サブクエスト1 捨てる者と拾う者

サブクエストは、本編を別視点から見た話となり、3人称となります。

今回はトルカと、彼女がかつて組んでいたパーティから見た、1-1の少し前から次回である1-6の直前までの間の話。





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 理解できない。


 それは、トルカがシンヤに初めて会った時に抱いた感想だった。






 シンヤが異世界に降り立った頃、トルカはワーテルでも有数の強さを持つパーティであるマイティドッグの一員として依頼をこなしていた。




 彼女はどうやってワーテルに来たかは覚えていない。

 覚えているのは、気が遠くなるほどの時間をひたすら歩いたことだけだった。





 シンヤが異世界に降り立つ3ヶ月前、這々の体で辿り着いたこの町で冒険者登録をすると、マイティドッグというチーム名を持つ、3人組の冒険者がトルカをパーティに誘った。


 リーダーである、黒髪のワカメに似た髪型をした大柄の男、ラガード・ワイラー。

 整った容姿を持つが化粧の濃い銀髪の女、ポルメリア・アエリア。

 茶髪の軽薄そうな長身の青年、ヴァシ・バイル。


 右も左も分からぬトルカは、彼らの申し出を受けた。

 初めは高い魔力と創造の値もあって、非常に歓迎された。





 だが、それは最初だけであった。




 彼女は魔法のコントロールが全く出来ておらず、魔法をまともに当てることができなかった。

 最初のうちはラガード達も手を打とうとしたものの、彼らは皆魔法については門外漢であった。それゆえ、適切な指導がされることはなく、事態は好転しなかった。


 そんな中でラガード達がとった行動は、トルカへの責任の押し付け。


 彼らは様々な罵声を毎日トルカに浴びせた。


 役立たず。

 使えない雑魚。

 愚図。

 のろま。

 森の民の恥。

 冒険者失格。




 彼らはこうも言っていた。




 パーティに入れてやるだけありがたいと思え。

 お前が逃げても誰も助けてくれない。

 別のパーティに行っても同じ目に合う。

 ソロ活動を行なっても死ぬだけ。






 精神攻撃を受け、トルカの身体と心は疲弊していき、魔法の精度は更に下がり、また精神攻撃を受ける負のスパイラルに陥っていた。

 そして、反抗する気力も徐々に削ぎ落とされていた。



 マイティドッグの3人のトルカに対する態度は日を追うごとに悪化していき、ついには暴力へと発展する。



 魔法を外せば殴られ、言うことを聞かなければ殴られ、依頼を失敗すれば殴られ、機嫌が悪ければ何もしなくても殴られた。



 ラガードとヴァシはそうだったが、ポルメリアは少し違った。



 彼女は直接的な暴力を行うことはせず、質の悪い薬草のみを渡したり、薬草とよく似た毒草を意図的に混入させたり、食事を床で食べさせたり等、間接的な手段を多用した。








 トルカは憎かった。






 自身を傷つけるラガード達が。






 そんな彼らと立ち向かう力も、逃げる力も持たない自分そのものが。






 ある日の事、トルカが魔法を当てそこなった事により、依頼を失敗したラガードは、彼女を路地裏へと連れ込み、八つ当たりを行う。




 殴る蹴るに留まらず、ナイフによって痛めつけられたトルカ。








 彼女は生きる希望を失いかけていた。








 そんな所に現れたのが、黒髪の見知らぬ冒険者。

 そう、シンヤである。




 新品の防具に身を包んだ彼はトルカを見るなり、治療を始めたのであった。

 上等なマントを引きちぎってまで。





 トルカは理解できなかった。


 何故見ず知らずの自分を助けるのか。

 何故上等な装備を崩してまで助けようとするのか。

 何故包帯を使わないのか。




 助けてくれた事自体は感謝していた。

 しかし、何か企んでいる気がしたトルカは、シンヤから逃げた。







 我慢の限界に達しつつあったトルカは、マイティドッグからの脱走を試みた。

 しかし、今の彼女にソロで生き残るのも、家に帰ることみ不可能だった。

 誰かが助けてくれるとも思っていなかった。

 もし助けてくれたとして、その人がパーティを組んでくれるとも思っていなかったし、万が一組んでくれたとしても、行き着く先は同じだと考えていた。




 トルカは結局、耐え忍ぶ道を選んだのだった。





 ……………………








 ………………




 トルカが逃げられないように、マイティドッグもトルカを中々捨てられないでいた。


 彼女の耐久力は低く、戦闘での治療にも、憂さ晴らしの後のリカバリーにも、何かと金がかかった。


 しかし、トルカのように特化したステータスを持つ魔法使いはそうそう見つかるものではなく、命中率が改善されればこれ以上ない戦力になる事は誰が見ても明らか。

 憂さ晴らしの玩具を手放したくないという気持ちもあるが、彼らを渋らせる主な原因は、彼女の高い魔力と創造だった。





 シンヤが筋トレに勤しむ頃、トルカはラガード達の暴力に耐え忍びつつ、シンヤを探していた。


 助けてくれた彼なら、万が一もあるかもしれない、と考えたからだ。



 しかし、彼は見つからなかった。


 不幸にも、マイティドッグの活動時間とシンヤの活動時間は殆ど被らなかったのだ。





 シンヤが異世界に来てから10ヶ月が経とうとした頃、トルカはとうとうマイティドッグを脱退させられた。


 全く芽が出る気配がなく、治療費だけ無駄に嵩む現状はマイティドッグとしても耐えきれなかったのである。



 ポルメリアとヴァシは玩具が無くなる事を惜しんでいたが、ラガードはある可能性を考えていた。





 ……………………





 ………………






 ラガード達はトルカを徹底的に痛め付けたが、決して殺そうとはしなかった。

 精神上はともかく、物理的には最低限の生だけは保証していたのである。



 ソロ活動を余儀なくされたトルカは、その保証すら無くなり、いよいよもって死が迫る。




 仲間の死や致命的な負傷等により心身に重大な傷を負い、冒険者を引退して実家に引き篭もる若き冒険者は少なくない。

 だが、その手段を取れるのは当然、帰る家あるいは保護してくれる存在の居る冒険者だけだ。




 トルカは故郷の場所を覚えていなかった。

 覚えていたのは、遠くにあることだけ。


 保護してくれる存在などおらず、追放された時点で1日分の宿代しか持っていなかったトルカには、ソロでどうにか生き延びるか、死を待つか以外の選択肢は存在しなかったのだ。








 翌日、平原へと繰り出したトルカ。


 彼女ははぐれゴブリンの攻撃ですら容易に死にかねないほど耐久においては貧弱であったが、戦う以外の方法を知らない彼女は、そうするしかなかった。




 はぐれゴブリンなら、至近距離で撃てば一撃で倒せる。

 あばれドングリも、当たりさえすれば一撃で倒せる。


 トルカはそう考えていたし、その考え自体は間違えていなかった。






 だが、彼女の目の前に現れたのは、一撃で絶対に倒せないクローラー。




 初心者殺しの巨大芋虫。

 彼女とて、その名を知らないわけではない。




 トルカは逃げた。

 魔法を放ちつつ逃げた。



 魔法は当たらなかった。

 ただでさえコントロールの悪い彼女が、冷静さを失った中、よく狙わずに当たる道理など存在しない。








 クローラーは追ってくる。


 逃げても逃げても追ってくる。






 なけなしのスタミナは、すぐに底をついた。




 トルカの足取りは遅くなるが、クローラーはなおも追ってくる。






 追いつかれる。



 形を持った死が、迫る。





 死を覚悟した、その時であった。





「うおおおおおおおお!!!」




 突如誰かが乱入し、クローラーの狙いを強引に逸らした。




 安堵と疲れから、トルカは地面に座り込んだ。



 その冒険者は、手慣れながらもどこか危なげにクローラーと戦い、そして倒す。





「怪我はないか?」




 その冒険者の正体は、かつて自分を助けた、あの黒髪の素人冒険者、シンヤだった。



 何故?

 どうして?

 何のために?



 トルカは理解出来なかった。

 何故彼が、名前も顔も知らないはずの自分をまたしても助けたのかを。



 トルカはシンヤに助けた理由を聞いた。


 見ず知らずの自分を助けたなら、何か理由があるはず。そう考えていたからだ。



「誰かを助けるのにいちいち理由なんかいるかよ。ま、強いて言うなら……寝覚めが悪くなるから」



 彼はそう返した。

 トルカにとって彼は、常識の範囲外にいた存在だった。


 助けなくてもいいのに、とこぼすトルカ。

 理由を聞くシンヤに、トルカはポツポツと語り出す。



 パーティを外された事。

 心身をボロボロにされた事。

 行くあても帰るあても存在しない事。



 語るうちに、自分の状況に嫌気が差してきたトルカ。


 それを聞いたシンヤが持ち出したのは、パーティの加入。




 渡りに船ともいえる申し出に、トルカは硬直する。

 パーティの結成を頼む事は頭の片隅で考えてあったが、向こうから頼まれる事をトルカは想定していなかった。

 見たことのない仕草まで行って必死で勧誘するシンヤに、トルカは少しばかり困惑しつつも行動を共にする事を決めた。












 ……………………




 ………………





 翌日、シンヤとトルカは平原にいた。

 シンヤがトルカの実力を知るためだ。




 解雇を恐れたトルカはゼロ距離射撃を行うが、それは一時しのぎでしかなかった。


 従来通りに魔法を放った結果、従来通りに外す。




 トルカの実力を知り、何やら思案するシンヤを、トルカは杖を握り締めて見ていた。


 シンヤはトルカをどう矯正すべきかを考えていたのだが、彼女は解雇すべきかどうか考えているかと読み取った。


 視線に気付いた彼は、トルカと目線を合わせる。



「大丈夫だ。俺はお前を見捨てたりはしない。約束だからな。命中率は……まあ、少しずつ改善していこう。俺も協力する」



 トルカはまだ信用できなかった。

 ラガードの矯正方法を思い出したからだ。



 おずおずと確認したトルカは、聞き返したシンヤに自分のされた事を語る。


 シンヤは彼女が全てを話す前にギブアップし、絶対にしない事を約束した。

 また、過酷な鍛錬を強制しない事も。




 トルカは、少し頑張ってみることにした。

 嘘かもしれないその言葉にすがった。



 結成後に立ち寄った酒場では、シンヤは食事のお金を出してくれた。

 資金がギリギリなトルカにとってはありがたい申し出だが、足りなくなる事を恐れて最小限のメニューしか頼まなかった。



 ふとラガード達が近くにいないか気になり、周囲を見回したトルカは、あるものを見つける。




 パンケーキ。




 こちらに漂ってくる甘い香りは、トルカの興味を引いた。

 ねだるのは怖かったが、興味のないふりをする事も出来ず、彼女はそれをただただ見つめていた。


 その様子を見て心情を察したシンヤは、パンケーキを頼んでくれた。

 様々な疑念がトルカの脳をよぎったが、たっぷりと蜂蜜の乗ったパンケーキが目の前に置かれた時、それらはどこかへ消えてしまった。


 今まで味わったことの無かったその甘さに、トルカは夢中になった。




 ……………………






 ………………





 翌日、シンヤはトルカのクセを読み取り、アドバイスを施した。

 その通りにやると、魔法が見当違いの方向に飛ぶことは無くなった。


 彼のアドバイス自体は大それたものではなく、魔法使いなら知っておくべき基本的な事。

 だが、それを知ることができなかったトルカには、世界が変わるほどの変革だった。



 トルカがきっちり命中させた時、シンヤは自分の事のように喜んだ。

 彼が行おうとしたハイタッチの意図はまるで分からなかったが、トルカがシンヤの事を信じようとするきっかけになったのは間違いなかった。







 パーティを組んでからというもの、シンヤはトルカを何かと気にかけた。


 お金が足りないと知れば貸し与えたり、融通してくれた。

 装備が合ってないと知れば、お金を出して買い換えてくれた。

 魔法が当たらないと知れば、決して責めずにトルカのクセを分析し、一緒に対策を考え、アドバイスをくれた。

 上手く魔法を撃てた日は、好物となったパンケーキをたくさん奢ってくれた。


 シンヤは自らを顧みず、協力を惜しまなかった。





 戦闘能力で見たシンヤははっきり言って弱く、背中を預ける相手としては不安が残っていた。


 だが、彼がマイティドッグと違ったのは、強くなろうという気持ちと共に戦う意思、トルカを全力で守ろうとする気概。

 トルカが危機に陥れば身を呈して庇い、かつて自分がされた過酷な鍛錬と同じようなやり方を自ら進んで行うシンヤの姿を、トルカはどこか奇妙な目で見ながらも、自身を鍛える原動力の一部としていた。また、シンヤの弱さは、図らずもトルカの存在意義にも繋がっていた。




 ……………………






 ………………








 トルカはおよそ3ヶ月の間、シンヤと一緒に鍛錬に励んだ。


 シンヤは自身の鍛錬の傍ら、トルカに無理をさせないように気を配り、彼女に様々な形で協力した。

 魔物から身体を張って守ったり、傷付けば謝罪と共に治療を施し、資金面での援助を惜しまず、適宜休憩を取らせ、成果を出せば大いに褒めた。


 その結果か、鍛錬を積めば積むほど、彼女は優れた才覚を発揮し、見違えるほど強くなっていった。


 シンヤは手柄を自分のものにしようとはせず、トルカの努力の成果だと毎回言い張った。



 自分の居場所を提供し、自身を肯定し、必要としてくれるシンヤに、トルカは少しずつではあるが、心を開いていった。






 ……………………







 ………………



 その一方で、マイティドッグの一味はアジトである事を企んでいた。



「あのチビがどこにいたか分かったか?」

「そこまでは分からないっすけど、無名の新人とパーティを組んだ、ってのは掴んだっすよ。しかもそいつ、勇者の剣ってのを抜いたらしいって話っす」


 先程アジトへ帰ってきたヴァシは、近くにあった椅子に座る。


「ほう、勇者の剣か……」

「何するつもりなのぉ?」

「育ててもらうのさ、奴をな。聞くところでは、実力を上げているらしい」

「あっ! オレっち分かったっすよ! 十分な強さになったところで、そいつから掠め取るっすね!」


 指を鳴らして答えるヴァシに、ラガードはニヤリと笑いかける。


「そういうことだ。しかも勇者の剣とやらのおまけ付きだ……こいつは面白くなるぞ」







 トルカが手に入れた平穏は、崩れ去ろうとしていた。







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