三十二話 決着

  確かに斬ったはずだった。正面に捉え、立ち椿で斬り込んだ。しかし、徐福にいつの間にか背後を取られ、強烈な一撃を叩き込まれた。

 一瞬、ブラックアウトする。

 分厚い壁を何枚も抜き、吹き飛ばされる。

 完全に不意を突かれた。あれはまるで瞬間移動だ。

 僕の縮地は、移動の過程を呪力で代替し『移動した』という結果のみを抽出する呪術だ。したがって、現在地から移動先の間に妨げるものが無い、というのが発動条件になる。

 しかし、奴が背後に回り込んだ方法は、もっと別の原理によるものだと感じた。

「そうだ、一ついいことを教えてやろう」

 徐福は悠然とこちらに歩み寄ってくる。油断しているようで隙がない。

「私は大陸むこうで方士をやっていてね。本業は呪術ではなく道術なのさ」

 奴は人差し指の先に紫紺の呪力を宿し、何かをくうに描いた。

 身の毛が逆立つ錯覚。

 反射的に飛び退く。

 直後、周り中のコンクリが変質し、巨大な棘が突き立った。

 あと少し遅れていたら串刺しだった。

 無数の呪力弾が空を切り裂き飛び来る。

 無理やり身体をよじり、叩き斬る。

 同時に足元に紫に光る円陣が開く。それも斬る。

 術式を斬り、陣を斬り、結界を斬り、襲い来るすべてを斬る。

 だが、こちらが攻勢に出られる隙など微塵も見当たらなかった。

「クソッ……!」

 必死に思案していると、突然あたりが、一際眩しい光に包まれた。

 瓦礫の間から、空を焼く黄金色の光帯が垣間見える。

「委員長……」

 確かな根拠はない。しかし、委員長のものだと確信を持って言い切れた。

 同時に、彼女が勝ったことも。

 なぜなら、彼女は強いから。


 そう、彼女は強い。襲い来る理不尽を切り伏せて進まんとする強さを持っている。

 彼女は僕のことを『正反対』と言った。

 まったくその通りだ。

 僕は、自分が呪術師にされたことを受け入れてしまっていた。記憶を失ったときも、一年もの間何も思わなかった。

 僕は、どこまでも受け入れてしまう。


 ならば、なぜ僕は一年も経ってから記憶を取り戻したいと思ったのか。

 なぜ刀を取り戦うのか。


 それは、言うなれば憧憬なのだろう。

 何もない僕は、力強く進もうとする委員長に憧れた。

  言葉を失い、目がくらみ、自覚できないほど憧れた。

 呪力の量は、想いの丈。何の想いも抱かぬ者が、立ち椿を振るい一騎打ちなど、できるはずもない。概念の切断などという高度な術式、動かすだけで大量の呪力が要る。

 だからこそ、両親は僕に他でもない、縮地を教えたのだろう。一瞬で間合いを詰め、一撃で決着をつけるために。僅かな呪力でも使い物になるように。

 しかし、僕は今、立ち椿を振るい戦っている。

 抱いた想いは憧れ。


 だが、いくら憧れたとて、受け入れてしまうあり方は変わらない。僕と彼女は正反対。

 ならば、そのままでいい。

 彼女が斬り伏せて進む強さなら、僕は受け入れてなお進む強さを手に入れよう。


 僕の刃は、奴には届かない。ならば、

 日の出まで残り三時間。


 グッと腰を落とし、守りの構えに入る。


 刹那、宙に開いた円陣から炎が噴き出す。

 よけた先に、無数の呪槍が飛んでくる。

 すべて弾いた直後、頭上から巨大な瓦礫が落ちてくる。

 柄を突き出し砕くと、奴が直接斬り込んでくる。


 死に物狂いで凌ぎ続けた。少しでも失敗したら死に直結する。


 崩れ去った瓦礫の山に日が差したときのことは、一生忘れないだろう。

 圧倒的な熱量と力強い光が、辺りを丸ごと包み込む。

 サアッと一陣の風が吹き抜けていく。


 左肩が外れ、額が割れ、ところどころ骨折していた。文字通りの満身創痍。

 一方の奴は、服が軽くよごれているだけだった。


 奴は朝日を背負しょって立っていた。長い影が僕の足元まで伸びている。


 僕は脱力する。腕がだらりと垂れ、切っ先が地面にコツンとあたる。


 物があるから影ができる。これが真なら、影がないから物がない、もまた真。

 僕は地面――否、影に当てた切っ先に力を込める。

「何を……」

 奴は何か勘づいたのか、問いかけてくる。

「僕の――勝ちだ」

 息も絶え絶えに告げる。

 今ある物を使い、今できることで勝つ。

 僕は刀を真一文字に引き、

 真っ二つになった影は、ゆらりと揺れて散った

 そして、因果の調整が入る。

 奴は、音もなく掻き消えた。

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