街は、生きている
少し目を離していただけで、街は姿を変えていく。
いつも歩いている道だとしても、軒を見ると見慣れない店ができているなんてしょっちゅうだ。
入れ替わり立ち替わりが激しくて、つい先日まであった建物のことがまるで様変わりして思い出せない。
「なあ、ここってこんな洒落た飯屋じゃなかったよな」
「そうでしたね。そもそも前は、雑貨屋さんじゃなかったでしたっけ?」
「よく覚えているじゃねえか、友海奈」
「えへへ。まあ、この通りはいつも散歩してますからねえ」
隣を歩む友海奈は、ぱっと笑顔を咲かせて応える。
「一通り、この辺りは案内できますよ? 私が案内してあげましょうか?」
「いや、そいつぁいいよ。ぶっちゃけ、興味ねえ」
「えー、もったいないですねえ。意外と面白いものですよ、セイマさん?」
上目遣いに、俺の顔を覗いてくる。
ほんの少しだけどきりとする。急にくりくりとして丸っこい瞳を向けられたら、余計に。
友海奈と話すようになってわかったことだが、俺はどうやらこういう仕草には弱いらしい。
平気で境界線を跨いで人懐っこく迫られると、どうしていいのかわからない。
今まで懐いてきたのは捨て犬ばっかりだったから、異性に──それも随分年下で年頃の女の子にされると。
しょうがなくて、俺は少し目を逸らして視線を流すことで精一杯だった。
「どうかしたんですか? なんかちょっと変な顔していましたけど」
「なんでもねえ、っての」
ガシガシと頭を掻いて、ぶっきらぼうに誤魔化すことしか結局できなかった。
多分、今振り返るとまたあのくりくりした瞳が見つめてくるんだと考えたら、少し振り向けなかった。
「むう……折角いろんなところにセイマさんと行けると思ったのになあ」
少し気落ちしたように呟く友海奈をよそに、俺は街並みへと視線を投げていた。
また、見知らぬ店に出くわす。
トンカントンカンと、向こうじゃ大掛かりな工事まで行っていた。
そこまでして、街は姿を変えていきたいとでもいうのだろうか。
「なんつうか、あんまり気軽に店が変わったり新しい建物が建ったりすると、もう頭の中ン地図が追いつかなくなってくるな」
興味がない、とは言ったが自分が見知っていたものがどんどん変わっていく姿を見ていると、隙間風が荒ぶような気分になる。
どれも俺が知らないうちに進んでいくものだから、なんだか置いてきぼりにさせられているようだった。
「でもこう、私はなんだか、生きているなあって感じがしますけどね」
俺と同じ方向に目を向けて、友海奈は言った。
「生きている?」
「そうです。ほら、人間って生きている以上変わらざるを得ないじゃないですか。街も、おんなじだなあって」
「……街も生きている、って言いたいのかよ」
「はい」
友海奈は、小さな首でこくんと頷いた。
「時がうつろうたび、人が入れ替わり立ち替わるたび、街は合わせて姿を変える。ほら、賭博試合だって戦う相手によってしっかり準備して、体を作り変えてくる人がいるでしょ?」
「そのなりで吐く例えじゃないな」
「変なツッコミはいらないですーっ」
可愛らしい顔がぶすーっと頬を膨らます。少し意地悪だったかもしれない。
でも、友海奈が言うことはなんとなく理解ができそうだった。
「街も俺たちに合わせて姿を変えている──俺たちって存在が血肉となって生きているってえわけか」
「そゆことです! それに、人がいなくなったら、街ってどうしても廃れるだけだと思いますし……むしろ変わり続けるのはいいことなんじゃないのかなあ、って」
「そいつあそいつで、やっぱり寂しいことだと思うけど」
「そこもやっぱり、人と同じですよ。私のお父さんも、時々寂しそうに私が赤ちゃんだった頃を思い出してますもん。やっぱ、変わるってことは寂しくなってしまうものだと思いますよ」
「そんでも生きている以上、どう足掻いても街だろうが人だろうが変わらざるを得ないってわけか」
「ええ」
友海奈が、一歩踏み出して俺の前に立ってくる。
さっきのあざとい眼差しとは違った、真剣さを宿した瞳がこちらを向いた。
「だから、セイマさん。私は貴方をずっと見ていきますからね。賭博試合で貴方の戦う姿、必死に生きている姿、全部全部見逃さないです」
まるで、挑戦者のような不敵な笑みをたたえていた。
体が弱くって、どう足掻いても全力で生きようとするのが難しくって、いろんなハンデを背負わされながら、友海奈は一流の笑みを浮かべていた。
そんな奴に堂々と応えないだなんて、男じゃあねえよな。
「いいさ。でも、俺がどう変わっても文句なんざ言うなよ。それが、俺って男だからな」
「もちろんです。むしろ、楽しみにしてますからっ」
にへら、と友海奈は白い歯を見せた。
変わる──正直に言って、自分がどう変わっていくのか見当なんてつかない。
俺はどんな相手だって、どんな障壁にだって、真正面から堂々とぶつかっていくだけだ。
結果なんざ、知る由もない。
ただまあ、その背中を見てくれる誰かがいるってのは、考えてみると意外と悪くないかもしれない。
気が引き締まって、拳を握る力も強くなりそうだったから。
友海奈はまた無邪気な顔をして、隣を歩いている。
そういえば、この街を案内してくれるとか、さっき言っていたっけ。
街が生きているだなんて話を聞いたら意外と面白くなっていて、付き合ってもみてもいいかもしれない。
そう思ってしまう俺がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます