていた。




 メイスを置いて座り込み、刺さった剣を抜いて、薬草を食べる。




 抜いた剣は地面に落ちると同時に砕け散る。




 薬草による強烈な痛みのフィードバックにはまだ慣れない。





「シンヤ様ーーーーーー!!」




 息を整えていると、ピスが飛んでくる。





「シンヤ様、大丈夫デス!?」

「俺は大丈夫だ。ところでピス、こいつの魔核の場所、分かるか?」

「恐らく、頭だと思いますデス。そこに無ければ、心臓の裏デス」

「サンキュー……」



 息を整え、腕が動くのを確認した後、メイスと採取用ナイフを駆使して魔核を取り出す。



 ピスの言う通り、デュラハンの魔核は頭にあった。






 今まで戦った魔物の魔核はせいぜい小石程度の大きさのカラフルな石のようだったが、デュラハンの魔核は野球ボール大の、紫に妖しく輝く、宝玉といっても差し支えない代物だ。



 どうやら、魔核というのは強さによって大きさと純度……というか綺麗さが変わるらしい。



「これで良し、と……」


 魔核を取り終えた俺はそれをしまい、トルカの元へ駆け寄る。



「トルカ、大丈夫か? 歩けるか?」



 トルカは力無く首を横に振った。


「まあ、あれだけの魔法撃てばそうだよな。薬草はいるか?」

「……飲むやつ、が、いい」

「グリーンポーションか?」

「……うん」

「分かった」


 トルカにグリーンポーションを飲ませ、少し安静にさせる。


「痛みは引いたか?」

「……うん」

「よし。よっ……と。じゃあ、帰るか。よく頑張ったな、トルカ」

「…………うん」



 トルカを抱きかかえ、俺は霧の薄くなった湖畔を歩き始めた。

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