三十一話 委員長の決意

 重々しい金属音が響く。

 穂先でいなした金棒が、建物を砕いていく。

「本当に時間稼ぎなのねェ。ただ守るだけなんて、悔しくないのォ?」

 黙って飛び下がり、懐に忍ばせた小型ナイフを三本投げる。

 小うるさい、とでも言いたげに払うと、一気に突っ込んできた。


 ガキン


 柄がかち合い、衝撃波が崩れかけの壁を吹き飛ばす。

「往生際が……悪いねェ……」

 ギリギリと鍔迫り合いが続く。

 私は上半身を思い切りねじり、金棒を弾く。

 そのまま踏み込み、ナイフを突き立てようと試みる。

 が、彼女はナイフを左手で弾き、そのまま顔面に拳がめり込む。崩れた腹部に渾身の蹴りを叩き込まれ、吹き飛ぶ。

 兵舎の分厚い壁をぶち抜き、地面に転がる。

「ッ……!」

 身体のあちこちが悲鳴を上げる。


『方法はある』

 輸送ヘリの中での、鹿島さんの言葉が頭をよぎる。

 ぶん投げられた瓦礫を薙刀で砕く。

 準備はある。舞台も整っている。問題は呪力量だ。

『それほどの激情を抱えていては、理性を保てない』

 とうの昔に理性など失っていたのかもしれない。これほどの憎しみと後悔を抱えながら生きるなど、無理なのかもしれない。


 私の内に渦巻く呪力の量は、あまりに膨大だった。それこそ、死人化しかねないほどに。それを押し込め、気づかぬように、悟られぬよにと振舞ってきた。

 だが、押し付けられた運命を生きるほど屈辱的なことはなかった。家族の死も、自分が弱いという事実も、御しきれぬ呪力も、切り伏せて進みたい。


 私はあの日、強くなると誓ったのだから。



「隠匿――解除」

 瓦礫に寄りかかりながら、息も絶え絶えに詠唱する。

 さきほど放ったナイフたちが薄く光り、地面にいびつな方陣を描く。

 中心には、屍。

「これは……?」

 見慣れない方陣の出現に、戸惑いながら足元を見回す。

「回路――接続。呪力充填」

 にわかに輝きだす。

「まさか……貴様ァ!」

 奴は酷い形相でこちらを振り向く。しかし、もう遅かった。

 私は、必殺の一言を告げる。

「放出術式、起動」


 刹那、黄金色こがねいろにきらめく呪力の光帯が、方陣から放たれた。

 天井は蒸発し、あたりの瓦礫はたちまちただれ、黄金の大樹は轟音と共に空を焼く。


 呪力の量は、想いのたけ


 莫大な呪力はすべてを焼き払う。

 奴は断末魔すら残さずに焼き払われる。

 光帯はものの三十秒程度で勢いを失い、やがて消滅した。


 文字通り、何もかもが消し飛んでいた。

 膨大な呪力に曝された屍は、痕跡すら残っていない。

 無茶苦茶な呪力を放出した小型ナイフは、ひしゃげてしまった。


 初めて、自力で掴んだ勝利だった。


 床に薙刀を突き立て、体重をかけて立ち上がる。

 足元が不確かだ。身体に力が入らない。節々がやけに痛む。


 私は強くならねばならない。殺された両親と妹のために。

 それなのに、なぜか涙が頬を濡らしてやまない。


 ――今だけは。今だけは、少しくらい泣いても許されるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る