二十話 刀の重み
何の気はなしにベランダへ出る。
都会の喧噪を含んだ空気は、先ほどに輪を掛けて不愉快だった。
街の灯が山のふもとまで伸びている。
委員長はこんこんと眠っていた。白羽さんは何を言っても生返事で要領を得ない。
そもそも、僕自身がこの短時間で起きた事を飲み込みきれていなかった。
白羽さんの虚ろな瞳が脳裏をよぎる。今の彼女には、致命的な何かが欠けていた。まるで、強い芯が丸ごと引き抜かれてしまったかのような――
「すまない、ちょっといいか」
特徴的な渋い声。
背後には、筋肉質な大男が立っていた。
鹿島大五郎を名乗る彼は、連合直属第四課課長らしい。
「で、用事って何です?」
あえて警戒の色を隠さない。
「立ち椿の由縁についてだ」
彼はサンダルをつっかけると、僕の隣に立ち、策に寄りかかった。
「今から七五年前――先々代の第四課の時代の話だな。直属の呪術師たちのお陰で、当時の日本に屍は三体を残すのみとなっていたそうだ。そこで危機感を覚えた屍の一派は、一計を案じた。当時の呪術師連合は天皇直轄の機関だったのだが、敗戦の混乱により、一時指揮系統に混乱が生じた。その隙を突かれた」
一度言葉を切ると、拳を固く握り締めた。
「対屍戦に用いていた強力な武具一式を、全て破壊されてしまった。連合は、この時点で屍に対抗する手段を失ってしまった」
「……それが立ち椿とどう関係があるんです?」
「立ち椿は、全ての対屍武具のオリジナルなんだ」
「それがなんでこんなただの地方都市なんかに」
「立ち椿は確かにオリジナル。だが、後に開発された武具の方が改良による性能向上は明らかだった。有り体に言えば型落ちした、ということだな。その上、使用者を選ぶ。他と比べて使い勝手が悪いためにお蔵入りしそうになっていたところを、御影山の雪姫に対する切り札が欲しい二瀬家が買い取った。だから、立ち椿は破壊を逃れた」
彼はこちらに向き直ると、頭を下げた。
「どうか、我々の屍討伐に協力して欲しい。かつての武具を造りだす技術も失われてしまった。君の力が必要なんだ」
――後には戻れませんよ――
雪姫の言葉が蘇る。もう、これは僕たちだけの問題ではなくなってしまったのだ。
居間の椅子に腰掛ける白羽さんを見る。
背もたれに力無く寄りかかり、ぐったりと頭を垂れている。黒い瞳は底なしの穴のように黒々としている。その姿は、あまりに痛々しかった。
これ以上彼女が傷つくのなら、立ち椿など、いっそベランダから放り投げてしまたい。何故か、そんな気持ちになった。
自分でも不思議だった。
「……少し、考えてもいいですか」
彼は何か言おうとしていたが、聞かずにその場を離れた。
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