二十二話
「……頭おかしくなった?遊園地に行きたいなんて、藪から棒に」
委員長は怪訝な顔で僕を見つめる。最近、僕に対するあたりが少しキツくなってきた気がする。彼女なりの親愛の証と受け取って良いのだろうか。
「事情を説明すると長いんだけど、白羽さんを立ち直らせるきっかけになるかもしれないんだよ」
「いつ襲撃されるかもわからないのに、軽率に外出するなんてリスクを負うだけじゃない」
とりつくしまもない、といった調子だ。
「俺は賛成だぞ」
思いがけない援護射撃に、一瞬戸惑う。渋い声の方へ振り返ると、たばこのケースを手にした鹿島がベランダから戻ってきたところだった。
「奴の幻術は下準備がないと発動が難しい。屋敷を離れた二瀬と接触したのも、雪姫を誘い出して屋敷の結界に術式を仕込むためだったんだろう。この会話が漏れ出してない限りは大規模な襲撃はない、と考えていい。明日にでも行ってきな」
一晩明けると、前日の澱んだ雲は嘘のように消え去り、爽やかな晴れ空が広がっていた。
僕は白羽さんの手を引き、遊園地へ向かった。久々に乗る電車は案外人が多く、はぐれまいと必死だっった。
休日だからか遊園地は非常に混んでいる。
僕は彼女の手を引き、あちこちを巡った。あの日そうしてくれたように。
あの日の記憶を手繰り、思い出をなぞるように歩き回った。
穏やかな空気と暖かな日差しが僕らをふんわりと包み込んでいる。時がゆったりと
過ぎてく。
彼女は終始無言で、大人しく手を引かれて歩いていた。
「いやぁ、人混みってのは疲れるね」
反応のない彼女に語りかけ、道の傍らにちょこんと置かれているベンチに座った。白羽さんもそれに
ここは遊園地の北の端だからか、人が少なく静かだった。
「……なんで」
ぼそりと彼女が呟く。
「なんで、こんなわたしによくしてくれるのですか?」
膝の上で、ぐっ、と拳を握る。
「わたしは、あなたに愛してると囁いた。でもそれは嘘だった。わたしは、貴方を愛してる自分に酔っていただけ。そのためだけに周りを巻き込んで、記憶を奪ったり、戸部さんに酷い仕打ちをしたり――現に、今も貴方を戦いへ、死地へと追いやっている。わたしは、そんな最低な女なんです。なにのに、なぜ――」
伏せた顔はからは、表情は窺い知れない。でも、罪の意識に苛まれているのは間違いない。
彼女の言うことが本当なら、それは到底許されない事なのだろう。客観的に見れば。それくらい、僕でもわかる。
「たしかに、白羽さんにとっては自己満足のための愛だったのかもしれない。それは、僕にはわからないことだ。けれど――」
感じたことを、思ったことを、素直に。自分の内から湧いてくる不思議な感覚を、ひとつづつ、丁寧に言葉にしていく。
「僕は、白羽さんに救われたんだ。感情がなく、自ら考える事もせず、何一つ疑問を持たない灰色だった毎日に終止符を打ってくれたのは、君なんだ」
「それが自己満足のためだったとしても?」
「ああ、自己満足の結果だったとしても、だ。僕にとって、君はかけがえのない存在だ。君が満足してくれるなら、いくら利用されたって構わない。だって君は、僕に大切なものをくれたんだから」
自分が自分であるという感覚。喜怒哀楽では言い表せない、複雑な感情の数々。そして、、毎日を一緒に過ごした彼女を大切だと思う気持ち。
どれも、以前の僕には想像すらできない代物だ。正直、この気持ちは今でも扱いに困る事は多い。それでも、昔に戻りたいとは微塵も思わない。
「僕は、君が笑っているほうがいい。君は屍で僕は人だ。僕はいつかは死んでしまう。だから、少しでも長く、幸せに笑う君を見ていたい」
言葉にして初めて自覚する気持ちもあるんだな、などと思う。
当たり前のように幸せそうに笑いかけてくる彼女が、僕は好きだったのだ。
だから、虚ろな彼女を見て、いたたまれなくなった。以前なら気に掛けることすらなかったろうに。
「わ、わたしは――」
無言で肩を震わせていたかと思うと――僕に抱きついて泣き出してしまった。
ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返す彼女にどのように声を掛けようか悩んだ末、黙って抱きしめることにした。
細い身体は案外ふわふわとしていて柔らかく、髪から仄かに良い香りがした。
帰りの電車の中。彼女は泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまった。
我ながらクサいことを言ってしまったな、と苦笑する。これからどんな顔をして白羽さんと向き合えば良いのかよくわからない。
ま、そのときはそのときだな。
車窓から西日が差し込んでいる。
僕の肩に寄りかかって眠る彼女の寝顔は、とても気持ちよさそうだった。
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