幕間 茶番
「あー、ダメだこれ」
私はコントローラーを放り投げて畳に寝転がる。青臭い匂いが鼻腔をくすぐる。今日はなぜだか負けが込んでいた。
「委員長ー、白羽さん知らない?洗濯のために預けた僕のシャツが見当たらなくって」
二瀬くんが襖を開け、居間に入ってくる。
「たしか朝早く出かけて行ったよ。駅前にオープンしたプリン屋に行くって言ってた」
彼女はああ見えて大の甘党だ。やはり、どの時代の女子も、甘いモノに乙女心をくすぐられるのだろう。かく言う私も、甘いものは大歓迎だ。
「委員長、またゲームやってんだね」
彼は座卓の前に座り込み、文庫本を開く。
「別にいいじゃない。課題はとっくに終わらせたし、八百比丘尼の報告書も上げたもん。息抜きよ、息抜き」
学校は、死人一行の襲撃以来、ずっと休校になっていた。表向きは原因究明と安全確保が充分に為されていないため、となっている。
が、
数百人の生徒と教員が、一度に意識を失ったのだ。破壊された校舎は私たちが直したが、全員の記憶改竄には無理があった。仕方なし、と諦めるしかないよね、うん。
自分を無理やり納得させて再びコントローラーを手に取ったとき、玄関の引き戸をガラガラと開ける音が響いた。
「ただいまー」
そう言って居間に入ってきた白羽雪絵は、ちんまりとして小洒落た紙袋を一つ、大事そうに抱えていた。
私はプリンが三つ、紙袋から出てくるのを期待して眺めていた。
しかし、座卓に置かれたプリンは一つだけだった。
「売り切れギリギリでして・・・・・・最後の一個だったんです」
瞬間、三人の間に緊張が走る。
高級菓子の常として、一個あたりの量が非常に少ない、というのがある。
このプリンもご多分に漏れず、仲良く分けっこ、などという甘い考えは通用しない量だ。
「ここは一つ、平等にじゃんけんでいかがでしょうか」
白羽さんは露骨に探るような目つきをしながら提案する。
「僕はいいよ」
「・・・・・・私も異論なし」
三人とも、そっと片手を差し出す。
「では。じゃーんけーん――――」
刹那、私は身体強化呪術を発動する。
身体強化は、筋力や耐久の他にも、反応速度や認知能力も強化される。
つまり、私は二人の動きがスローモーションに見える。何を出すのか見てから出せば良いのだ。
卑怯の
二人はパーを出そうとしている。ならば、とチョキを出そうと指を立て――――
られなかった。
私の握り拳は、何か強い力に押さえつけられている。開かない私の手がグーを出すのを、無情にもスローモーションで見せつけられる。
結果、二人はパー、私はグー。
白羽雪絵は、勝ち誇った表情でこちらを見ている。おそらく、コイツが念動力系の呪術で私の拳を固めたのだろう。
「わたし、やっぱいらないや。ユウ君、貰って良いですよ」
「お、そうか。ありがとな」
そう言って、邪気のない、満面の笑みでプリンを受け取った。
「いえいえ~」
奴は頬に手を当て、嬉しそうに顔を紅く染める。
眼前の茶番に、思わず舌打ちしそうになる。
おそらく、最初から自分が勝って二瀬くんに譲る気だったに違いない。つまり、あのジャンケンは完全なる出来レースだったわけだ。
コイツが二瀬くんの洗濯前のシャツを使ってナニしてるかバラしてやろうかしらん。
・・・・・・まぁ、今回は私もズルしたし、お互い様ってことでいいか。
プリンは素直に諦めて、コントローラーを手に取り再び画面に向かう。
ふと、何の脈絡もなく、一年前の記憶が蘇ってきた。
裏庭に家族の死体を埋めたこと。
毎日、血のしみこんだカーペットに意味も無く寝転がっていたこと。
風呂にも入らず、食事もとらず、ただ静かに泣き続けたこと。
振り向くと、美味しそうにプリンを食べる二瀬くんと、それを幸せそうに見つめる白羽さんの姿があった。
不死の屍と、定命の人の共同生活。
こんな平穏、それこそ茶番だ。呪術の道に足を踏み入れた時点で、殺し合いは避けられない。だって、呪いの術なのだから。
それでも、今だけは許されてもいいのではないか――――
そんな気がした。
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