クエスト1-5 何が出来るか

 

 次の日。

 予定通り、今日はトルカの魔法をチェックする。

 仲間の手の内は把握しておいた方が色々便利だ。





 そういう訳なのでいつものだだっ広い平原にやってきた。



  しばらくうろついていると、はぐれゴブリンが姿を現す。


  受付嬢曰く、ゴブリンは数が多いからはぐれも結構な数いるらしい。


 ゴブリン世界も中々大変なようだ。

 せめて安らかに逝くがいい。






「じゃあトルカ、試しにあのゴブリンを倒してみてくれないか?」

「うん」







 トルカは頷き、杖を構える。

 そして走り出す。









 えっ走るの?





「唸れ炎よ! ファイア!」


  トルカははぐれゴブリンに対しほぼゼロ距離で魔法を放つ。



 耳をつんざくような激しい爆発音と共にゴブリンは灰になった。

 強大な魔力をゼロ距離で放つだけあって、威力は折り紙つきだ。






  ……遠くから狙う事はできないのだろうか?

 この戦法だとトルカのステータス配分じゃ限界が早いぞ。


  そんな事を考えているとトルカが戻ってきた。




「終わった……」

「ありがとう、お疲れさん。魔法の使い方って皆ああなのか?」



 トルカは首を振る。


「違う。これは、トルカだけ……」



  どうやらこれがこの世界のスタンダードではないようだ。




「何でそんな危険な戦法を?」




  俺が尋ねると、トルカは少し考えてから、遠くにいるあばれドングリを指差す。


 あれに魔法を撃つようだ。距離はおよそ10mくらいだろうか。



「唸れ炎よ! ファイア!」



  トルカは杖を振り、その先から放たれた火炎弾はあばれドングリを大きく外れ、はるか後方に着弾して爆発した。



「……こうだから……」

「ああ……なるほど……」




 要するに命中率が低すぎるからゼロ距離で撃たざるを得なかったわけだ。

  素質の高い魔法使いにも関わらずパーティを外されたのもこれが原因だろう。


  高火力だろうが低命中じゃ安定性に欠けて使いにくく、最悪フレンドリーファイアもあり得る。

 ゲームならロマンは感じても使われないタイプの奴だこれ。


  とはいっても、使えないからさようなら、なんて真似が出来るほどの余裕は無い。


 低命中でも矯正するなり上手い事補助するなり、やりようはいくらでもある。



「……シン、ヤ…………?」



  トルカは杖を握り、じっと俺を見る。



「大丈夫だ。俺はお前を見捨てたりはしない。約束だからな。命中率は……まあ、少しずつ改善していこう。俺も協力する」


 目線を合わせ、なるべく優しい口調で言う。

 トルカの命中率を改善しないと俺にも未来が無い。いろんな意味で。



 そう考えていると、トルカが杖を更に強く握り締めていることに気付く。


「……失敗しても、いじめない?」

「……? というと?」


 思わず聞き返すと、トルカはポツポツと前のパーティでの出来事を語る。



 前のパーティでは、魔力を毎日限界まで消費することを強要され、魔法を失敗したらその数だけ殴られたりした。

 休憩も補給もないのも日常茶飯事で、拒否したり反論しても暴力を振るわれ、酷い時は八つ当たりされたり、毒草を食わされることもあったとか。



「分かった、もういい。俺はそういう事はしない! 絶対しない! 約束する!」

「本当?」

「ああ。まあ回数はやってもらうかもしれないけど、別に失敗したからといって叩いたりはしないし、補給も休憩も入れる。じゃなきゃしんどいだろ。それに、失敗しなきゃ、上手くはなれないからな」



 トルカは暫し俯く。



「……分かった、やる」


 その表情は真剣だった。



 やる気があるのはありがたいことだ。諦められていたら改善はままならないだろうからな。





  とりあえず、トルカに今出来る魔法を見せてもらった。


  現状で彼女が覚えていて、尚且つ実戦運用が可能な魔法は、


 ファイア

 メガファイア


 の2つ。


 覚えているけど実戦運用に満たない魔法は、


 フロスト

 パワーリング


 の2つ。

  パワーリングは言うなれば攻撃、防御、素早さバフのうちどれかを付加する魔法で、術者がどれを上げるかを選択する、というものだ。


  現状ではどれになるかはランダムなので安定性に欠ける。だが、魔法自体は成功しているのですぐに終わりそうだし、最悪このままでも問題ない。魔導書を見つつ、時間をかけてやるなら狙った効果を出せるようだ。


  フロストは冷気の弾を飛ばし、対象を凍結させる魔法だが、形成が上手くいかないらしい。こっちは少し時間がかかるかもしれないが、効果が強力そうなので、実用に満たない魔法の練習はこっち優先にさせるか。



 その前に命中率の改善だ。


  まずはファイアをひたすら使ってもらい、トルカのクセを探す事にした。


  10発ほど撃ってもらったところで、何となく傾向が見えてくる。

 どうやらトルカの狙いは目標の左後ろにずれているようだ。また、発射時に杖を思いっきり振るせいでそのズレが大きくなっている。

  他にもあるかもしれんが、まず改善すべきはここだろう。


  トルカが疲れ気味なので今日はこの辺で切り上げるか。



「よし、今日は終わりにしよう」

「……? トルカ、まだ大丈夫……」

「いや、まだ大丈夫な内に帰った方がいい。それに装備も買いたいし」

「…………分かった」



 トルカは言葉数こそ少ないが、素直に言うことを聞いてくれる。

 この分だと、問題だったのは本当に命中精度だけのようだな。



  街に戻ると、依頼報告と素材換金を済ませ、その後は武器屋に寄った。


  トルカが今使っている大人用と思われる長い杖は、明らかに彼女には合っていない。


  もっと小さく軽い杖の方が扱いやすいだろうし、持ち運びも楽だ。

 基礎能力も大事だが、ちゃんとした装備を身に付けることもまた大事だ。ウルツからそう聞いた記憶がある。



  あ、ついでだから俺の装備も見ておくか。金なら魔物狩りの過程で結構手に入ったしな。

 俺とトルカでフルに買い換えても幾分余裕がある。



「トルカ、その杖じゃやりにくいだろ?新しい物を買おう。金はあるか?」


 トルカは答える代わりに、袋から硬貨を出す。

 小さな手のひらにあった金額は55G。今日の分の宿代しかない。


「……マジで?」


 トルカは無言で頷く。



「それじゃ生活出来ないだろ。とりあえず500G渡す。それを当面の生活費にしろ。別に返さなくていい。武器の金も俺が出すから」

「……いいの?」


 トルカは嬉しさ半分困惑半分といった感じだ。


「いいも何も、トルカの生活がままならなきゃ意味無いだろ。それに、強くなるならレベルを上げるか装備を強化するのが手っ取り早いはずだ。トルカが強くなれば、俺も戦いやすくなる。それに、金は有り余ってるし」

「……うん、分かった」



  トルカが杖を見始めたので、俺も装備を探すことにする。

 見たところ鉄の剣より強そうな剣は見当たらない。鉄製武器がここでの最強武器とみて問題はなさそうだ。


  防具に関しては今の装備より防御力ありそうなのは鱗の鎧と青銅の鎧か。




 鱗の鎧は致命的にダサかったからやめた。


 青銅って思ったより綺麗なんだな。こりゃ昔の時代に儀式用として使われるわけだ。

 でも重そうだなぁ。やめよう。動きが鈍るとまずい。


 取り敢えず黒くてそこそこ丈夫そうな服と茶色のグローブを買い、服の上からレザーアーマーを着て防御面は誤魔化す。マントも色々あってボロボロで見栄えが悪いので買い換えた。色は赤。血の色をごまかせるってか?



  会計を済ませると、トルカを探す。

 彼女は1つの杖をじっと見ていた。

 赤い宝石の付いた、短くてシンプルな杖。名前はショートロッド、かな?



「これがいいのか?」

「うん」



  俺はその杖を買うと、それをトルカに渡す。


 ほかにも欲しい装備はあるか聞いてみたところ、特に無いらしいので、魔力を回復するというマナシロップというアイテムを8個ほど買ってから宿に戻り、部屋でトルカのクセを説明する。



「まず、トルカの狙いは目標の左斜め後ろにずれているんだ。敵がここだとすると、ここに着弾しているんだ。あと、魔法を撃つ瞬間に杖を思いっきり振るから、狙いがブレている」

「……うん」



  身振り手振りを交えて説明する。

 トルカは真面目に聞いてくれているが、理解しているかは今ひとつ分からない。

 大丈夫かな……



「だから、目標より右斜め前を狙う。この辺を狙えば当たりやすくなるはずだ。それから、狙う時はなるべく杖を振らないこと」

「……?」


 トルカは首を傾げる。

 これはきっと分かってない顔だ。



「まあ、明日実際にやった方が早いな。そういうクセがあることだけ覚えておいてくれ。じゃあ、今日はこの辺で。俺はもう寝るよ。おやすみ」

「……うん、おやすみ」



 俺はトルカの部屋を出て、自室で横になる。






  次の日も、いつものように筋トレを終わらせ、トルカと共に依頼を取って平原に向かう。

 午前中は俺自身のトレーニングに費やしたいので、午後からだ。

 トルカは朝が苦手らしく、ぐっすり眠れるからとあっさり許可してくれた。



 魔物を探していると、遠方にあばれドングリ。



「トルカ、昨日言った通り、目標の右斜め前を狙ってみるんだ。杖は振らずに固定だ」

「……うん。唸れ炎よ! ファイア!」



  トルカの放った火炎弾はあばれドングリのすぐ近くに着弾した。

 あばれドングリがこっちに向かってきたので、それを撃破。

 苦戦してた頃が懐かしいな。



「惜しかったな。でも、初回でこれなら十分だ。案外すぐモノに出来るんじゃねぇか?」

「……本当?」


 トルカの声がいつもより明るく感じられた……気がする。


「出来るかどうかはトルカ次第だ。頑張ろうぜ」

「……うん」



 それからトルカはファイアを練習し始めた。

 敵を見つけるとファイアを撃ち、外して向かってこれば俺が仕留め、逃げたら再挑戦。その繰り返しだ。


 昨日に比べて、目標のすぐ近くに着弾している。


 クセを把握しただけでここまで正確になるとは……



 そして10回目の射撃。



「唸れ炎よ! ファイア!」



  トルカの放った火炎弾は、あばれドングリに見事命中し、爆破した。



「……でき、た……?」



 トルカは自分で出した結果に驚いているようだ。



「お、おお! やったなトルカ! 成功だ!」

「うん……うん」



 まさかこんなに早く当てられるようになるとは! すごいぜトルカ!

 トルカの頭を撫でようかと思ったが、殴られた経験がある以上ビビられそうなのでやめておこう。


 代わりにハイタッチのために屈んで手を差し出したが、スルーされてしまった。


 あ……合わない……! 呼吸が……!




「……出来た、出来た……」


 トルカが満足気だし、まあいいか。






 ……………………








 ………………







  トルカはそれから毎日、ひたすらファイアを練習した。

 敵を見つけたらファイアを撃ち、魔力が切れたらマナシロップで充填。この繰り返し。

 前の環境のせいか、結構無理しがちなところがあるので、適宜休憩をさせるようにしている。


  命中率はまだまだ低いが、回数を重ねるうちに少しずつ、でも確実に上がっていき、2週間が経つ頃には、体感命中率はおよそ5割ほどになっていた。


 さらに……





 名前:トルカ・プロウン 種族:森の民

 属性:氷  レベル:6 職業:魔法使い

 体力:4  魔力:72

 筋力:1  敏捷:7

 創造:68 器用:7



  レベルも2つ上がっていた。俺より成長速度が速い。

 いや、俺が遅いのか?


 魔力と創造の伸びが凄まじく、器用もじわじわ上がっている。


 こ、この分ならいつか追い越されるんじゃ……

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