クエスト2-7 代償

 




 デュラハン討伐を終えて町に戻った俺達は、酒場で依頼完了の報告と報酬受け取りを済ませ、その足で宿屋に向かう。


 その日のうちにカルネリア領主のところへ報告に行くには、俺もトルカも疲れ切っていた。






 ……………………








 ………………






 次の日。










 目覚ましがわりに腕立てやスクワット等の朝の鍛錬を軽く済ませ、トルカを起こしに行く。


 今日は報告に行くのでちょっとだけ、50回程度だ。




 トルカの部屋に行き、ドアをノックする。


「トルカ、起きてるか?」


 返事が無い。



「寝てるのか……」



 どうするか考えていると、いつの間にかピスが姿を現していた。


「ボクが様子を見に行くデス!」


 俺の返事を聞かず、開け放したままだった俺の部屋へと消える。



 しばらくすると、ピスが戻ってきた。

 窓を経由したのか?



「どうだった?」

「起きてはいたのデスが……ぐったりしていて、体調が優れないようデス。トルカ様にはボクが付いていますデスので、シンヤ様は報告に行ってくださいデス」

「ああ、そうする」



 ピスにトルカの事を任せ、俺は屋敷へ向かう。



 領主は話を兵士に通しておいてくれたらしく、特にゴタつくこともなく執務室に通された。




 カルネリア領主は落ち着いた様子で話し始める。



「話は聞いているぞ、シンヤ君。無事霧の湖の魔物を退けたようだな」

「はい。これで風の塔へ行くのを許可してくれるのですよね?」

「勿論だ。これを持って行きたまえ。この石を洞窟の前でかざせば、張ってあった結界が解ける」



 カルネリア領主はそう言って、拳程度の大きさのある橙色の石を俺に手渡す。



「ありがとうございます」

「気をつけたまえよ、シンヤ君。前も言ったが、風穴の洞窟はゴブリンで溢れておる。雑魚だからと油断することのないようにな」

「はい、心得ております」



 何度も言うってことは、それだけ危険なんだろうな。

 ううっ、なんか緊張してきた……



「ところで、トルカ君はどうされたのかな?姿が見えないようだが……」

「あ。それはですね……」


 嘘を言ってもしょうがないので、経緯を正直に話す。



「ふむ。多重詠唱による魔力欠乏症、といったところか。2日ほど寝れば、完治するだろう」



 うわぁ、聞いたことない単語が出てきたぞ。

 どっかで教えてくれるかな?



「経験を積んでない魔法使いにはよくあることだ。気負いすぎる必要はないが、気をつけておく必要はあるぞ、シンヤ君」

「は、はい。肝に命じておきます」




 ……………………







 ………………









 屋敷を後にした俺は、教会へと立ち寄る。

 この世界における教会の役割は、聖職者が教えを説くのは勿論、負傷者の治療や呪いの解除、悩み事の相談など、結構色々な事をやっている。

「困った時は教会へ」なんて言われることもあるそうだ。



 教会の内部は、白い壁に青い床、中央には赤い絨毯が敷かれ、その両脇に長椅子が等間隔で並べられている。奥には教壇があり、窓はステンドグラス。描かれているのは恐らく神様であろう。

 向こうの世界で一般的にイメージされる教会とあまり変わらない内装だ。


 にしても、あのステンドグラスに描かれた神は……俺が会ったあの白い女神、ニヴァリスとは見た目が違う。




 ここで働く聖職者は、黒をベースに青か緑、あるいは白の線が各所に入った法衣を着ている。

 線の色の違いは位の違いか?




「生きとし生けるものは皆神の子。その心に理ある限り、我々は貴方を導きましょう。今日はどのようなご用件ですかな?」



 青い線の入った帽子と、同じく青い線の入った法衣を着た老神父が声をかけてくる。



「えっと……知りたい事がありまして。魔法に関する事なのですが」

「なるほど、それならば、彼女に聞くと良いでしょう。冒険者でもある彼女であれば、きっと貴方の悩みを解決してくれるでしょう」


 神父はそう言って、本を持ち、眼鏡をかけた桜色のボブカットの髪をした神官の女性を俺に紹介した。

 知的でクールな印象の人だ。


 法衣に走る線の色は青。ちなみに数としては緑の神官が一番多い。



「ありがとうございます」


 老神父に礼を言い、その女神官の元へ向かう。



「冒険者の方ですか。ご用命は何でしょうか。同行願いであれば先約が入っています故、申し訳ありませんが他を当たってもらえませんか」


 女神官は冷静な表情で事務的な回答を述べる。


 同行願いは、いわゆるゲスト加入をお願いするものだ。

 この街でのレベル上げ期間中にチェックしたが、聖職者は予約が山積みで使えたものではない。


「いえ、そうではなくて、教えてほしい事があるんです」

「あら、これは失礼。私が教えられるのは魔法関連のみですが、どのようなことでしょうか」

「えっと……多重詠唱と、魔力欠乏症だったか……それについてです」


 女神官はそれを聞くと、眼鏡をずり上げる。


「多重詠唱は、通常より長く詠唱を行うことで、魔法の効果を高める技法です」


 溜め攻撃みたいなものか。

 俺が相槌を打つ中、女神官は話を続ける。


「無防備な時間も消費する魔力も増えるため、使う魔法より上位の魔法を覚えているならそれを使った方が効率的です。しかし、威力の上昇に加え、魔法も安定するため、いざという時の切り札としては有効です」


 下級魔法の多重詠唱よりは中級あるいは上級魔法の方がいいのか。

 まあ、そうじゃなきゃ上位グレードの魔法の存在意義が無くなるよな。


「多重詠唱についてはご理解頂けましたか?」

「はい」


 俺が答えると、女神官は頷き、軽く咳払いする。



「では、続いて魔力欠乏症について説明します。これは、限界を超えて魔力を消費し、足りない魔力を生命力で補おうとして起こる症状です。理論上では魔力を消費する手段があれば誰でも起こり得る症状ですが、魔法の扱いに慣れていない者がよくかかるものです」


 限界を超えて魔力を消費……?


 今ひとつ理解しかねる俺を見て、女神官は少し考えた後、説明を続ける。


「例えば、魔力を数にして50持つ魔法使いがいたとします」

「はい」

「消費した魔力が50を下回るうちは問題ありません。ですが、50を超える場合……例えば、残りの魔力が3の時に4以上の魔力を使おうとした時、魔力欠乏症が引き起こされます」

「なるほど……」


 要はMPがマイナスになれば魔力欠乏症ってのが発症する、ってことでいいのか?


 女神官はさらに説明を続ける。


「症状としては、軽度のものなら1日か2日身体が怠くなる、あるいは動かなくなるだけで済みますが、重度のものですと意識を失ったり、非常に稀ですが大量の血液を吐き出し、死に至る事もあります」

「えっ……」



 本人にその気は無いのだろうが、淡々と話すのが妙に恐怖を煽る。


「重度の症状は、超過量が自身の最大魔力以上でもなければそうそう発症はしません。ご安心を」


 そこまでマイナスになって初めてなるのなら大丈夫そうだな。多分。


 症状自体は何となく分かったが、まだ色々気になるところはあるし、聞いてみるか。


「えっと、質問なのですが、魔力が0のときはどうなるのですか?」

「発症する一歩手前の状態ですね。身体自体は正常に動かす事ができます」

「魔力欠乏症を治すにはどうすれば?」

「最低でも丸一日、出来れば二日は休み、魔力を全回復させてください。できれば、マナシロップや甘いものを摂取させてください」

「ありがとうございます。質問は以上です」



 俺は女神官に頭を下げた。



「いえ、問題ありません。リスクを知っておくことは、死を遠ざけることになります。何かあれば、またどうぞ」











 ……………………








 ………………








 教会を後にし、俺は宿屋へと戻った。

 知っておく必要はあったが、ちょっと長居しすぎたかもしれない。



「トルカ、入っていいか?」


 ノックと共に聞く。


「大丈夫デスよ〜」


 少しの間を置いて、ピスの声。



 中に入ろうとすると、鍵がかかっていて開かない。


「おい鍵かかってんぞ」

「あれ!? 開け忘れていたデス!? しばしお待ちくださいデス!」



 カチャリと音がしたのを確認し、今度こそ中に入る。


 俺の部屋と同じく殺風景で、お世辞にも広いとはいえない部屋の奥にあるベッドには、まるで風邪でも引いたかのようにぐったりしているトルカの姿があった。



 マイティドッグを相手取った時以外のトルカは、マフラーで口を隠しているのも相まって無表情で、どことなくマイペースな印象があったので、こんなしおらしいトルカを見たのは初めて……というわけではないが、かなり久々な気がする。



「悪い、遅くなった。トルカ、大丈夫か?食べ物持ってこようか?」


 トルカは力なく頷いた。


「分かった。じゃあピス、俺は飯持ってくるから、ちょっとの間頼むぜ」

「はいデス」


 俺は一度部屋を後にし、一階へ降りる。

 ここの宿屋の食事は基本パンとスープなのだが、事情を話すと麦粥を提供してくれた。イチゴのおまけ付きで。


 というのも、話を聞いた宿屋の主人の奥さんがわざわざ作ってくれたのだ。




 部屋代と食事は別料金なので有料ですがね。

 この世界の宿屋はどこもそんな感じだ。





 俺はトルカの部屋に戻り、椅子を拝借する。

 トルカは満足に身体を動かせない状態なので、俺が食べさせる形になる。




 食欲はあるようで、少しずつながら麦粥を平らげていくトルカ。

 猫舌なのか相当ゆっくりだが、食欲があるならきっと大丈夫だ。




「シン、ヤ……」


 麦粥を食べ終えた後、トルカが消え入りそうな声で呼びかける。


「どうした?」

「ごめん……なさい……」

「気にするな。神官から聞いたが、魔法使いにはよくある症状だってさ」


 ここで魔力欠乏症の事を詳しく話そうとして、思いとどまる。


 疲労困憊の時にそんな事聞いて頭に入るのか?

 そうでなくとも一から全部話してちゃんと理解できるのか?


 答えは恐らくNOだ。少なくとも俺が同じ状況なら無理だし勘弁してくれ、となる。

 トルカが回復した後で、かいつまんで話そう。


「まあ、その……とりあえず今日と明日はゆっくり休め。イチゴ、食べるか?」

「?……うん」


 トルカが一瞬きょとんとしたのは何故。


 イチゴを食べている時はぐったりした様子を見せず、食べさせている形という点を除けば普段通りの様子に近い。

 やっぱり好きなのね、甘いもの。



「じゃ、食器返してくる。すぐ戻るか……ら……」



 イチゴも食べ終え、食器を返しにいこうとしたところ、いつの間のにかトルカが服の袖を掴んでいた。





「ちょっと、だけ……いかないで……」





 微かに上気した顔に潤んだ瞳、か細い声。

 普段の様子からは全然違う、甘えたがりとなったトルカ。

 そんな様子で言われて放っておけるほど、俺も冷たい人間じゃない。

 全くしょうがないなぁ……




「返し終わった後ならいくらでも居てやるが……まあいいか」

「あり……がと……」



 椅子に座り直し、そっとトルカの手を握る。

 その手は冷たく、小さい。



「シン、ヤ……手、あった、かい……」


 トルカは安心したように目を細めてそう言い、程なくして寝息を立て始める。

 今のうちに急いで器を返しに行こう。



 大急ぎで器を返し、戻ってくると、トルカがうなされていた。

 寝たからといって手を離したのは良くなかったか。ごめんトルカ、年上のくせにクソの役にも立てなくて……


「あ、シンヤ様。トルカ様、悪夢を見ているのデスかね……」


 ピスは近くに寄り添っている。

 ピスなりに心配しているのかもしれないが、表情に値するものがないからストレートには分からない。

 液晶に顔文字とか出ないのだろうか。



「すまん、今戻ったからな……」



 俺は椅子に座り、トルカの手を握る。



「パパ……ママ……」


 トルカの寝言。


 いくら凄まじい魔力を持ってても、ステータスの合計値が俺の倍以上あっても、彼女はまだ11歳程度の子供だ。向こうの世界なら小5だぞ小5。


 世界が違おうとも、親の庇護下にいるべきであろう年に親と離れて冒険者やってるとあれば、そりゃ寂しくなることだってある。


 ぱっと見じゃ分からないけど、彼女も色々と不安を抱え込んでいるのだろう。



「俺じゃあ頼りにならないかもしれないけど、俺はお前の側にいるぞ、トルカ」



 トルカの顔が少しだけ安らいだような気がした。









 ……………………







 ………………








 ……あれ、陽が落ちてる。





 どうやら俺はいつのまにか寝てしまっていたようだ。


 トルカは既に起きており、じっとこちらを見つめている。



「おはようございますデス、シンヤ様」

「ん、おはよう」



 俺は立ち上がって伸びと軽いストレッチをし、身体をほぐす。

 そういやここのところ鍛錬ばかりで、昼寝をしたのはいつ以来だろうか。








 物思いに耽っていると、唐突にグゥ、と腹の虫が鳴く。

 ちょっと待って滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。そういえば昼飯食ってなかったんだった俺。



「め、飯取りに行ってきまぁす!」


 イントネーションのおかしい台詞と共に、俺は逃げるようにして部屋を出たのであった。




 普段は酒場で夕食を取っているが、今日は宿屋で取る。

 メニューは選べないが、毎日同じわけではないらしい。今日はクリームシチューだ。


 トルカ用の麦粥と自分用のシチューを持って部屋に戻り、夕食の時間とする。



 具材は鶏肉、人参、じゃがいも、玉ねぎ。かなりシンプルだ。

 向こうの世界のクリームシチューと違ってとろみは無い。味も似ているようで似ていない。ビーフシチューとも違う。あと鶏肉が若干硬い。


 何というか、想定していたものと全然違う。まあ、悪くはないと思う。



「……シン、ヤ」

「ん?」

「……それ、美味しい?」

「悪くないな。食べるか?」

「……うん」

「熱いから気をつけろよ」


 匂いにつられたのか、トルカがシチューに興味を持ったので、与えてみる。

 相変わらずペースはゆっくりだが、もっともっと、と要求してくる辺り、美味しかったとみえる。


 ただ、鶏肉は頑なに拒否していた。肉嫌いなのかな?

 この世界で出てくる料理の肉は、奢りで食ったステーキ以外は日本と比べて基本硬めだったし、噛み切れないのかも。



 結局トルカは半分くらいシチューを食べて満腹になり、残りの分と麦粥は俺が処理する事となった。

 昼食ってないから特に問題はない。




 で、麦粥の味だが……米に似てないこともない。が、米じゃない。以上だ。



 食後、トルカにマナシロップを飲ませる。

 女神官が甘いものを取らせておけ、って言ってたし。



「トルカ、大丈夫か?さっきみたいに不安ならまだ居るが……」

「……大、丈夫。ちょっと、眠れないけど……」

「だったら、何か話でもしようか?」

「……うん」

「ボクも聞きたいデス!」

「お前もかよ」



 トルカは少しワクワクした様子だが、その視線は食器の方を向いている。



「その前に食器を先に返したらどうデス?トルカ様も大丈夫そうデスし」

「だな」



 ダッシュで食器を返しに行き、戻ってくる。


 話とはいったが、そうだな……。日本昔話でもしてみるか。


「シンヤ、何のお話、するの?」

「そうだな、俺の故郷に伝わる昔話でもしようか」

「おっ、それは面白そうデス」


 桃太郎や浦島太郎、猿蟹合戦などなど、今は懐かしき絵本の読み聞かせのごとく語った。


 なんだか、小さい頃を思い出す。

 かつての世界では俺にも妹がいて、俺が小学生、妹が幼稚園くらいの頃は、兄貴面してたまにこんな風に読み聞かせしてた時もあったっけ。

 ……小4くらいからクソ生意気なマセガキに変貌したがな。

 トルカのように素直だったら可愛げがあったんだがなぁ……




 それはさておき、トルカとピスは真剣に聞き入っていたが、俺はというと内容がいくつか抜け落ちており、思い出すのに苦労した。

 昔話のネタが尽きると、自分が好きなゲームやアニメの話をこの世界に合うようにアレンジ、しトルカ達に分かりやすくした話もした。


 まさか異世界転生して最初に役立った現代知識がこれとは……。



「そして、強大な魔物が跋扈する魔の雪原を越えたロラン達一行は……」



 気付けば、トルカは寝入っており、ピスも腕輪に戻っていた。

 いつのまにかノリノリになってしまっていたようだ。



「おやすみ、トルカ」



 静かにトルカに語りかけ、俺は自分の部屋に戻る。



 なんだか、とてもゆったりとした時間を過ごした。こういう日も悪くないかもな。


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