第2話
はじめは、どこかのお店で働いている人かと思って近づいた。
なぜならそのサンタクロースは、ひどく疲れた顔をして、白い袋をだらしなく背負い、雪の降りしきる街の中で、道行く人に広告を配っていたのだから。けれど……そんなの誰も受け取らない。だって、今日はクリスマスだ。みんな(普通の日なら快く広告を受け取ってくれたであろう人でも)、このひどい雪の中では、古臭いアンティークショップの広告チラシなんか、気にもとめないに決まっている。
だから私は、そのくたびれたサンタさんに背中から抱きついた。
その人は、はじめはびっくりした顔をしたけれど、すぐに私に微笑んで、「君は誰? お父さんとお母さんは?」と聞いた。
私はにっこりと笑顔になって答えた。
「お父さんとお母さんは、いないわ」
「いない? いないってことはないだろう」
「どっちもお仕事から帰ってきたばかりで、疲れて寝ているの。いわゆる、そういう仕事よ」
私はいつものように、「そういう」をへんに強調して言った。これはいつでも受けを狙える、私の十八番のジョークだった。これを言うと、この街の人で笑わない人はいないのだ。
けれどサンタクロースは、私のその言葉を聞くと、とても悲しげな顔になった。
「そういう冗談は、よくない」
「いいのよ。みんな、笑ってくれるわ。私はそれがうれしいの。人が笑ってくれることが、私の名誉なのよ。なのに、どうしてあなたは笑ってくれないの? 笑う門には福来たる、って言葉を知らないのかしら?」
サンタは真面目な顔で言った。
「笑いたくないときは、笑わなくていい。子供が、無理に大人のまねごとをする必要もない」
私は顔から笑みを吹き消した。そうして、じろじろとサンタのボロボロの赤い服を見つめてから、わざと恭しくお辞儀をした。
「聖ニコラウス様の仰ることは、難しくてとてもわかりません」
サンタクロースは私のジョークに思わず吹き出した後、決まり悪そうに咳払いをした。
「とにかく、こんなところで子供が一人じゃ、危ないだろう。全く、こんな子を放っておくなんて、この街の連中はろくでなしばかりなのか?」
「だって私は、変な男に連れ去られたりしないもの。みんな、信頼しているのよ。このお調子者ワイルダーを」
「なぜ言い切れる?」
「だって誰も、こんな美人でもない、ませて生意気でうるさい多弁症の子を誘拐しようとなんて思わないもの。誘拐されるのは、もっと人形さんみたいに可愛らしくて、無駄なことなんてひとつも喋らない、お姫様みたいな女の子よ」
「……」
そう言うと、サンタクロースは辺りを見回して、誰もいないのを確認すると、私に、白い袋から何かを取り出して手渡した。それを見て私は驚いた。それは拳銃だった。
「殺したい人なんて、いないのよ」
思わず言うと、サンタクロースは生真面目な顔のまま、言った。大の大人が、ちっぽけな子供に過ぎない私に向かって、懇願するような目をしていた。そんな目を向けられたのは、生まれて初めてのことだった。
「お前は、俺を笑わせたいと言ったよな。それが、自分の名誉だと」
「え?」
「それをある男に向けて打っ放してくれたら、俺が心から笑えるようになると言ったら、お前は、奴を殺してくれるか?」
「……」
私には常日頃、心がけているポリシーがある。それはどんな状況であれ会話の時は、気の利いた返し以外は絶対しないこと、だ。こと美人でも、賢くもない私の場合、会話に飽きられてしまったり、つまらない奴だと思われたりすることだけは、どんなときでも避けなければならない。
だから、笑ってこう言った。
「殺すだけでいい?
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