十五話 尼の過去1

 『不老不死』というのはなかなかどうして、退屈なものだ。

 武家屋敷の前にそっと立つ。立派な門。私がまだ頃からは想像もつかない家の型だ。


 私が生を受けたのは、今は遙か遠くの伊都の地。今は北九州と言うらしい。今でこそ八百比丘尼などと大層な名で呼ばれているが、昔の私は、戦のただ中に産み落とされた、非力な少女だった。

 後に『倭国大乱』と呼ばれるその大きな戦争は、それまでの『クニ』から『国』へと昇格するための必要悪だったとも言える。しかし、ただ中に居る人間にとっては、悪の必要性など関係ない。

 地面を掘り藁を被せただけの家に、ひっそりと縮こまっていたあの頃。男衆は毎日のように弓矢や刀を携えて戦へ出かけていった。

 フラフラと村を渡り歩き、戦から逃げ回る日々。

 痛みに苦悶し顔を歪めて死んでいく人々を横目に、必死に逃げ回った。

 願いはたった一つ。


「死にたくない」


  

 屍になったときのことは、今でもハッキリと覚えている。

 切り裂かれた背中が焼けるように熱かった。指の先からゆっくりと力が抜けていって、どこまでも深い淵へゆっくりと沈む。必死にもがいて、足搔いて、死にたくないと叫んで。

 そのとき、身体の奥に小さな火がともる。みるみる勢いを増し、光と熱が私を呑み込む。

 気がついたとき、折り重なる死体に埋もれていた。となった私が初めて感じたことは、死体の腐敗臭への嫌悪だった。


 しかし、不老不死となった私に待ち受けていたのは停滞と退廃だった。

 目の前に現れては死んでいく人々。束の間の平和、ささいな争いごと、いがみ合い、殺し合い、また束の間の平穏。

 何も学ばない人間たちの繰り返しは、くだらない三文芝居を見せられているようだった。

 何も生き甲斐がなく、さりとて老いることも死ぬこともできない、抜け殻のような毎日。

 そんな日々を数百年近く送った頃だろうか。偶然出会ったのが、彼だった。

 海の向こうから来たという彼もまた、不老不死だった。

 私と違い、瞳は真っ直ぐに澄んでいて、力強く活き活きとしていた。

 あるとき、私は彼に尋ねた。毎日が退屈ではないのか、と。

 彼は笑ってこう応えた。

「目的があるからな」

 その言葉を聞いた途端、あっけないほど簡単に納得できた。

 『その日一日を生き延びる』を目的としていた私は、不老不死を獲得したことで目的は達成されていた。

「私に目的はないわねぇ」

 思わずこぼしていた。

「じゃ、俺の代わりに調べて欲しいことを頼んでもいいか?」

「調べてほしい……こと?」

「ああ。呪力が人の想いや感情から来ているってのは前に話したろ? で、その感情や想いってのはどういった仕組みで湧いて出るのか知りたくてな」

「そんなの、あなた一人で調べられるでしょうに」

 私に呪術のを教えてくれたのは彼だ。彼が調べたほうが成果が上がるに決まっている。

 想いや感情は変動する。そのため、それらを原料とする呪力は供給が非常に不安定だ。

 故に、呪力の元である想いや感情の正体がわかれば、呪術にとって明確な進歩と言えるだろう。

「ん、否定はしないが……俺には勅命があるからな」

「不老不死の仙薬を持ち帰れ、だったかしら? もう彼自身が死んでいると思うけど」

「たしかに彼の御方はとうの昔にお隠れになってしまわれたけどな……勅命に蘇生が加わっただけさ」

「死人として蘇生するのはダメなの? 死体を死人にする呪術なら完成してるじゃない」

「あの御方が望まれたのは、我々屍のような完全な不老不死。死人のように容易たやすく死体へ戻っては困るんだよ」

 そんなものかしら、と呟く。


 私はもらった目的のため、旅に出た。この服装はなにかと便利だろうから、と言って彼は私に尼僧の格好をさせた。


 そして、彼女過去の自分に出会った。

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