七話 記憶

「では、いきますよ」

 いつもの同好会室。僕と白羽さんは向かい合って座っている。

 白羽さんはゆっくりと僕の額に手を伸ばし、そっと触れる。

「目をつむって、肩の力を抜いてください」

 柔らかい声。

 僕はそっと目を閉じる。

「では、記憶の解放を始めますね。最初は戸惑うかもしれませんが、極力ゆっくり解放していくのでジッとしていてくださいね」

 額に触れる手の先が、わずかに温かくなる。


 瞼の裏に蘇る。


 父親が刺し殺される。母親が吹き飛ばされる。祖父が叩き潰される。

 僕はただ斬りつづける。殺される家族など気にもせず。ただ、刀を振る。

 効率の良い立ち回り。無駄のない捌き。綺麗な太刀筋。

『もう……やめませんか?』

 声の方を向く。長い黒髪の少女が立っている。

『貴方は……別人なのはわかってます。でも、辛くないんですか?』

 彼女の言葉の意味など考えもしない。

 大きく踏み込み、刀を振り上げる。

 少女は、黒い扇子を僕に向ける。


 暗転。



『お前はな、一振りの刀になるんだ』

 父親の声が響く。

『刀は何も感じてはいけない。何も考えてはいけない。役目を果たすことが全てだ』



 暗転。



『二瀬くんって何考えてるかわからないよね』

『まるで何も考えてないみたい』


 暗転。



 ああ、僕は亡くしたんじゃない。




 元から無かったんだ。




「どうですか?」

 白羽さんの声。

 ゆっくりと目を開ける。いつもの同好会室。

「うん……思い出したよ。記憶は」

「引っかかる言い方するわね」

 壁に寄っかかっていた委員長が身体を起こす。

「その……感情にかかった制限のほうが外れてないはずです。なにしろ産まれて以来、あの手この手でかけられたものですから」

 白羽さんが代わりに答えてくれる。

「なんでそんなこと……」

「立ち椿はどんな防御も術式も全て斬り伏せることができます。立ち椿の前にはあらゆる術式は無力化される。

 いくら味方とはいえ、そんな武器を扱える人間が自分の意思を持って勝手に動き回られたら危険極まりないですからね。自分たちの支配下に置こうとするのは自然な事です」

 白羽さんは立ち上がり、委員長のほうへ向き直る。

「彼を引き込んだ以上はもはや取り返しがつかない。何を息巻いてるかは知りませんが、現状のあなたでは何もできないことだけは伝えておきましょう」

 ハッキリと言い放ち、鞄を手に取ると僕の手を引いて部屋から出て行こうとする。その細い腕は存外に力が強い。

「ちょっ……」

 慌てて鞄を拾う。

 委員長の方を見遣るが、顔を伏せてて表情が読み取れない。


 そのまま学校を出る。

 斜陽が目について痛い。

「なぁ、さすがに言い過ぎじゃ――」

「記憶が戻ったならわかるでしょう。彼女があまりにことに。むしろ、一人でよく生き残ってきたものです」

 何も言い返せず口を噤む。


 呪力は練度によって色が変わる。第一位階から順に白、黒、黄色、赤、青と変化し、最高位階で紫色になる。

 通常、戦闘に出るには第五位階以上の練度が必要とされている。しかし、彼女の薙刀が纏う光は黄色だった。

 連合がこの地域を見棄てた理由もわかる。17になっても、まだ呪力も扱えない未熟な呪術師一人のために、人員を割くなどもってのほか。むしろ、大虐殺を機に激化が懸念される死人の活動へ対策を打たねばなるまい。

「しかし、それは僕がやればいい。僕なら屍も斬れるのだから」

 そもそも死人とは『死にたくない』という想いが呪力となり、『生』の概念と癒着した者を指す。

 呪術師は己が呪力をもってその癒着を断ち切ることで死人を狩る。

 一方の屍は、あまりに強力な呪力により『生』の概念と身体が融合した者だ。通常の呪術師には斬れない。

 しかし、立ち椿なら『生の概念もろとも叩き切る』という荒業で屍を斬り伏せることができるのだ。

「……彼女はそれで満足するのでしょうか」

「と、言うと?」

「通常、仇討ちは自分の手で為されてはじめて成立するものです。憎き相手を禍根と共に、自らの手で葬り去ることにこそ意味がある。それをあなたが代わりにやってしまっては、彼女は納得できないままでしょう」

 子供が無邪気に走り抜けていく。こちらを指差し、カップルだー、と囃し立てて逃げていく。

 僕はポケットに手を突っ込む。

「貴方が協力するというのなら、わたしも助力は惜しみません。でも、彼女の望む形で目的が達成されることはないと、ハッキリ伝えておくべきではないでしょうか」

 僕は、ポケットの中の鍵をいじくり回す。

「ま、約束は約束だ」

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