エピローグ

エピローグ

「私はこの扇子に呪力を通せばいいのね?」

 委員長は,白羽さんの黒い扇子をひらひらとかざす。

 徐福の襲撃から早二日、僕らは家の庭に集まっていた。少し離れた場所で鹿島さんがこちらをうかがっている。

 晩春の早朝。暖かな風は新緑のにおいが溶け込んでいる。空は鮮やかな群青色に染まっていた。

 委員長の持つ扇子から、ゆっくりと結界が広がっていく。

 僕の眼前には、白羽さんが佇んでいる。そっと両目をつむり、口を固く結んでいる。

 僕はおもむろに刀を抜き、上段に構える。


 連合に従うのなら、白羽さんを殺さねばならない。

 しかし、僕は彼女を殺すことはできない。

 ならば、彼女を

 白羽さんの扇子の結界は、使用者の呪力量に応じてダメージを無効化する。

 したがって、結界の中で白羽さんが背負い込んでいる『屍』という概念を斬ってしまえば、白羽さんが屍でなくなっても、斬られて死ぬことはない。


「……いくよ」

 なるべく優しく聞こえるように声をかける。

 彼女は、無言でこくりとうなずいた。

 立ち椿をゆっくりと大上段にかかげ、袈裟懸けに振り下ろした。





 いつもの玄関先。あれだけ立派だと思ってた門も、見慣れてしまえば大したことはない。だが、今日は一段と小さく見えた。

「二人とも本当に行っちゃうのかー……」

 委員長は少し寂しげにつぶやいた。

「ああ。もとから東京の大学に行くつもりだったからね」

 僕は慣れないスーツケースをころころと前後に転がす。

「わたしはユウくんと添い遂げるつもりですし」

 白羽さん――もとい、雪絵さんは、相変わらずにこにこしている。

「ま、この家は私に任せて、二人は新生活を楽しんできなさいな。はめを外して戻ってくることにならないといいけどね」

 ニヤッと笑う。

「ところで、委員長は実家に戻らないの?」

 雪絵さんは露骨に話題を変える。このテの話題が苦手なのだ。

「私は当分もどらないかなー……いつか胸を張って会いに行けるようになったとき、かな」

 少しだけ寂しそうな顔をする。

「ごめんごめん、暗くならないで。せっかくの旅立ちなんだから。私のせいなんだけどさ。そうそう、東京には悪い呪術師なんかもいるらしいから気を付けてよ。白羽さんは屍じゃないんだし、ユウくんが守ってあげてよね」

 彼女は滔々と語る。気丈に振舞っているが、委員長も寂しいのかもしれない。

「……そろそろ時間です」

 白羽さんがスマホを見ながら告げる。

「そう――じゃ、またね」

 委員長は、小さく手を振る。

「ああ。また。いつか」

 僕も振り返す。

「いずれ、また」

 雪絵さんも振る。


 僕らふたりは、駅へ向かって歩き出した。


 二回目の春の風が、ふいていた。

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