クエスト1-3 現実は甘くない

 レベルが上がってから、俺はそれから2週間の間ひたすら魔物狩りをした。



 クローラーは極力相手にせず、はぐれゴブリンとあばれドングリ(ドングリもどきの魔物の名前だそうだ)を集中して倒す。


 クローラーも予備動作が分かりやすいので倒そうと思えば倒せるが、リスクが大きい。





 努力の甲斐あって、レベルは5まで上がった。

 上がりはした。



 どういうことかというと、つまりこういうことだ。



 名前:シンヤ・ハギ   種族:荒野の民

  属性:無  レベル:5 職業:勇者

 体力:8  魔力:0

 筋力:3  敏捷:3

 創造:2  器用:2





 お分かりいただけただろうか。上がったのはレベルだけ。ステータスは上がっていないのだ。これでは話にならない。



 ただでさえ遅れを取っているのにこんな成長率じゃ魔王を倒すどころかこの街から出られないぞ!?








 ある日のこと、早すぎる成長の頭打ちに悩んだ俺は、鍛錬方法を模索する。

 試しに、勇者の剣を鉄の剣に変更して魔物狩りに励んでみた。



 この辺の魔物は行動パターンが決まっている。鉄の剣に持ち替えても体力が続く限りは意外と何とかなる。



 だが、その体力が続かない。どちらかといえばインドア派だった俺の身体に鉄の剣は重い。


 薬草でゴリ押せばどうにかならない事もないが、効率は良いとは言えない。


 戦ってるという実感はあるが……





 ……………………







 ………………





「どうにかなんねぇかな……」


 翌日、街中を散策していると、文字を教えてくれたあの冒険者を見つける。


 名前は……ウルツだったな。声をかけてみるか。





「こんにちは。あの時はありがとう。助かったよ」

「おや、君はあの時の冒険者じゃないか。その節はどういたしまして。冒険者生活は順調かい?」

「実はさ……」




 どうすれば強くなれるかを聞いてみる。

 こういうのは先駆者に頼るのが無難だ。



「己を鍛える方法は主に2つ。1つは、トレーニングをすること。走り込み、上体起こし、素振り、腕立て伏せとかね。これだけでレベルを上げるのはちょっと大変だけど、やっておいて損はないはずさ」



 なるほど、筋トレか。

 筋トレでも続けていればレベルが上がるのだろうか?



「もう1つは、ひたすら実戦をこなす。危ないけど、こっちの方がレベルを上げやすいと言われているよ。はぐれゴブリンなら……そうだな、いっぱしの冒険者の平均レベルが10だから……大体920体くらいだろうか」

「き、920体……」



 マジかよ。


 いやでも最弱モンスターだけで稼ぐとなったらそれくらいは必要か。


「強さを手に入れるのは簡単な事じゃない。どんな武器を持っても、本人の実力が伴わなければ意味は無いからね」



 勇者の剣を持つ俺にとっては重要な言葉だ。



「そうか……そうだよな、ありがとう。何か当たり前の事聞いちまったな、ごめん」

「いや、いいんだ。当たり前の事をこなすというのは、とても大事なことさ。実践的なことはこれくらいかな。後は3つの心持ち」

「3つの心持ち?」


 ウルツは3本の指を立てる。



「自分を信じることと、現状に満足しないこと。そして……諦めないこと」


 ウルツは立てた指を1つずつ折りながら言った。


 個人的には最後の1つだけあれば前2つは無くてもどうにかなりそうな気がするが……いや、やっぱり必要なのかな……




「他にも、僕で良ければ相談に乗るから、必要なら声をかけてくれ」

「ありがとうウルツ。俺、頑張るよ」



 思い返せば筋トレの類はしてなかったな。

 となれば、今日から開始する他無い。生半可な強さでの出歩きは死に直結する。まだ何もしてない内から死ぬのはまっぴらだ。




 ウルツと別れると、適当に広い場所を探してトレーニングを開始する。


 とはいっても俺は元々ただの学生。中学時代は美術部。文化部にしては運動神経はマシな方だったが、運動部とは天と地の差。

 魔法を使える気配は無いし、筋力だって同世代の戦士に遠く及ばない。


 となれば普通のやり方じゃあ駄目だ。それじゃ追い付けない。


 そこらの戦士と最低でも肩を並べることが出来なければ、待っているのは死だ。身体がぶっ壊れても薬草があれば俺の身体くらいなら簡単に治る。


 無理をするのは良くないことは分かってる。だが、自分の実力以上の事をやらなければならないなら、多少の無理は避けては通れない。





 腕立て伏せ、上体起こし、スクワット、素振り。それぞれ300回は必ずやる。増やせるようになったら増やす。それから走り込み。距離は……どうやって測ろうか?


 とにかく、思い付くものは全てやる。そして魔物も狩る。そりゃもう今まで以上に。

 ただ、慣れるまでは魔物討伐は一旦中止。幸いにも王様から貰った金がたんまり残ってるので5ヶ月程度ならなんとかなる。



 その日から、俺はひたすら筋トレに明け暮れた。

 最初のうちは300回なんて到底無理だが、薬草を使ってでもこなす。


 全身に重傷を負っても回復できただけあって、それくらいなら簡単に治る。その代わりに強烈な痛みが来るが、魔物との戦いでこれ以上に痛いことなんかザラだろうし、耐えねば。





 とにかく自身を限界まで追い込み、限界が来たら薬草の出番。それの繰り返しだ。


 走り込みも天候に関わらず行う。身体が変な音を出しても御構い無し。


 トレーニングでの鍛錬は命の危険こそ無いが、正直魔物退治よりもきつい。


 しかし、得られたものもある。


 街中を走っていると、人々の会話からこの世界についての情報を得られるのだ。



 例えば、冒険者はレベル20を超えればそれ一本でやっていけるレベルだということ、

 冒険者ギルドは元々傭兵の副業のためのギルドで、魔物の増加やダンジョンの出現と共に依頼解決を生業とする今の形に変化していったこと。


 それから、魔物とは一定以上の魔力を持つ生命体を指すこと、魔法は人によって扱える属性の数が違うことなどなど……




 ちなみに、基礎能力が劣る人が薬草をしこたま使って強引に鍛錬する人は結構いるらしい。皆考える事は一緒なんだな。


 なお、薬草の中毒症状や依存症の例は無かったそうだ。セーフセーフ。


 他には、ウルツと仲良くなったことか。


 走り込みをやっているとウルツに時々出くわし、アドバイスをもらったり、話をしたりしている。


 武器の手入れの仕方とか。日常的な話だと、オススメの道具屋とか、魔物を捌いて食った話とか。まあ愚痴とかも聞いたり聞いてもらったり……




 彼は顔の傷のせいでアウトローのような見た目だが、話せば話すほど親切な人間だと分かる。


 じゃなきゃ話を親身に聞いてくれたりはしないし、マントを裏返しに着るといううっかりを披露することもない。


 基本的に筋トレに集中しているので、交流を持っている冒険者は彼一人だ。







 変化を感じ取ったのは、トレーニング開始から4ヶ月後。


 最初は全てのメニューをやり遂げるのに10時間かかった。終わったら泥のように眠った。

 しかし、今は多少ながら余裕はある。それでもまだ8時間程度かかっているが、確かに2時間短縮できたのだ。


 使う薬草の数も少しだが減りつつある。





 それ以降は空いた時間で魔物狩りによるレベル上げを再開。貯蓄もきつくなってきたし。

 今までとは違って思った通りに身体が動き、一定の時間に狩れる魔物の総数も少しだが増えていた。





 分からない事があればウルツに聞いた。


「攻撃が当たらない……」

「攻撃を当てる際は冷静になる事が肝要だ。感情的になると狙いがぶれるからね」


「どこを狙って攻撃すればいいとかある?」

「最初に攻撃するべき部分は足だ。機動力を削いでしまえば、大体の魔物は対処がしやすくなる」


「あばれドングリが斬りにくい」

「そもそもあばれドングリに斬撃は有効じゃないからね。鈍器でカチ割る方が楽さ」


「クローラーについて」

「奴は身体を持ち上げた時が攻撃の合図だ。その時に奴の横に跳べば、攻撃は当たらない」



 アドバイスを得て、戦闘の仕方を見直す。どう動くかを考えて、できるだけ効率よく魔物を狩る。


 ……とはいっても、勇者の剣だと基本一撃なので実感は無い。




 トレーニング開始から4ヶ月半経ったある日、昼から夕方にかけて魔物を狩り、夜にステータスをチェック。




 名前:シンヤ・ハギ   種族:荒野の民

 属性:無  レベル:8 職業:勇者

 体力:8  魔力:0

 筋力:3  敏捷:3

 創造:2  器用:2



 ……駄目だった。これだけやっても上がらない。

 いや、これはただのまぐれだ。そうに違いない。明日からも頑張ろう。




 俺はそう心に誓い、鍛錬と魔物狩りを繰り返していった。

 勿論剥ぎ取りも忘れない。



 しかし、レベル8の時点で未だにステータスには変化無し。成長のチャンスを7回もフイにしているという事実が俺に重くのしかかる。ここまで重なればかなり大きな差だ。


 失意の中、布団の中で項垂れていると、ある懸念事項が浮かび上がる。




 ……勇者の剣に原因がある可能性だ。


 一撃必殺級の斬れ味を誇る勇者の剣。もしかすると厄介な効果が付いてるのかもしれない。魔物狩りに勇者の剣を使ってるせいで鍛錬になってない可能性もあるが、筋トレも同時進行なのでそれはない……はず。



 気色悪いくらい手に馴染む剣だが、もしかするととんでもなく厄介な代物かもしれないぞ、この剣は。




 とはいっても、現状でそれを調べる方法は無いので、取り敢えず勇者の剣は封印して鉄の剣で頑張ることにする。

 王国の資料室が使えばいいかもしれないが、この世界の現代の文字も覚えきってないのに古代文字とか出たら死ぬ。




 勇者の剣に疑念を持った次の日から、俺は鉄の剣に装備を変え、今までと同じように鍛錬と魔物狩りを繰り返す。


 鉄の剣に変えてからは明確に手ごたえが出始め、能力もきちんとあがるようになった。



 トレーニング開始から5ヶ月、レベル10になる頃には、はぐれゴブリンとあばれドングリはもはや敵にならず、クローラーも攻撃はかなり痛いが、そうそう被弾することは無くなった。


 酒場で魔物討伐依頼を受けたり、剥ぎ取った素材を売ってお金を稼ぐのも続行中だ。





 そうして着実にトレーニングを重ね、開始から7ヶ月、今ではレベル12。

 現在のステータスはご覧の通り。



 名前:シンヤ・ハギ   種族:荒野の民

 属性:無  レベル:12 職業:勇者

 体力:22 魔力:0

 筋力:15 敏捷:14

 創造:2  器用:12




  魔力と創造以外はバッチリ上がっている。むしろ上がらなかったら泣いてた。


  それにしても、魔力はまあ分かるが……創造って何だ?




  たまたま近くにいた冒険者に聞いてみたところ、魔法を使う際に必要なものらしい。今の俺には必要無い項目だな。





 それはさておき、俺は酒場に向かっていた。

 魔物狩りをする際はいつも並行して魔物討伐依頼をこなしている。

 そうすればレベリングと金稼ぎが同時にできるためだ。

 まあ常設でやってるはぐれゴブリンの依頼以外はたまにしか来ないから微々たる違いだがな。





 ということで依頼を受け、平原でモンスターを狩る。

 今日の依頼はクローラーの討伐。



 クローラーもヘマしなければなんとか勝てるようになってきたが、レベルの上昇も鈍くなってきている。

 実質的なレベルは5なので、次の街にも移りにくい難儀な状況だ。


 まあ、それはそれ。今はレベリングに集中しよう。




 ……………………






 ………………





 いつものように日が暮れるまでモンスターを倒し、酒場で依頼報告を終わらせる。


 一息ついていたところ、入り口の方で騒ぎが起きていることに気づく。



「お前のような出来損ないの屑はいらん。魔法はろくに当たらない、脆すぎるから殴って気晴らしもままならない。役立たずの貴様には今日限りでパーティを外れてもらう」

「じゃあねぇ魔法もロクに当てられないポンコツさぁん? 野垂れ死でもしたらぁ?」

「ま、そーゆーことなんで。じゃあなぁー!」



 気になってその方向を見てみるが、他の客でうまいこと死角になっていて見えない。


 テンションの高いインコのように首や体を動かすも、無駄な努力だったので諦めた。

 騒ぎもすぐ収まったようだし。


 それにしても、一方的な解雇通告とは酷いものだ。事情は分からないが、もうちょっとやり方ってものがあるだろうよ。



 酒場で食事を済ませた後、宿屋に戻って寝る。

 ……字の書き取りも練習しなくちゃいけないな。


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