九話 なぎなた

「なぁ、さすがにやり過ぎじゃないか」

 僕は会室に戻ると開口一番に問いかけた。

 たしかに彼女の指示に従った僕も悪い。だが、今回の件には明らかに悪意がある。

 街に張り巡らされた結界は、死人の侵入を知らせる結界だ。

 その意味するところは、至って簡単。

 白羽さんは結界を通して前もって侵入を確認していた場所に送り込んだのだ。


 静寂。

 雨の降る音が耳につく。彼女は何も言わず、扇子を弄っている。

「なぁ――」

「……ユウ君には関係の無いことです」

 彼女の視線は相変わらず手元に落ちたままだ。

 僕は不思議な感覚に襲われる。


 委員長が泣き叫ぶ様子が頭をよぎる。

 彼女の叫びは僕の中にいつまでも木霊している。


 一年間、たった一人で戦い続けた彼女。

 あの悲痛な叫びは、押し殺し続けてきた彼女のもう一つの側面なのかもしれない。

『協力してほしい。殺された皆の無念を晴らすためにも、お願い』

 あの日の彼女の言葉が響く。



 それは、初めて味わうものだった。全身の血液が逆流するかのような錯覚。目の前の少女が許せないという思い。


 気がつくと立ち椿を引き抜き、背中に突きつけていた。

「僕は彼女に協力する、と言ったんだ。彼女の尊厳を傷つけるとは言ってない」

 なぜか声を荒げていた。頭に血が上る、とは言い得て妙だなどと下らないことが頭をよぎる。

「きちんと一から説明してくれ。事と次第によっては例え君でも斬らなきゃいけなくなる」

「……わかりました」

 彼女は立ち上がると、懐から一枚の呪符を取り出して呪力を込める。

 紫に光る呪符。そのまま落とす。

 ふわり、と落ちた呪符から紫の結界が開く。

「密室化の結界です。今から話すことを使い魔に盗み聞きされては困るので」

 そう言うと、彼女は僕に椅子に座るよう促す。

 刀を納め、素直に座る。


 刹那、彼女は恍惚とした表情を浮かべる。

「やっぱり信用してくれているんですね。わたし、嬉しいです」

「……いいから話を始めてくれ。僕は君を信じてきたが、場合によっては敵同士だ」

 彼女は真顔に戻る。

「わたしは常に貴方の味方です。それだけは断言させてもらいます」

「それを判断するのは僕だ」

 彼女は僕と向かい合って座る。

「まずそもそもの話ですが、この街はなぜ大虐殺の標的となったのか? 宣戦布告として行うなら、もっと都心で派手にやったほうがいい。ユウ君はなぜだと思います?」

 唐突な質問。返答に詰まる。

「それは……狙いやすかったから?」

「いえ、違います」

 即答。

 そもそも、そんなこと突然聞かれてもわかるわけ無い。

「答えは『強力な武具を使う一族が集まっている地域だったから』です。立ち椿に代表されるように、この地域には昔から強力な武具を有する呪術師が多く住んでいました。呪術師と全面戦争するなら、まずこの街を叩いておく必要がある。彼女の一族も、強力な武具を持つ一族です。本人は知らないようですが」

「それがあの薙刀だと?」

「ええ。で、武具に術式を仕込む場合は『その武具の持つ性質を伸ばす』という手法がとられることがほとんどです。

 例えば、『斬る』という性質を極限まで引き伸ばしたのが立ち椿であるように」


 僕は右手を掲げる。

「ちょっと待て、ちっとも話が見えてこないんだが。それなら委員長はなんで薙刀の術式を使わないんだ? あの薙刀に触れられてる時点で使う資格は満たしているはずだろ?」

 白羽さんは近くのコップを手に取ると、お湯を注ぐ。

 そういえば、緑茶は二番煎じが一番美味しいとか言ってたな。

「少し話が飛びますが……戦国時代、薙刀は歩兵最強クラスの武器と言われていました。ですが、普及しなかった」

「ああ、『こんな物は軟弱な奴が使う武器だ』ってやつでしょ。現代だと薙刀道って言ったら女性がメインだ」

「ええ。ですが、武士が嫌ったからと言ってそれ即ち女性の武器、とはなりません。

 歴史上で初めて薙刀を手にした女性は、強さ故に薙刀が弱者の武器だと投げ棄てられた物だと知っていた。

 己を社会的弱者だと認め、それでもなお立ち向かう為の強さを求め、辿り着いたのが薙刀。

 弱者の武器とそしられ歴史の波間に消えていくはずだった武器は、彼女の手によって価値を見出された。そして、薙刀は彼女に望む強さを与えた。

 こうして薙刀は女性の武器となりました」


 そこで一旦言葉を切り、お茶を啜る。

 あちっ、と小さく呟いて息を吹きかける。

「つまり、彼女の薙刀に込められた術式は『弱者に力を与える最強の武器』としての性質を伸ばす物だ、ってことか」

「ええ。ですが、発動条件として本人がことが必要です。

 認めた上でなお力を求めれば、術式は発動するでしょう。どのような効果をもたらすか、まではわかりませんが」

 そう考えると、これまで彼女が委員長に対して『お前は弱い』といった意味の発言を続けていたのも合点がいく。

 要は彼女に認めさせようとしていたのだ。自分が弱い、ということを。


「だったらこんな回りくどいことをしなくても。説明すればよかったのに」

「確かに、説明すれば上辺だけは納得するでしょう。ですが、私たちや自分には嘘がつけても術式に嘘はつけない。ただの仕組みですからね。戸部さんには、心の底から自分が弱いことを認めて貰う必要がある。

 ……いえ、『認める』では少々言葉が弱いですね。してもらわなければなりません」

「しかし、怒らせてしまったら元も子もないだろう。やっぱりやり過ぎだ」

 僕は近くのテーブルに置いてあった飴を手に取る。

 そういえば、この飴も委員長が買ってきたんだったか。『考えるなら糖分を補給しなくちゃ』なんて言ってたっけ。



 なんだか食べるのは申し訳ない気がして、そっとテーブルに戻した。



「ええ、それについては何というか……少々やり過ぎてしまったと私も思います……」

 うなだれる。どうやら本気で後悔しているようだ。



 愛する人に言われたことを、屍になってまで守り続けるような少女なのだ。『これが正しい』と一度信じてしまったら突き進んでしまうのが、白羽雪絵、否、雪姫の在り方なのだろう。



 それが良いように作用するか悪いように作用するかは場面によるだろうが、危なっかしいのは間違いない。



 700年生きても、彼女は少女のままなのだ。



 身体も、心も。

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