クエスト1 勇者爆誕(南ベルデン地方編)
クエスト1-1 こんにちは異世界
気がついた時には、晴天の空。
俺は洞窟の前にいた。
そこには大量の人だかりがあり、全員がファンタジーにありがちな格好で武装している。
……心なしか戦士が多いような。
コスプレ会場もでなければ、ここは恐らく異世界だろう。
さて、ここで一旦情報整理だ。
雨の中、自転車スリップからの轢き逃げをくらった俺は死亡。真っ暗もどきの空間にとばされ、女神から申し訳程度の加護をもらって異世界に飛ばされた。
ん? この状況……
冷静に考えてみれば……
ウワサの異世界転生ってやつ?
チート能力の付与は拒否されたけどな!
ていうか運命調整できるくらいならチート付けるくらいパパっと出来そうなものだけどな。神の基準ってのはよく分からん。
「よし、次はお前だ!」
「え、俺?」
「後がつっかえてるんだ。早く行ってくれ」
唐突に兵士らしき人物に急かされ、俺は洞窟の中へ入らされる。
中は薄暗いが、少し奥に光が射している場所があった。それほど広い空間ではなく、マンションの一室くらいの大きさだ。
その奥にあるのは、天井付近に開いた穴から光を受けて輝く剣。傍には2人の兵士が立っている。
ああなるほど、そういうことか。
要するにこの剣を抜けた物が勇者だ的なやつだな。折角だから試していくか。
そのまま帰ったら変な目で見られるだろうし。
近づいてみると、兵士が見張ってるその剣は何かが刻まれた台座に刺さっている。刻まれた文字は……読めない。かつての世界のどの字とも違う。
白く輝く、いかにも聖剣って感じのデザインだ。
兵士が早くしろと言わんばかりに見ているので、俺は剣の柄を握り、力を込めて引き抜く。
「ハーッ!」
思った以上に剣はあっさりと抜けてしまった。コケそうになったが、気合いで堪える。
その結果、引き抜いた剣を高々と掲げる構図になってしまった。
しかしこの剣、恐ろしいほどに手に馴染む。しかも軽い。
「おお……」
「勇者だ! この少年こそ勇者だ!」
驚かれたのも束の間、俺はいつの間にか担ぎ上げられ、洞窟を出てそのままどこかに連れられてしまった。
周囲は色々な意味で驚きの視線を俺に送ってくる。何が何だかわからない俺だが、正直驚きとか戸惑いとかを通り越して非常に冷静な気分だ。
そうか、これが悟りってやつか……。
そういや、さっきの女神が言ってたな、運命調整って……
もしかして、これ……?
いやいやいや聖剣一つでただの高校生程度の能力しか無い俺に何が出来るとでも?
攻撃力高くたってすぐに死ぬんじゃ意味無いっての。
通されたのはいわゆる玉座の間と思われる場所。
入り口から玉座まで真っ赤なカーペットが敷かれ、その脇には兵士が等間隔で並んでいる。目の前の階段の上には玉座があり、そこにはこれまた王様と思われるご老人が座っている。
白い髭を蓄え、豪華な王冠と服に身を包んだ、ごく普通の王様。何か妙に小さい気がするが、まあいいか。
どうでも。
「そなたが祠の剣を引き抜いた勇者か」
予想通りな話し方と、予想より少し高い声。
「はい。剣ならここに」
俺はそう言って剣を見せた。
王様はほうと頷き、話し始める。
「おお、確かにこれはかつてこの王国を興した勇者が持っていた剣じゃ。間違いない。そなたは勇者の子孫か、かつての勇者に並ぶ資質を持つのじゃろう。おおそうじゃ、その剣はお主の意思ひとつで剣にも腕輪にもなるぞよ」
マジで?
試しに念じてみるか。勇者の剣よ、戻れ!
グッと握って念じてみると、勇者の剣は光を纏って変形し、純白の腕輪となって右腕に収まった。
こ、こいつはすげぇ……
それはさておき、勇者の子孫であることはあり得ないんだけどね。運命弄ったっぽいし。
運命弄ったということは、本来引き抜ける奴ってどうなるんだろうか。そのうちライバルになったりするのか?
「さて勇者シンヤよ」
「えっ!?」
唐突に名前を呼ばれ、突拍子の無い声が出てしまった。
名乗ってないのに何で俺の名前知ってるんだ!?
「ふふふ、不思議そうな顔じゃな。王様というものは見ただけで名前と強さを知ることができるのじゃ。ちなみにお主のレベルは1じゃ。ダメもとで来た感丸出しじゃが、精進するがよい」
妙に自慢気に言ってるけどこれ思いっきりRPGの世界観じゃねーか! それも昔の年代のやつ!
そんな俺の心中を……知るわけないか。王様は一度座り直し、真面目な顔になって話を始める。
「さて勇者よ。知ってると思うが、2ヶ月前に黒の魔王が1,000年の封印を破って復活しおった。それ以来魔物は増え続けておる上に凶暴化しておる。それに……それに……」
そこまで言うと王様は急に泣き出した。
「我が大事な愛娘がさらわれてしもうたんじゃ! しかも王国軍じゃとても叶わん! そこでわしは姫を救ってくれる勇者を募集した! 勇者の剣が抜けるかどうかは関係ないが、抜ける者がいるならこれほど心強い存在は無い! 勇者シンヤよ! 世界とわしの大事な娘を救っておくれ! 報酬は金でも財宝でもたんまりやろう! 娘が許可すれば結婚も認める! だから頼む! わしの娘を!!!」
王様はいつしか立ち上がり、泣き叫ぶように言い放つ。
要するに誰でもいいから娘を助けて欲しいわけだ。
何でもいいがそのドヤ顔したり泣き叫んだりいちいち感情の落差が激しいのはどうにかならないのか。
それはさておき、この状況。夢にまで見た……は言い過ぎだが、憧れではあった異世界転生。手元には勇者の剣。あの女神が言ってた運命がどうこうってのはこれだろう。
この展開、RPGゲーマーだった俺としては中々心躍る展開だ。ようし、やってやろうじゃねぇか。こっちには勇者の剣があるからな! レベル1なら伸び代はある!!
「分かりました。この勇者シンヤ、世界と王女様を救ってみせましょう」
折角なので少々芝居掛かった言動を取ってみる。
……流石にわざとらしさが過ぎる。何故こんな事をしたんだ俺は。
「おお! なんと頼もしいんじゃ!大臣や!今すぐ軍資金8,000
「王様、資金は4,000Gと言ってませんでしたか?」
「馬鹿者!勇者の剣を引き抜いた本物じゃ!奮発するのは当たり前じゃ!」
「は、はい! 直ちに!」
気に入られたらしい。
しかし資金倍額ってありがたいけど大丈夫かこの王国。
大臣に命令され、急いで王の間を飛び出す兵士を見ながら、俺はそう思ったのだった。
しばらくすると、兵士がタンス並の大きな宝箱を持って戻ってくる。
そんなクソでかい箱で持ってくる必要……ある?
「こちらに8,000Gと地図、マントを用意しました。このマントは、特殊な素材を使い、保温性に優れた代物でございます。旅にお役立てください。まずは城下町の中央付近にある酒場兼ギルド本部へ行き、仲間を集めると良いでしょう。大きな噴水の近くでございます。くれぐれも無理のなさらぬよう……」
大臣の説明を聞きつつ、俺は箱を開けて中身を確認する。
説明通り、資金と地図、マントが入っている。
が、宝箱の大きさが合っておらず、何だか絵面というか見た目がショボく見えてしまう。
「ありがとうございます。では、行って参ります」
資金と道具を受け取り、早速マントを装備して、城を出る。王様と大臣とたくさんの兵士に見送りされ、何だか偉い人間になったようだった。
まずは大臣の言っていた酒場へと向かうか。
眼前に広がるのは、現代日本とは違う様式の家に、様々な髪色の人々。服も違うし、車もバイクも、自転車も無い。
地面も建物もコンクリではなく、地面は石畳……いや違うな、タイル張りか? 建物は木造のものが多い。高さから見ると二階建てが多いようだ。
目を凝らすと、普通の人間の他に、背が高く耳が尖っている者、獣の耳を持った者、顔つきは大人なのに図体の小さい者と、人間とは違う種族もいる。
いわゆるエルフ、獣人、ドワーフといったところか。
これは紛れもなく異世界だ。地球のどこでもない。RPGが好きで一時期どハマりしたことのある俺にとっては、心の躍る光景であった。
もうね、自然と笑みがこぼれちゃう。だってそうだろ。自分の好きな世界が目の前に広がってたら誰だってそうなるだろ? なるよな? な?
とはいえ、何も無いのに笑顔だと変人と思われるので抑えよう。クールになろう。何か思い浮か……
……そういや異世界の割に日本語だな。どうなってんだ?
いや、女神ってやつがどうにかしたのか。異言語で放り出されてたら場合によっては詰んでたかもしれん。感謝感謝。
店を見て回りたい気持ちを一旦抑え、先に酒場へとやってきた。
3、4階建てであり、結構デカい。
大臣によれば、冒険者ギルドを併設してあるんだったな。
冒険者ギルドかぁ。うーん、実にそれらしい。全く最高だな!
中に入ってみると、RPGでよく見る格好の人間が散見される。
筋骨隆々の戦士、セクシーな魔法使い、甘いマスクの剣士……とにかく腕に覚えのありそうな冒険者達が酒や食事、会話を楽しんでいる。
うーん、このオーソドックスなRPG感。俺は好きだよ。王道は何度やっても面白いから王道なんだ。
取り敢えずマスターと思しき女性に声をかける。
「すいませーん」
「何だ小僧。ここはお前のようなクソガキが来るところではない。さっさと帰ってママのミルクでも飲んでるんだな」
俺を出迎えたのは人を何人も殺してそうな超怖い顔にドスの効いた声でめっちゃ威圧してくる女主人でした。
し……死ぬ……殺される……!!
「あっ……あの……その…………勇者なんで……なかま……仲間が欲しくて……」
ちびりそうになりながらも何とか頼み込む。
というかこの歳で失禁とか笑えないぞマジで。そうはいっても怖いんだよこの人。葉巻なんか吸っちゃって雰囲気バリバリじゃないですか。
「ああ……そっちか。勇者には10年程早い気がするが、まあいい。ギルドカードを出せ」
当然のように言われるが、俺はそんなものを持ってないし知らない。なにそれ。
「ギルドカード?」
俺が尋ねると、女主人は呆れたように言う。
「今時の若者の癖に知らんのか。あっちで娘がやってるから作ってもらえ。話はそれからだ」
「あ、はい……」
今時の若者って言われても俺異世界出身なんですけど……
女主人の差した方向へ向かうと、いかにも元気そうな可愛らしい女の子が受付嬢をやっていた。
親子なんだろうが、全く似てねぇ……いや、女主人も昔は可愛かったんだろう。それが度重なる抗争の末……ってことか。環境と時間って残酷だ。
「こんにちは! 冒険者志望の人?」
受付嬢は見た目に違わぬ明るい声で話しかけてくる。
酒場でも人気者だろうな。
それはさておき、勇者も冒険者の管轄でいいのかな?
まあいいか。世界を救う冒険するわけだし。
「ええ、まあ……」
曖昧な回答だったが、受付嬢は気にせず、明るい笑顔で説明を続ける。
「じゃあ冒険者用のギルドカードを作るね! あ、ギルドっていうのは同業者組合のことでね、冒険者用と商人用があるんだ。冒険者ギルドはダンジョンに挑んだり、街の人の悩み事を解決する人々のために依頼を集めたり、魔物から取れた素材を買い取ったりするの。仲間募集もやってるよ」
ファンタジー系統の作品でよくある奴だな。
ゲーマー故の理解のしやすさ。
「何でギルドがあるかと言うと、信頼を得るためなんだって。信頼の無い冒険者はゴロツキと同じだ、ってお母さんがいつも言ってるんだ」
成る程、信頼か。確かに信頼は大事だ。
たとえば、えーと……駄目だ思いつかねぇ。
まあでもどこの馬の骨とも分からん奴に仕事なんか任せたくないのは確かだ。
「ごめん、説明が長くなったね。じゃあギルドカードを作るから、登録料の500Gと名前と性別、種族と年齢を書いてね」
お金を払い、受付嬢に用紙をもらったので目を通す。
が、ここにきて最初の問題が露呈する。
文字が読めない。
何が書いているのか分からない。
しまった、迂闊だった! 会話はできるからいけると思ってたがそんなことは無かった! やべぇ! どうしよう!
俺が対処法を考えていると、受付嬢が声をかけてきた。
「字が書けないなら、私が代わりに書くよ? そういう人も少なくないからね」
「あ、じゃあお願いします」
向こうの提案により今回は事なきを得たが……まずいな、どうにかして字を覚えないとこの先厄介だぞ。
受付嬢に名前と性別、種族と年齢を書いてもらった。
それが終わると一度裏手に行き、直ぐに左上に穴の空いた金属製のプレートと穴と同じサイズの宝石を持って戻ってきた。
「じゃあ次はこの宝石に指で触れてね」
彼女の言われた通りに触ると、黒かった宝石は突如白く発光し、ダイヤモンドのような色へと変貌した。
「へえ、無属性なんだ。珍しいね。あとはこれをはめて、っと……はい、完成!」
受付嬢はプレートに宝石をはめ込み、俺に手渡す。
名刺程度の大きさのそれの一番上にはいくつかの小さな窪みがあり、その下に自分の名前、年齢、種族やらが書いてある。
その下にも何かが書いてあるが、今は読めない。まあ名前とかも辛うじて分かる程度なんだが。
「魔物を倒してレベルが上がったか確認したり、カードの情報を更新したい時は宝石に触れてね。無くした時は1,000Gで再発行できるよ。カードの説明はそんなとこかな。依頼を受ける時はあそこの掲示板にある依頼の紙を持ってきてね。依頼を出す時は私に言ってくれればいいよ」
掲示板の方を見てみると、たくさんの依頼の紙が貼られている。植物紙は普及してるっぽいな。
ん? 依頼? 依頼……閃いた!
「ありがとうございます。早速依頼を出したいのですが……」
「うん、分かった! 依頼を……え、出す方?」
「はい」
受付嬢はきょとんとした顔だった。
まあ普通は受ける方だと思うわな。
「俺に文字を教えて欲しい、という依頼なのですが……報酬っていくらくらい出せばいいんでしょう?」
「特に決まりはないけど……それだと1,000Gくらいが相場じゃないかな。そういう依頼を出す人はあまりいないから自信無いけど……」
「じゃあ2,000Gでお願いします。ある種の緊急事態なので」
相場の倍額出せば流石に食いつくだろう。
「分かった。じゃあ依頼出しておくね。待ち合わせ場所はここでいい?」
「はい、お願いします」
それからいくつかの説明を受け、俺は依頼を出し終えた。
待ってる間、適当な席に座って人間観察を始める。
結構凄腕っぽい冒険者から見ただけでチンピラに毛が生えた程度だと分かる冒険者。パーティを組んでる冒険者やソロでやってる冒険者。ひとえに冒険者といっても、その種類は様々なようだ。
「君が、文字を教えて欲しいと依頼を出していた人かな?」
おっと、人間観察に没頭しすぎたか。
「あ、はい」
「初めまして。依頼を担当する冒険者のウルツだ。よろしく頼むよ」
やって来たのは朱色の髪に空色の目、右目には眼帯をし、額の右半分から右の頬あたりにかけて大きな火傷の痕のある、騎士のような青年。
見た目はアウトローっぽいが、纏う雰囲気は高潔なものを感じる。顔の傷が無ければまさしく王子様、といった風貌だ。
装備もかなりお金がかかってそうなところを見ると、結構なやり手である事は間違いないだろう。
「どうも。シンヤといいます。よろしく」
「敬語は使わないでくれ。恥ずかしながら、あまりそういうのは得意ではないんだ」
ウルツと名乗る青年は気恥ずかしそうに答える。
敬語バリバリかと思ってたからちょっと意外。
「そうか。じゃあそうするよ。よろしくな」
「ああ、よろしく。ここでは騒がしいから、場所を移そう。いいかな?」
「分かった」
俺達は酒場から出てすぐの噴水広場にて、青空教室を始めることとなった。
ウルツは紙に文字を書くと、その文字について説明してくれた。
「文字は基本的に左側と右側の組み合わせ次第なんだ。これとこれを組み合わせると、『あ』になるんだ」
ウルツの説明では、この世界の文字は特定の記号同士を組み合わせることで成り立つ。要するにローマ字だな。これならすぐ覚えられそうだ。
「こうか?」
「そうそう! 飲み込みが速いんだな、勉強嫌いな身としては羨ましいよ。次は…」
(シンヤ、文字習得中……)
そんな感じで基本となる文字を一通り教えていってもらい、イザという時の文字表も作ってもらった。
親切が身に染みる……ありがてぇ、ありがてぇ……
「ありがとう、助かったぜ。これ、報酬の2,000G」
「どういたしまして。役に立てて何よりだ。冒険者は大変だと思うけど、お互い頑張ろう」
「ああ」
「では、紙のここに触れてくれ。依頼完遂の証だ」
ウルツの言われた通りに紙に触れると、その部分が一瞬光り、スタンプのように指紋が残った。
すげぇな。朱肉要らずか。
「ありがとう。君の幸運を祈っているよ」
ウルツを見送り、俺はギルドカードを取り出し、文字表と照らし合わせてみる。
名前:シンヤ・ハギ 種族:荒野の民
属性:無 レベル:1 職業:勇者
体力:8 魔力:0
筋力:3 敏捷:3
創造:2 器用:2
あらゲームチックで分かりやすい。荒野の民というのはこの世界における人間の事のようだ。
ただこの数値、冒険者のレベル1として大分低いらしいです。
大丈夫なんだろうな……?
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