二十五話
翌日に会室へ行くと、だれもいなかった。酷くがらんとしていて物寂しい。
実際は大量も本や文具、委員長が買ってきたお菓子などが置いてある。ただ、誰もいないというだけで、何かが欠けているような気がしてならない。以前はそんなこと、考えもしなかったが。
昨日の大掃除で、初めてこの部屋に来たときより綺麗になっていた。
大した時間も経っていないのに、なんだか恐ろしく昔のことのようだ。
ふと机の上を見ると、折りたたまれた紙切れが置いてある。シャーペンを重しにしてある。
『二瀬君へ。
鹿島さんが話したいことがあるそうです。例の拠点のマンションに午後六時に来い、との事です。
それと、私は行事の準備で忙しくなるので、しばらく会室には顔を出しません。家事の方は料理当番だけ代わって下さい。お願いします。
戸部より
PS.小型ナイフの投げ方とか知ってたら一声掛けて下さい。』
「小型ナイフねぇ」
何か新しい呪術でも構想しているのだろうか。あいにく、僕は刀以外の得物はとんと扱えない。
ちゃっかり家事を押し付けてくあたり、抜け目無いんだか、だらしないんだかよくわからない。
壁時計は午後四時半を指している。
駅前ビルまでは三十分もあれば行けるので、かなり余裕があった。
窓を開けて空を見ると、春特有の重い雲が立ちこめていた。空気は生温かく、ジメジメとまとわりついてくる。
校庭では、サッカー部がグラウンドにコーンを並べていた。
僕は、家に傘を取りに戻ることにした。
「来たか」
僕がリビングへ上がると、鹿島さんはたばこを灰皿に押し付けた。
「で、何の用です?新しい屍ですか?」
「ま、そんなとこだ。取り敢えず座れよ」
向かいのソファに目配せする。
僕は促されるままに座った。
「さて・・・・・・今、日本で確認されている屍は残り二体だ。一体は当然、雪姫。もう一人は、名を『
『一体』という数え方に嫌な違和感を覚えた。しかし、波風立てるような事でも無いので、特に追求はしないことにした。
「聞いたことはあります。始皇帝に不死薬の探索を命じられて東方へ旅立った文官、でしたっけ」
「正しくは文官じゃなくて方士だがな。ともかく、不老不死の薬を求めて東へ旅立った徐福は、古代日本で盛んだった死者を使った呪術に目をつけた。本来、偶発的に発生する死人を意図的に作り出す呪術を編み出し、自らを死人に変えた」
「でも、呪術師なら死人は殺せる」
「その通り」
彼は立ち上がり、台所に立つと棚からコーヒーカップを二つ取り出した。
「彼はより完全な不老不死を求め、屍に注目した。お前は以前、中学生くらいの屍を斬ったそうだな?」
彼はカップにコーヒーを注ぎ、テーブルまで運んできた。
「ええ、やけに腕の立つ大刀使いでした」
「おそらく、そいつが実験の成功例の一人なんだろう。で、満を持して自らを屍へ昇華させた。我々の武具庫を襲って武具を破壊したのも、このための布石だったんだろう」
僕はコーヒーに軽く口をつける。ジャンキーな苦みが口の中に広がる。思わずそのままカップを置いた。
「僕の持つ立ち椿を破壊すれば屍を殺せる武具は消え、不老不死は完全なものとなる」
「ああ。で、部下から報告が入ってな。『今こそ真人の立ち上がるとき。呪術士を殺し、人を支配せん』とか言って、各地の死人を集めているんだとか。近々、大規模な侵攻があると覚悟しておいたほうがいい」
ふう、と一つため息をつく。
彼女は――白羽さんは、きっと予想していただろう。こうなることを。
何百、いや、何千という死人が、日本中から僕と立ち椿に殺到してくると知っていたからこそ、記憶を封じ込め、牙を抜き、平穏を偽ったのだろう。
「で、話ってそれだけじゃないですよね?」
真っ直ぐに彼の瞳を覗き込む。
こんな話なら、白羽さんや委員長もまとめて呼んだほうが効率が良い。わざわざ個別に呼び出したからには、それなりの理由があって然るべきだ。
「・・・・・・そうだな、単刀直入に言おう。徐福を殺した後、雪姫も殺せ。これは連合としての命令だ」
彼は一息に言い終え、黙り込んだ。
その言葉には、有無を言わさぬ気迫があった。
彼は手近にあった鞄から、和綴じの本を数冊と薄い紙束を取り出し、テーブルに放り出した。
「そっちの本は、ここ百年以内に死人、あるいは屍に殺された人間のリストだ。で、そのプリントは雪姫に殺された奴を抜粋したリスト。偶然出会って殺された者、仇討ちに向かって返り討ちに遭った者。状況は様々だが、皆躊躇無く殺されている。お前が死んだあと、彼女が以前のように
「・・・・・・もし、拒否したら?」
「徐福を殺すまでは、我々も全面的に協力しよう。だが、その後は保証の限りではないな。背任行為なのだから」
しばし訪れる沈黙。
どこか遠くから、ほんの僅かに雨音がする。
「いますぐに答えを出せとは言わない。ただ、よく考えるんだな。その刀を受け継ぎ、死んでいったキミの一族の悲願は、いったい何だったのか」
彼は、帰るように目で促していた。
その瞳は何の感情も宿さない、仕事人のそれだった。
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