二十四話
朝。
暖かな春の朝日が道場の小窓から漏れている。
立ち椿を納め、首から掛けたタオルで汗を拭う。
少し離れたところで、委員長が薙刀の型稽古をしている。
ピッ、と空気を切り裂く鋭い音。鮮やかなキレのある動きだ。並々ならぬ努力を積み重ねてきたことが窺い知れる。
「二人とも、
白羽さんが入り口からひょっこりと顔を出している。
「今日の献立は何?」
委員長は薙刀を立てかけながら聞いた。
「今日はふれんちとーすとですよ。前にユウくんが食べたいと言ってましたので」
「お、ありがとな」
憶えていてくれたのか、と少し嬉しくなる。
「いえいえ、これくらい当たり前ですよ」
彼女はそう言いつつ、満面の笑みを浮かべていた。
「それより、今日から学校ですよ。いつもより早く支度しなくては」
小走りに台所へと戻っていく。
僕も後を追って道場を出た。
久々の学校は、なんだかひどく
皆は無意識に声を潜めて話している。得も言われぬ不安が、教室を緩やかに包んでいる。
互いに今まで通り振る舞おうと努めているが、どこかヘンによそよそしかった。
なにしろ、全校生徒が一瞬にして意識を奪われたのだ。おまけに、大規模な捜査が入ったにもかかわらず、警察は犯人の痕跡すら掴めなかった。不安に駆られても仕方ないだろう。
「よ、おひさ」
僕が席に着くと、前の席に座っていた男子が声を掛けてきた。
「うん、久しぶり。二ヶ月くらい休校だったし、ホントに久々だね」
笑顔で応じながら、名前を思い出そうと苦闘する。『に』から始まったようなきがするんだよな。
「いやぁ、実は休みの間もクラスの奴らと集まったりしてたんだけどな・・・・・・お前、スマホ持ってないから連絡の取りようが無いんだもの」
えーと、確か
クラスメートの名前すらあやふやな自分に若干失望しつつ、名前を呼ばずに済むように心の中で祈った。
「なるほどね。そいや終業式とか始業式ってどうすんだろうね。通知表は郵送されてきたけどさ」
「あー、無いらしいよ。今年はクラス替えもなしだって。安全確保の為とかで行事も一部カット。つまんねーよな」
正直、僕は行事などどうでも良かったので、曖昧に笑ってやり過ごすことにした。
彼らを巻き込んでしまった僕達の責任でもあるので、申し訳ないとは思っている。しかし、それとこれは別問題だ。
仁山くんは、でさ、と言うと突然、勢いよく身を乗り出してきた。
反射的に少し体を引く。
「二瀬って委員長と付き合っているってマジ?」
一瞬、二人の間に張り詰めた沈黙が訪れる。
「へ?」
あまりに予想外の言葉。頭が追いつかず、変な声が出てしまった。
「いやな、お前と委員長が一緒に歩いてるとこを見たってやつが何人かいるんだよ」
「あー・・・・・・うん、なるほどね」
なんとなく事情は察しがついた。
確かに、何度か彼女の買い物に付き合わされた事がある。誤解されても仕方ないかもしれない。
「でさ、実のところ付き合ってんの?ないの?白羽さんには黙ってるからさ」
思いのほか圧が強い。妙に真剣な様子に、思わずたじろいでしまう。
「いやいや、委員長とはなんにもないよ」
努めて冷静に答える。
確かに一緒に暮らしてはいるが、彼女とは本当に何も無かった。たまに雑用に使われるくらいだ。
「ふーん・・・・・・ま、いいや」
彼はそこで話題を切り上げ、今日の1限の話を始めた。
しかし、僕はちっとも聞いてなかった。仁山クンからすれば、さぞかしイライラする生返事をしていただろう。
白羽さんは物凄く容姿が整っているが、委員長も負けず劣らず美人だ。親しくしていると、当然のように妬まれる。
白羽さんは僕と付き合っていると公言していた(僕はOKしてないのに!)から陰湿な扱いは受けずに済んだが、この状況で委員長との噂が立つのがマズいことは、流石の僕でも分かった。
「噂が立ってる?私と二瀬君で?」
昼休み。懐かしの会室に三人で集まり、
彼女はほうきを抱えて笑い出した。
「そんなわけないじゃない。二瀬クンと雪姫で相思相愛なのに、私が割込む隙なんてないわよ」
しかし、圧倒的な気配に彼女の笑顔は固まった。
「ええ、浮気など許されませんもの。ですよね、ユウくん?」
にこやかに問いかけてくる白羽さんは、ただならぬ気配を纏っていた。
「あ、当たり前だろ。取り敢えずその漏れ出ているオーラをどうにかしてくれ」
「あら、すみなせん」
ふっ、と消える。あれは何だったのか気になるが、聞かないほうが良い気がした。
「ま、人の噂もなんとやら、って言うしね。ほっとけばそのうち収まるでしょ」
委員長は軽く言った。
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