第3話
彼が殺してほしいと頼んできたのは、街一番のお金持ちとして知られているウィリアム・レッグだった。彼は古びた自分の財布から、ウィリアムの顔写真を取り出し、その裏にレッグ邸の住所を書いて渡してくれたけれど、そんなものがなくとも私は彼の家を知っていたし、この街では誰もが、彼のことを知っていた。
普通の子なら、もちろん「本当に殺してしまうわけにはいかない」と思うのだろう。
私にもそのことはちゃんとわかっていた。けれど、私は普通の子ではなく、お調子者ワイルダーだ。結果的に私ひとり、孤独に処刑場で銃殺されることになったとしても、私は、人を笑わせなければいけない。そうする以外に、私に生まれてきた価値などないのだから。
それにこんな、シュールで行き当たりばったりで下らない幕の引き方も、悪くないような気がした。少なくとも、八十歳までだらだらと生きて、みっともない姿を晒し、ベッドで遺産を待ちわびる家族に看取られるなんてなんの面白みもない死に方をするより、ずっとインパクトがあって素敵だと思った。クリスマスプレゼントというものが私にもあるのなら、これは私の人生最後にして最大の贈り物だ。
というわけで私は、銃を受け取り鞄にしまうと、悲しげな瞳のサンタクロースといったん別れ、レッグ邸へ向かった。
ウィリアム・レッグがなぜ金持ちになったのかといえば、それは株の取引のおかげだともっぱらの噂だ。去年この街に引っ越してきた彼には、投資の天才的な才能があり、ほとんど家から出てきたりはしない。街の外れにある、外から見てもわかるほど大きな彼の屋敷は、何人もの傭兵上がりの警備員が守っていて、内部には最新の警備システムが山ほど搭載されている。噂ではそういうことらしい。
けれど、そもそも捕まることなんてどうとも思ってないので、私は真正面からクリスマスの挨拶をしに行くことにした。
玄関のドアを叩く、のではなくインターホンを押すと、向こう側の人はすぐに私の姿を見留めたらしく、ほどなくロック解除の音がして、重々しい扉が開いた。
出てきたのは知らない顔ではなかった。私には一目でわかった。警備員の服に身を包んだ彼は、いつかの授業参観に来ていた、とある同級生のお父さんだった。その三つ編みの可愛い同級生は、私の靴を脱がして隠すのが大好きで、靴を履かずに陽気な歌を歌って学校内を歩く私はとても笑えるらしく、そのたびに私は助かっている。こちらが頭を使わなくても勝手に笑ってくれる、お得意様だ。
警備員役は私を見ると幸せそうに目をほころばせ、両手を広げて私を抱きしめた。
「メリークリスマス、おばかなワイルダー」
「メリークリスマス」
私はすかさず銃を男の腹に押し当てた。
「主のところにご案内いただけるかしら?」
警備員役はそれを私の新手のジョークだと思ったらしい。ははは、と軽く笑い、「そう物騒なものを向けないでおくれ、お嬢さん」と言った。
「大人が怒ると、怖いぞ」
「あら、どんなふうに?」
「こんなふうにさ……」
男が腰につけている本物の銃に手を掛けたその瞬間に、私は引き金を引き、撃った。やり方はサンタクロースが教えてくれていた。音はあまりしなかった。きっとサイレンサーがついていたからだろう。
無言で倒れ伏す男に、私は囁いた。
「今日はクリスマスよ。いい子はプレゼントがもらえるの。だから、私もいい子になりたいのよ。笑って許して頂戴ね」
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