呪夢

大虐殺

「お姉ちゃんは逃げてってば!」

 妹は薙刀を握りしめて叫ぶ。階下では刃を交える金属音が聞こえ、時折爆発音も混ざる。

「わたしも戦う。ユイが残るなら私も残るよ」

 私は毅然と言い放つ。

「そんな練習用の短刀で戦う?無理に決まってるじゃん!お父さんが逃げろっていってたでしょ!」

 ユイは叫ぶ。

「それはユイだってそうでしょ!?」

 私も叫び返す。

 突如として階下の音が止む。

 ヒタヒタと階段を上がる足音。

 私達は息を飲み、ボンヤリと紫に光るドアを見つめる。

 バチッ、という音と共にドアは吹き飛ぶ。

 ユラリと男が入ってきた。

 二人同時に武器を構える。

 足が震える。力が入らない。今にも短刀を取り落としてしまいそうだ。

「とにかく、お姉ちゃんは逃げて」

 さっきと打って変わった冷静な声。

「わたしも戦うってば」

 私は気取られぬよう精一杯繕う。

 ユイはちらりとこちらを見る。

 鳥肌が立つ。

 いつもの、おっちょこちょいで天然な妹はそこにはいなかった。その目は氷のようで、怯えている私を刺し殺すかのようだった。

「まともに呪力も扱えないクセに、何を馬鹿なこと言ってんの。足手纏いだから私に見捨てられる前に失せろ、って言ってんのよ」

 ユイは再び前を向く。

「失せろっつってんの!!」

 怒鳴り声。

 私は逃げ出すように窓から飛び降りた。

 そのまま、走り出す。

 靴下にアスファルトが食い込む。息が白い。ぼやけて前が見えない。



 

 どれほど走っただろうか。

 靴下は破れてしまった。冬の空気が肌を刺す。



「ああああああああ!!!」

 ありったけ叫びながら短刀を地に叩きつける。

 カシャン、と音をたてて跳ねた。

 膝から崩れ落ちる。硬い。冷たい。痛い。苦しい。



 どれくらいそのままでいたのだろうか。私はゆっくりと立ち上がった。

 とにかく助けを呼ばないと。

 知り合いの呪術師の家を訪ねて回った。

 どこの家も結界が破られていた。生き物の気配もない。

 中を確認する気にはなれなかった。



 家に戻ったときには、もう空が白んでいた。

『夜明けってのは白んでからが長いんだ。覚悟しろよ』

 唐突に父の言葉を思い出す。

 昔、山へ鍛錬に行ったときに言ってたんだっけ。懐かしいなぁ。

 私は玄関のドアを開ける。


 腕が吹き飛び、胸に大きな穴の空いた母が倒れている。

 コツン、と何かに躓く。見ると、右腕だった。

 私はとうに果てた母を跨ぎ、居間へ入る。

 首から上がなくなった父がいた。首から上はどこへいったんだろう。後で探さなきゃ。

 二回へ上がる。ドアがあった場所をくぐる。


 妹が、いた。

 床に伏せるようにして倒れ、背中には薙刀が突き立っている。

 私は、無造作に薙刀を引き抜く。


「ははは……」

 笑い声が漏れる。

 一度笑い出したら、止まらなかった。

 私は笑う。笑う、笑う、笑う、笑う、嗤う。

 なぜか涙が頬を濡らしていた。

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