クエスト1-2 まず手始めに

 


 ウルツにより文字の習得に一応は成功したので、早速酒場に戻る。

 女主人は怖いが、そんなこと言ってる場合ではない。



「あの……」

「お前か。ギルドカードは作ってもらったんだろうな?」

「は、はい。こちらに……」



 女主人は俺のギルドカードを確認すると、大きな本のようなものを渡してきた。

 いや、本というより居酒屋のメニュー表の方が近いか?



「ほれ、名簿だ。好きな奴を見繕うがいい。交渉はお前がしろ。まあ、どうしてもと言うなら私が口利きしてやっても構わん」

「どうも……」



 名簿を受け取り、文字表片手にいざチェック。

 理想はレベル3〜5辺りの回復職だな。魔法職も悪くない。

 性別は……この際気にしないでおこう。

 さて、と。どれどれ……




 サム 男 戦士 レベル:27

 備考:ホモ


 ケツ狙われたくないのでパス



 アルバート 男 遊び人 レベル:8

 備考:前衛希望


 流石に遊び人は論外。よってパス




 ニクス 男 騎士 レベル:50

 備考:邪神討伐経験あり


 強すぎて逆に色々危険そうなのでパス





「あの……男ばっかりだしロクな奴がいないんですけど……」

「そもそもの傾向として、体力では女は男に勝てないし、魔力では男は女に勝てない。魔法職は人気が高いし、ロマンスを求める馬鹿も結構いる。故に女冒険者は名簿には中々載らんよ。ここに載るのは売れ残り連中だけさ」



 へえ、女性の方が魔力を多く持ってるのか。

 それはそれとして、売れ残りって。



「売れ残り」

「そう、売れ残り。魔法職が欲しければこんなもんに頼らず、地道に声をかけるこったな」



 どうやら魔法職は常に売り切れ状態のようなものらしい。参ったなこりゃ。

 名簿を頼るだけ無駄っぽいので、ソロ活動の方針に切り替えていこう。





 ということで、早速依頼を受けに行く。



 最初の依頼は「はぐれゴブリン3体の討伐」だ。


 はぐれゴブリンというのは、暗い緑色の、子供程度の大きさの小鬼のような魔物。

 その名の通り群れからはぐれたゴブリンで、素人でも勝てるほど弱い魔物……だそうだ。受付嬢に聞いた。


 最初の依頼としては問題ないだろう。

 クローラーというデカい芋虫には気を付けて、とも言っていたが、まあそうそう遭遇はしないはず。



 ……しないよな?





 はぐれゴブリン討伐の前に、街を探索。

 必要な道具を揃える。



 ここはベルデン王国の首都、ワーテルというところらしく、整備された水路が特徴らしい。確かに、あちこちに水路が張り巡らされている。

 古代ローマもそんな感じだったっけ?



 街の構造としては、中央の噴水を中心にX字上に大きな道があり、それによって区分けされている。

 北側は貴族街、西側が市民向け住宅街、東側が商業区、南側が冒険者向けの区画、といった感じだ。

 俺が今いるのは当然南側。




 まずは道具屋でベルトポーチを買い、薬草を5つほど購入。


 次に武器屋で予備用の鉄の剣と採取用ナイフを、防具屋で旅人の服と皮の鎧、ブーツを買い、それぞれ装備する。




 その後、酒場からそこそこ近い、小さい宿屋を取る。料金の割に部屋は狭いが、結構綺麗なので問題ない。さっきまで着ていた制服は部屋に置いていこう。


 うんうん、冒険者らしくなってきたじゃないか。何だかワクワクしてきたぞ。



 準備を終えたので早速街の外に出ようとすると、ふいに裏路地の方から怒鳴り声と音が聞こえた。



「な、何だ?」



 気になったのでその方面を覗いた瞬間、武装した人相の悪い冒険者と思わしきおっさんが裏路地から出てきた。


「何だ貴様。どけ!」

「おわっ!?」



 突き飛ばされ、尻餅をつく。

 おっさんはそのまま去っていった。



「んだよ、ったく……」




 埃を払い、冒険者がいた方へと向かってみると、行き止まりのところで誰かが壁にもたれかかる形で倒れていた。



「し、死体じゃねぇよな……?」




 恐る恐る近付いてみると、その正体は傷だらけの魔法使いの女の子だった。ちゃんと生きてる。

 年は9か10くらいか?



「一体何があったんだ……?」



 女の子の水色の髪は汚れ、赤と青のオッドアイは虚ろな目でこちらを睨み、マフラーで隠した口元からは明らかに正常ではない呼吸音が聞こえる。


 青いローブや黒いマント、いかにも魔法使いな感じのとんがり帽子も埃まみれに傷まみれ、小柄で華奢な身体にも多く傷があった。どうやらさっきのならず者に手ひどくやられてしまったらしい。




「大丈夫……なわけないよな。ちょっと待ってろ」




 身に付けたマントの一部を引きちぎり、包帯代わりにして巻いてやる。前の世界では割と怪我する事が多かったので、処置には慣れたものだ。


「包帯持ってないから、こいつで我慢してくれよ……」


 女の子はきょとんとしていて、特に抵抗はしてこなかった。


 処置が終わったら、薬草を1つ手渡す。




「とりあえずこれで大丈夫だろう。立てるか?」

「……」



 俺が手を差し出すと、女の子は俺の手を取って立ち上がる。



「……あり、がと。もう、大丈夫」



 女の子はそれだけ言うと、慌ててどこかへ行ってしまった。


 本当に大丈夫かは気になるが、赤の他人にこれ以上干渉するのはやめておこう。魔法職だから誰かとパーティ組んでるだろうし。





 あれ、急いで包帯買いに走った方が良かったんじゃね?

 まあ……いいか。




 裏路地を出て、応急処置用具を買った俺は、今度こそ南門から街の外に出る。





「うおぉ、すっげ……」




 目の前に広がるのは、広大な平原。この辺りは南ベルデン平原というらしい。


 東西には山が見え、眼前に広がる南側の遠くには海も見える。西側には道が続いており、その先には森が広がっているようだ。

 正面には草原。もう一面のクソミドリ。



 後ろを振り返れば、大きな塀が街をぐるりと囲っており、門の両隣には門番が2人。





「さて、はぐれゴブリンがいるのは森周辺だったな」



 俺は西側にある道に沿って歩き出し、はぐれゴブリンを探す。





 ……………………





 ………………




 しばらく歩くと、道を横切る影が一つ。

 緑色の子供程度の大きさの小鬼のような魔物。間違いない、こいつがはぐれゴブリンだ。



「先手必勝! 出でよ勇者の剣!」






 俺は勇者の剣を出し、はぐれゴブリンに斬りかかる。






 はぐれゴブリンはあっさり両断され、物言わぬ肉塊となってしまった。



「マジかよ、こんなあっさりと……」



 綺麗に二等分されたはぐれゴブリンを見て、依頼を受ける際に受付嬢から受けた説明を思い出す。




 魔物には魔核という、宝石に似たようなもの(俺たち人間を始めとした全生命体にあるのだが、魔物のものが特に大きいらしい)を持っている。


 魔核はマジックアイテムの作成や動力源、魔物の特性の解明などの様々な事に使われ、いくらあっても困らない代物……だそうだ。



「有用な素材が分からない時は魔核を取っとけ、って話だったな……」



 早速剥ぎ取り作業を行う。



 ……といっても、綺麗に両断されたはぐれゴブリンの心臓付近から魔核を取り出すだけなので、すぐに終わった。



「流石に人型だけあって死骸は見るに堪えんな……」



 やばい、ちょっと吐き気が……



 魔核を取った後は、魔物が蘇ったり他の魔物の餌にならないように燃やすのがベストらしいが、生憎俺は火種を持っていない。


 バラして埋めるか……。







 死骸を埋め終わり、さらに足を進める。


 殺人かましたみたいで気分が悪い。慣れなくては……




 はぐれゴブリンは見つけ次第倒していき、目標数の3体にはあっという間に到達した。



「よし、依頼分は完了だな」




 はぐれゴブリン3体分の魔核が鞄の中にある事を確認すると、俺は早速レベル上げを開始する。


 RPG的には、レベル上げといえば魔物狩りだ。早速近くにいる足の生えたでかいドングリに斬りかかる。




 ドングリもまた、スパッと一刀両断。


 さすが勇者の剣、凄まじい切れ味。この調子でガンガン行こう。



 森の入り口辺りまで来ると、何かから逃げる駆け出しっぽい冒険者とすれ違う。



「な、何だ!?」





 その冒険者が来た方角を見ると、森の茂みから、一体の魔物が現れる。

 全長3m以上はある、緑色と赤の巨大な芋虫の魔物。




「こ、こいつは……クローラー……!」




 依頼の用紙と受付嬢の説明にあった、初心者殺しの魔物!






 咄嗟に剣を構えるが、クローラーのタックルの方が速い!



「うっ……ぐ……!」



 何かが砕ける嫌な音がして、俺は吹っ飛ばされる。





「ごほっ、げっほ……!」




 口から塊が逆流したかと思えば、それは大量の赤黒い液体。






「何だ、これ……」






 次の瞬間、襲ってきたのは猛烈な痛み。






「あああああああああああ!!!!」



 よく考えればさっき吐いたの血! それで砕けたのは骨! クソでかい芋虫の攻撃を食らったんだ、無事で済むはずがない!






 死ぬ!







 このままじゃ確実に死ぬ!! 死ぬ!!! 死ぬ!!!!!









 ふっざけんなよ、こんなところで終わってたまるか!!







 でも、どうする?









 考えろ……考えろ……










 駄目だ、視界が霞む、意識が遠のく……












 何か……何か……






「……薬草!」








 渾身の力を振り絞り、鞄から薬草を取り出し、食う!






「お゛え゛っ゛、何だこれクソ苦ぇぞ!」








 だが、効果はあった。



 言葉にするのは難しいが、身体の底から力が湧き上がってくるような感じ、だろうか。








 しかし、それに付随するようにさっきの痛みが濃縮して返ってくる。





「うううああああああああああああ!!!」





 ちっくしょうなんなんだよこれ!!!









 少しして、痛みが引いてきたので身体を触って……触っ……さ……触れない! 手の感覚が麻痺して触れない!








 そうだ、クローラーはどこへ?






 顔を森の方へ向けると、そこにクローラーはいた。しかもこっちに向かってきている!








 不幸中の幸いは、奴の動きが遅い事だ。こっちに来る前に身体が動けばどうにでもできる。





「んぬうぅぅぅぅ……!」







 麻痺が残る身体を気合いで動かし、どうにかこうにか立ち上がり、剣を握って、構える。




 迫り来るクローラー。







 痛み自体は嘘のように消え去っているが、怪我が治ったかどうかまでは分からない。







 戦闘態勢のままじりじりと後ろに下がり、身体が満足に動くのを待つ。







 クローラーのスピードは俺の下がるスピードと同程度なので、追い付かれることはない。








 時折、構えを変え、身体が動くかどうかを確認する。






 木々が揺れ、俺とクローラーの間を風が吹き抜ける。





 平時なら清々しい気分になれそうだが、今の俺には不気味な風に思えた。








 麻痺が治った瞬間、俺はクローラーのすぐ脇に飛び込む。



 逃げた方がいいのは分かってるが、やられっぱなしってのは気に食わないのでな!






「どうせなら一撃入れたらぁぁい!!」








 剣でクローラーの懐を斬り裂き、全力でタックルの有効範囲の外まで逃げる。






 後ろを振り返ると、紫の体液を撒き散らしながらのたうち回るクローラーが見える。気色悪い!




 安全圏まで逃げ、傷の状態を確認。





 タックルを受けたところを触ってみると、ちっとも痛くなく、服の下を覗いてみても傷は見当たらない。


 流石に服は無事じゃないけどな。







 そうこうしているうちにクローラーの方が静かになったので、ゆっくりと近寄ってみる。





 クローラーは息絶えたらしく、動く様子は無い。




「……よし」



 ならば採取といこう。


 何を取ればいいか分からないので取り敢えず魔核だけ頂いて帰る。


 デカいから解体作業はしんどいが、精神的にはゴブリンよりは楽だ。







 それからは、日が暮れるまでゴブリンとドングリもどきを狩り続けた。




 この2体なら反撃を受けても致命傷にはならないし、そもそも動きが単純なので簡単に避けられる。

 ひたすらサーチアンドデストロイだ!



 ……………………





 ………………


 夕方、疲れてクタクタになりながらも、大量の魔核を抱えて酒場に戻ってきた。

 依頼報告と魔核の換金を済ませ、俺は宿屋に戻り、カードの更新をして寝る事にした。



 名前:シンヤ・ハギ   種族:荒野の民

  属性:無  レベル:2 職業:勇者

 体力:8  魔力:0

 筋力:3  敏捷:3

 創造:2  器用:2



 よし、レベルが上がっ……1だけかよ!



 って、あれ?








 ステータス、上がってない?

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