二十六話
「カラオケ?」
それは終学活後のできごと。仁山君の予想だにしない言葉に、無意味な反復をしてしまった。
「そうそう、カラオケ。何人か知り合いが来るんだけど、お前もどうかと思ってさ」
「はぁ・・・・・・」
お誘いは非常にありがたい。が、あいにく僕はポップカルチャーと言うやつに酷く疎かった。というか、隔離されていた。
「でさ、頼みがあんだけど・・・・・・」
彼は少し言いよどみ、思い切ったように告げた。
「戸部さんも誘ってきて欲しいんだ」
ここまでハッキリ言われれば、流石に僕でも分かった。委員長が目的で、僕はおまけであることくらい。
「まぁいいけど・・・・・・委員長、行事の準備で忙しいみたいだからなぁ。来られるかどうか」
「そこをなんとかさ、今度なんか驕るから」
あいにく、僕はお金には困ってない。なにしろ、連合から毎月の給付金と八百比丘尼討伐の報償が支給されている。世間から見て『無趣味』に分類される僕にとって、持て余すほどの大金だ。通帳の数字の桁がやたら増えていくのがなんだか
今から思えば、幼年時代は意図的に娯楽から切り離されていた。無趣味もその名残だろう。
とはいえ、だ。情けは人の為ならず、僕自身はどうせ暇な身だ。頼むだけ頼んでみよう。
僕は彼に向けて、無言で頷いた。
「で、明日の十時に駅前の広場集合だってさ」
ゲームに熱中する委員長に一通りの説明をした。
生返事はいつものことなので気にしない。聞いてないように思えて、案外聞いてるのだ。
「なんで私が合コンなんかに付き合わなきゃいけないのよ」
「ん?合コン?何それ」
僕が聞くと同時に、委員長の操作するキャラクターが画面外に吹き飛ばされた。派手なエフェクトと共に、でかでかと『GAME SET』と表示される。
委員長はコントローラーを置き、こちらに向き直った。
「合コンってのは、お互いに恋愛したい男女が集まって、自分に相応しい相手を見つける会合のことよ」
「委員長は恋愛したいの?」
「願い下げよ」
わざとらしくため息をつく。
「呪術師は、常に危険がつきまとう。一度踏み込んだら易々と抜けられる訳じゃ無い。合コンに来るような軽い男についてこられるわけがないでしょう」
呪術師は、日常的に武装している。何の疑問も持ったことは無かったが、日本では武装など一度もせずに人生を終えるのが普通なのだ。
というか、合コンに来る男は軽いのか。仁山くんも委員長に言わせれば軽い男なのだろう。
「けど、恩を売っときゃ後で役に立つかもよ」
適当な事を言って食い下がってみたものの、既に諦めていた。ダメで元々、仕方ない。そう自分を慰めていたとき。
「わかったわよ、そこまで言うんなら付き合ってあげる。二瀬くんも立場があるもんね」
唐突な承諾に、少し戸惑う。
「ああ、それはありがたい。なんか悪いな」
「これで貸し1個チャラね」
「貸し?何のことさ。よく分からないけど、ありがとな」
「・・・・・・そういう人間だったわね、二瀬くんは。じゃ、おやすみ」
彼女はテレビの電源を落とすと、居間を出ていった。
「一般人と呪術師ね・・・・・・」
呪術師は、怪異を相手取る命がけの仕事だ。
死人も屍も、元は人だ。それも、『生きたい』と強く願ったが故に怪異となった。
僕らは、そんな彼らを殺している。誰よりも生きたいと願った彼らを、危害を加えるから、と言って殺している。
一般人として生活しながら呪術師になった彼女には、隔離されていた僕には想像出来ない葛藤と覚悟があるのかも知れない。
なんだか、やけに冷え込む夜だ。
僕はホットミルクでも入れようと、台所へ向かった。
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