胡蝶の夢
リタ(裏)
胡蝶の夢
「……眩しいなぁ」
木漏れ日が私の顔を灼く。……うーん、ちょっと大げさかな? とにかく、私はその感じが好きじゃなかった。
あ、まずは自己紹介だね? 面倒くさいなぁ…… ううん、私は『フタユビナマケモノ』。言わなくても分かるよ、「ピッタリな名前」だって思ったよね。私が皆にどう思われてるかなんて、だいたい知ってるから。私は確かに“怠け者”かも知れないけど、“間抜け”なんじゃないんだよ。……本当だよ?
で、何の話だっけ? うーん、キリが良いし、ここでおしまいってことで、ダメ? ……ダメかぁ。ツイてないなぁ。
とにかく、眩しいのが嫌で私は別の場所に動こうと思ったんだ。あまり動くのは好きじゃないんだけど、よく眠れないのはもっと嫌だから。「それで、本当に動いたのか?」だって? えーっと、やるぞーって思っていたら、その間にお日様が動いていてね。眩しくなくなっちゃったんだ。あはは、ツイてるよね。その後は、ぼーっと空を見てたんだ。雲を見るのって楽しいんだよ。かたちも色々あるし、なによりお腹が空かないし……
そんなことをしてたら、下から叫び声が聞こえたんだ。あれ、悲鳴って言うんだってね。うるさいなぁって、葉っぱの影から下を覗いてみたんだ。もちろん顔だけ。そしたら、セルリアンと白黒の小っちゃい女の子が目に入った。ミナミコアリクイ、だっけ? その子がセルリアンに襲われてたんだ。追い詰められて、それでも両腕を振り上げて立ち向かって。私は「バカだなぁ」って思ったよ。やっぱり、動き回るとロクな事がないよね。
私はアリクイを放っておいて、雲を見る仕事に戻ろうと思った。そしたらさ、たまたま手が滑って…… 本当に、本当に偶然なんだよ?セルリアンの上に落っこちちゃったんだ。本当、ツイてなかったなぁ…… アリクイの子もびっくりして逃げ出しちゃったし。
セルリアンは馬乗りになった私を振り払おうとして、私の片腕に噛みついた。セルリアンの腕って、ヘビの口みたいなんだよね。知ってた? そう、知ってたかぁ…… 私は「痛いなぁ」って思いながら、噛みつかれた片腕を見てたんだ。血が流れてて、変な風に曲げられてるんだもん。驚いちゃうよね…… くすぐったいような、でも痒いような感じが何だかイヤで、私、思わず爪を振り上げちゃったんだよね。自分でもビックリだよ。指先に“爪の記憶”が現れたんだ。あれってさ、サンドスターが洩れだして眩しいんだよね…… ツイてない、というより最悪だった。今思うと、あの時の私は生まれてはじめて怒ったんだと思う。……多分。おそらく。きっと。
私はその爪で、セルリアンを殴りつけた。そのたびに、セルリアンが大きく揺れた。セルリアンも怒ってたのかな? まぁ、知った事じゃないよね。一回、二回、何回も殴りつけた。そうしたら、セルリアンがもう1本の腕を伸ばしてきたんだ。私はそれに気づかなかった。……のろまだから、じゃないよ。セルリアンは腕をぐるっと回して、私の脇腹に噛みついたんだよ。さすがの私でも、そこからどんどん熱が漏れていくのが分かっちゃった。私は『もういいかな』って、でもせめて最期にってことで、力一杯殴ってやった。そしたらそれがトドメになっちゃって、セルリアンは弾けたよ。……もちろん、私ごとね。あれにはまいったなぁ…… そのまま私は地面に叩きつけられた。正直、何が起こったか私も未だによく分からなくてね。まぁ、そんな大事なことでもないよね……
熱い脇腹を抑えながら、私は近くの木にもたれかかった。歩くのも、木に登るのも面倒だったから。というか、できなかったんだよね。言い訳じゃないよ。その時はすっごく眠くてね。ただ、その場所は太陽がよく当たる場所だった。眩しくてイヤだなぁ、と思ってたよ。でも、それ以上に眠くて仕方なかったんだ…… 結局、私はそのまま眠っちゃった。最期に見た太陽は白かった。
……その後、私は昏々と眠り続けた。どれくらい経ったのか、それは分からない。ただ、夢を見ていたのは憶えているよ。
最初は、ジャガーになった夢。他の動物を襲って食べる、なんてナマケモノの時はやったことがなかったけど、夢の私は上手くやってたなぁ……
次は、シデムシ。ほら、死体に沸く奴らだよ。ジャガーの夢が終わって、気が付いたら今度は腐った肉を齧っていた。それに、真っ暗な土の下にいたんだ。これが案外悪くなかったよ。やっぱり暗い方が落ちつくよね? ……その後? まだ聞きたいの? しょうがないなぁ……
トカゲにもなった。ヤマネコになって跳ねまわったり、ワシになって空も飛んだ。最後は確か、木だったはずだ。目も見えない、音も聞こえない。でも周りのことは分かるんだよね。枝先の葉っぱから、根っこの先までの様子はちゃんと分かっていた。不思議だよねぇ。それに、光と水があれば私は満足できた。『ぐうたらのプロ』としては、ちょっと悔しかった、かな? こんな生き方もあるんだ、ってね。そうそう、たくさんの生きものが木になった私の体をかじっていたよ。虫だったり、動物だったり…… もちろん、ナマケモノもね。
そして、私ははっと目を覚ました。気が付いたら木の上にいたんだ。もしかしたら、寝ぼけていたのかもしれないね。遠くで火山が虹色の煙をあげていた。私は脇腹をさすってみたんだけど、傷痕もなにも残っていなかったんだ。きっと、寝ている間に治っちゃったんだろうね。これもきっと、ぐうたらのおかげだよね。
だから、私はこれまでもこれからも、ずーっとナマケモノでいるつもりなんだよね。ぐうたらなのも悪くない、でしょ?
胡蝶の夢 リタ(裏) @justice_oak
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