八話 現実
「取り敢えず目下のやるべきことは、この街の警備の強化です。一応街全体に結界を張っておきましたが、これだけ広範囲となると抜け穴もたくさんあるでしょう。ユウくんと戸部さんで組んで見回りをしてください。あ、武器は呪力を通さないと見えないようにしておいたので持ち歩いても誰にも見られないですよ」
雪姫はテキパキと指示を出す。彼女自身も扇子を取り出し、何やら術式をいじくり回している。
ここ最近は、三人で同好会室に集まる場合がほとんどだ。
「あの!」
私は二人に呼びかける。二人は動きを止め、こちらを振り向く。
「私と二瀬くんは別行動がいいんじゃないかなーって思うんだけど……ほら!そっちの方が広範囲をカバーできるし!」
思ったより明るい声が出る。我ながらなんて空々しさだろう。
本当のところは、未熟者扱いが嫌なだけだ。
これでも一年間、血の滲むような努力をしてきた。半人前扱いは
「いいんじゃないか?合理的だと思うよ」
二瀬くんは、相も変わらず無感情を撫でるような声を出す。
いや、実際に何も感じていないのだろう。
雪姫は私を射貫くような目で見据える。
思わず後ずさりそうになる。少しだけ、提案を後悔。
「……そうですね。じゃあユウくんは人の集まる中心街、戸部さんは街の西のほうから外周を時計回りに巡回してください」
私は雪姫が嫌いだ。彼女の射貫くような目。心中を暴かれているような気がして落ち着かない。全てを知っているかのような立ち居振る舞いも気に食わない。
だいたい、彼女は人間ではないのだ。
いつ何が崩れ去ってもおかしくない。
せめて自分くらいは信じられるようにと、この一年ひたすらに訓練を積んできた。
私は薙刀を握り締め、会室を出る。
目の端に、二瀬くんに耳打ちをする雪姫が映った。
空は、この時期には珍しくどんよりと曇っている。冷たい北風が吹く。
術式を仕込んだ制服はこの前雪姫にズタズタに切り裂かれてしまった。予備の制服にも仕込んでおけばよかったな、と後悔してももう遅い。
見回りと言っても、特に何があるわけでもない。敵がいなければただ結界の端をなぞるように歩くだけだ。
閑静な住宅街。気温のせいか、道を歩く人の姿はない。
「ちょっと、そこのカノジョさん」
後ろから声がする。
振り返ると、金髪をオールバックに撫で付けた男が立っていた。
やけに薄そうなTシャツにブランドらしきジャケットを羽織り、首にやたらとネックレスを下げている。
戸建てが並ぶこの場所にはあまりに不釣り合いな服装。
明らかに遊んでいそうな類の輩だ。適当にあしらっておこう。
「釣りは好き?」
下卑た笑いを浮かべてる。ねばつくような声が不愉快だ。
「はい?」
質問の意味がわからず聞き返す。
「釣りが好きかって聞いたのさ」
ガチャリ、という金属音。右手首に強い圧迫感。
青く光る鎖が巻き付いていた。
物凄い力で引き上げられる。
思わず悲鳴を漏らす。
カシャン、と耳障りな音を立てて薙刀が落ちる。
「へぇ、良い声で鳴くじゃん」
男はゆっくりと近寄ってくる。
振りほどこうと必死にもがくが、どんどん締め付けがきつくなる。
「ふざけるんじゃない。あくまで仕事だ」
金髪の後ろから、スーツの男が出てくる。
両手に握られているのは鎖。
「その女の片脚を切り落とせ、というのが指示だ。手早く済ませるぞ」
「えー、オレはリョナの趣味はないんだがナァ……それよりさ、その前にちょっと遊ぼうぜ。けっこうカワイイ娘だし」
歯軋りをする。油断してしまった。とんだ失態だ。無様なことこの上ない。
だが、まだ反撃の目はある。
そっと左手に呪力を集める。袖に仕込んだ小型ナイフに集中させる。
「ん、危ない」
金髪は私の左手首を握り、締め上げる。
「ハハッ、ざんねん。悪い娘にはオシオキです」
小馬鹿にした口調。
青く光る拳が、鳩尾に叩き込まれる。
「うぐっ」
小さく
苦しい。息が吸えない。
「コイツさぁ、別に脚切り落とさなくても充分足手まといになってんじゃねーの?」
「知らん。仕事は仕事だ」
不愉快なやり取りだ。
痛い。苦しい。悔しい。
ズクズクとした痛みが腹部を苛む。
「ま、ヤれる娘はこいつ以外にもいるしな」
いつの間に手にしたのか、金髪が太刀を振り上げる。
「呪術師に生まれたことを呪うんだな」
ザクッ。
金髪の男は、真っ二つになった。
サァッ、と塵になって崩れる。
そかには、二瀬君が立っていた。
「この餓鬼……!」
スーツの男が鎖を飛ばす。
青く光る鉄鎖は空を切り、真っ直ぐ飛び来る。
二瀬君は紫の光を纏い、刀を上段に構える。
刹那、フッ、と姿が消える。
あたりを見回す。
いつの間にか、スーツの男の喉元に刀を突きつけていた。
呆気にとられる。
そのまま喉を貫く。
男は、塵になって消えた。
私を吊り上げていた鎖は急速に力を失い、地べたに放り出された。
脚に力が入らず、その場にへたりこむ。
「大丈夫?」
目の前に手を差し出される。太い指はや荒れた掌は、彼が積んだ鍛錬の重みを表しているようだ。
私は奥歯を噛みしめる。
ついこの前まで、私が手を差し伸べる側だったのに。
「……これもアイツの指示ってわけ?」
彼は何も言わない。
私はキッ、とにらみつける。
「私が弱いから、影から見守ってろって指示されたわけ?ねぇ、どんな気持ちだった?案の定私が捕まって、酷い目に遭わされそうになって、それをどんな気持ちで見てたの?」
相変わらず何も言わない。
私の中の何かが、プツッと音を立てて切れた。
彼はいとも簡単に最高位の呪力を操る。私は、あれだけ努力しても第三位階が限界なのに。
ハハ、と意地の悪い笑いがこぼれる。
「そっか!アンタに感情なんてないもんねぇ!私がどんな目にあったって、なぁんにも感じなくて済むもんねぇ!」
私は、脈絡のない苛立ちを彼にぶつけた。
彼はそっと目を背ける。
それが更に私の気持ちを逆撫でした。
立ち椿に選ばれてるくせに、何の意思も感じられない彼に我慢ならなかった。
例えそれが抑圧の結果だとしても。
何も持たない私を、必死にもがいてる私を軽々と越えていく。
あるいは、羨ましいのかもしれない。何も感じない彼が。何も感じなければ、失っても辛くない。
「どーせ雪姫の指示がなければ助けてくれなかったんでしょ?いや、もしかして私を餌にして死人を誘き寄せろって指示を受けてたの?だとしたら大成功だ!これからも私をどんどん餌にするといいよ!いつか屍も釣れるかもね!」
彼が何か言おうと口を開く。
だが、私はどこまでも醜かった。言わせまいと声を張り上げる。
「消えて!あんたたちとはもう協力なんてできない!!」
ありったけの力を振り絞ってわめき散らす。
彼はまだ何か言いたげだったが、そのままゆっくりとその場を去って行った。
惨めだった。
これじゃあ半人前以下だ。
油断して、捕まって、助けられて、悔しいからって八つ当たりして。
まるで駄々っ子じゃない。
ぽつり、とアスファルトを打つ音がする。
私はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
静かに降る雨は私を濡らす。
鳩尾がしくしくと痛む。
薙刀が重い。
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