二十一話

「遊園地?」

「はい!何でも、年頃の男女がよく行くみたいでして……チケットもありまして」

 彼女はニコニコしながら二枚の紙切れを掲げた。

 何の事だかイマイチ飲み込めなかったが、適当にうなずいていた。


 当日、彼女はやけにめかし込んでいた。

 僕の腕をとり、あちこちを連れ回した。

 彼女は。心の底から笑っていた。


疎外感、という言葉がピッタリだ。

 まるで、スクリーンに投影dされた映像みたいだ。周りの戯れる男女も、こちらを見てニコニコしている白羽さんも。


「ユウくん、今日はどうでした?」

 帰り際のこと。彼女が、幸せそうな笑顔を浮かべて聞いてくる。

 俺は、こういうときの正解を知っている。

 無理やり口角を吊り上げ、目尻を下げる。

 皆はこれを、笑顔と呼ぶ。感想を求められたら、取り敢えず笑っておけばいい。例え何も感じていなかったとしても。

「もちろん、楽しかったよ」

 沈黙。彼女は俯いてしまった。

「何も感じてないなら、笑わなくていいのに」

「――え?」

 キッ、と顔を上げる。目には涙が浮かんでいた。

「そんな不自然な笑顔、嘘だってすぐわかりますよ」

 彼女は突如、僕を抱き寄せる。

 柔らかい、暖かい。トクトクと脈打つ心臓の音が聞こえる。

「無理しなくて良いんです。感情が封じられてしまったのなら、少しずつ取り戻していきましょう。一緒に」

 耳元で優しくささやかれる。

 俺には、相変わらず彼女の言うことが何一つわからなかった。

 でも、胸の内の凝り固まった何かが、少しだけ融けた気がした。


 後頭部にゴッ、という軽い衝撃を感じて飛び起きる。

「二瀬くん、リビングで寝ないでよ。風邪引くよ」

 振り返ると、委員長が立っていた。

どうやら、リビングのテーブルに突っ伏して寝ていたらしい。

「あぁ、すまない。ありがとな」

「ええ、別に良いけれど……それより白羽さんは大丈夫なの?ずっとあの調子だけど」

 そっと指さした先には、相変わらずの姿勢で座る白羽さんの姿があった。

「そうだな……」


 僕はすっかり忘れていた。あの日、僕は間違いなく彼女の暖かみに触れた。

 誰かに抱きしめられたことなど無 かった僕が、初めてぬくもりを与えてくれる人に出会った。

 彼女が苦しんでいるなら、今度は僕が分け与える番だ。

 ……いや、お返しかな。

 記憶が封じられいたとは言え、あの時の彼女の行動は、僕に何かをくれたのだから。

 僕は白羽さんに歩み寄り、目の前に跪いて顔を覗き込む。

「少し、話をしよう」

 彼女は空っぽの瞳でこちらを見返し、小さな声で、ん、と言った。

「ここじゃ何だから、部屋へ行こう」

 軽くてを引いて立ち上がらせ、そのまま部屋に向かった。

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