二十三話

 晴れ渡る夜空にぽつりぽつりと星が浮かんび、夜空の真ん中に巨大な月が鎮座している。

 緩やかな春の風に吹かれ、僕らの家の門の前に立つ。

 八尾比丘尼はどうやら僕らの家に陣取っているらしく、中から気配が漏れ出ていた。

 第四課の人たちには裏口から突入してもらう計画になっている。

「あらあら、みなさんおそろいで。その顔は……遊びにきたわけではなさそうですねぇ」

 奴が暗がりに浮かび上がる。余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった様子で笑みを浮かべ、軽口を叩く。

「二瀬くん、切り込みは私の任せて」

 委員長は薙刀を掲げ、歩み出る。

 白羽さんは無言で扇子を広げ、結界で周囲を覆う。

 人払いの呪術が効いてきたのか、一帯から人の気配が消えた。

 息の詰まるような静寂が肌をさいなむ。

 先に動いたのは八百比丘尼だった。

 パン、と手を鳴らす。

 刹那、辺りが人型で満たされた。

 場にいる全てが、一斉に動き出す。

 斬りかかって来る人型を一纏ひとまとめに薙ぐ。

 突如、予兆も無く無数の方陣が宙に描かれる。

 飛び下がる。もはや、本能だ。

 方陣から鮮烈な閃光が迸る。

 それは足元を焼き、小さな穴をつくった。

「ユウくん、上!」

 轟音の中、ひときわ可憐な彼女の声が響く。

 見上げると、無数の光槍が、僕を貫かんと降り注いできた。

「クソッ」

 身体強化率を最大まで引き上げる。骨が軋む。心臓が悲鳴を上げる。

 全ての槍を弾き飛ばす。

 と、同時に足元が怪しく光る。

 時既に遅し、だった。

 地面がめくれ、轟音と爆風にさらされる。

 もはや、誰がどこにいるのかすらわからない。ただ、信じて刀を振るう。

「グルルルルル……」

 爆音の耳鳴りから回復した耳が、不穏な鳴き声を拾った。

 振り向くと、虎のような体躯を持つ四足の怪異がそびえ立っていた。

 体高三メートルはあるだろうか。巨大な妖魔がこちらを睨んでいる。

 猿の頭に狸の胴、虎の手脚、蛇の尾。紛れもない、ぬえだ。

「これも奴の呪術!?」

 思わず叫ぶ。

「そんなわけ無い、鵺は五十年前に根絶されたはず!」

 委員長は叫ぶと大きく跳躍し、僕と背中合わせになるように降り立った。

「じゃあ、あれは……」

 皆まで言うことはかなわなかった。

 鵺の尾の蛇が、大口を開けて飛びかかってきたからだ。

 振り上げられた前脚には鋭いかぎ爪が光っている。

 轟音と共に振り下ろされた前脚を斬り飛ばす。

 しかし、いつの間にか鵺は二匹、三匹と数を増やしていった。

 八百比丘尼は姿をくらましている。

「これじゃきりが無いよ!」

 委員長が叫び、飛びかかってきた人型を斬り払う。

 神出鬼没の方陣から放たれる閃光は地を焼き、鵺は僕らを噛み千切らんと襲いかかり、人型は意志もなく命令されたままに群がり、時折地面が弾ける。

 辺りは黒煙と轟音に満ち、混乱を極めていた。

 現状、ジリ貧だ。奴らは万端の準備をして迎撃しているのだ。いくらでも仕込み放題だろう。

 そこまで考え、はたと気付いた。

 奴はからめ手を得意とする屍のはず。こうも力業ばかり仕掛けてくるものだろうか?

「委員長、これは幻影呪術だ。しかも箱庭型の!」

「嘘でしょ!?そんな大呪術、普通は十人がかりでやっとできるかできないかの……」

「彼女なら充分可能かと」

 白羽さんは、風の呪術で鵺を火柱の中に吹き飛ばしながら答える。

 幻影呪術には、二種類ある。一つは、他人の精神に干渉する干渉型。もう一つが、術者の作った概念世界に引きずり込む箱庭型。ここが奴の作った世界だというのなら、大規模な呪術の乱打も、鵺が存在する事も辻褄つじつまが合う。

「なら、僕に任せて」

 立ち椿を上段に構え、ピタリと止まる。呼吸を整え、呪力を込める。

 ここが奴の作った概念

的な世界だというのなら、立ち椿なら斬れるはずだ。

「はっ!」

 目を見開き、ひと思いに振り下ろす。

 サクッ

 確かな手応え。

 見ると、宙に大きく切れ込みが入っている。

 ピシリ

 不穏な音をたて、大きな亀裂が走る。

 亀裂は広がり、無数に分岐していく。視界が白い光に包まれ――――

 僕たちは門の前に立っていた。

 地面の窪みも方陣も鵺も光槍も消え失せ、戦いの痕跡は僕らの身体に残る傷だけだ。

 奴は相変わらず不気味な微笑みを浮かべて佇んでいる。

「どうやら、私の負けのようですね」

「……ああ」

 何故か、彼女に戦う意志がないことがありありと伝わってきた。

「殺しておしまなさいな。また何をするやもわからないでしょう」

 僕は無言で歩み寄り、片手で立ち椿を振り上げる。

 奴は何か呟いた。

 僕は刀を振り下ろす。

 ザシュッ

 八百比丘尼は膝から崩れ落ち、やがて塵の山となった。

「終わった……のね?」

 恐る恐る近づいてくる委員長。

「うん、間違いなく斬ったよ」

 斬られる寸前、彼女は安堵の表情を浮かべた。

 そして、こう呟いた。


 やっと――――

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