#14 磔刑には手順がない
雲母さんの一言は、クラスメイト達に衝撃を与える。ただ、僕はあまり驚けなかった。雲母さんは、犯人をもう既に見つけている。何となくだけど、そんな気がしていた。
僕が問題だと思うのは、彼女のその態度だ。自信なさげで、その一言を発するだけで精一杯の、内気な女の子のような。その態度はおおよそ、僕の知る雲母カリカとは別人だ。
何か、裏でもあるのか。それともただ、真実を追求することに重圧を感じているのか。
そんな内気な彼女の態度は、しかし一瞬で反転する。気づけばいつもの、不敵で神秘的な彼女が戻っていた。
「……犯人の目星はついているわ。明確な根拠もある。ただ、今これを言っても話が飛躍しすぎよね。明くんの殺害方法に話を戻しましょう。そこはわたしも、まだ謎が解けていない。その謎を解くついでに、わたしの目星が正しいか確かめさせてもらうわ」
雲母さんの言葉は、ほとんど独り言に近い。言葉をぶつけるべき目標を見つけられず、照準がさまよっているみたいだ。それでも最後に、彼女のポインターは僕へと行き着いたらしく、雲母さんは僕を見た。
「無花果くん、あなたならもしかしたら、何か思いつくんじゃない? たった五分で、手縄くんを殺害して磔にし、さらにスクリーンに文字を書く方法を」
「……僕に、何が分かるっていうんだよ」
それは、本心から出た言葉だった。雲母さんにすら見当のついていない問題を、どうして僕なんかが解決できるんだ。
それとも、雲母さんには何か確証があるのか? 僕が、答えを見つけることができる確証が。
「無花果さん。諦めたら何も始まりません。とにかく考えましょう」
「抱さん…………」
わたしたちが諦めたら、明さんの仇は誰がとるんですか? 抱さんはつまり、そう言いたいのだ。
…………手縄くんの仇を取ることが、僕にできる唯一のことだった。それを危うく、忘れるところだったのかもしれない。……考えよう。答えはどこかにある。
「みんなに聞きたいんだけど、手縄くんの死体や視聴覚室の状況で、不自然なところは無かった? もし犯人がトリックとやらを仕掛けているのなら、その跡が不自然さとして残ってるんじゃないかな?」
まずは情報を集めないと。僕自身いくつか不自然さには気付いているけど、ここはみんなに言ってもらって、客観的に頭へ入れ直す。ここを突破口にしないと、答えが見つからない。
「ううん? 磔と文字以外でか? 俺は気づかなかったな。紅葉はどうだ?」
五百蔵くんに促されて、鴨脚さんは何かを思い出したようだ。
「不自然な……あ、そうだ! スクリーンに穴が開いてた」
捜査の最後に見つけた、あの穴だ。五百蔵くんは老朽化の結果なんじゃないかと言っていたけど、不自然な点であることには違いない。覚えておこう。
次に言葉を発したのは御手洗くんだ。彼も犯人のトリックを考えながら、僕にヒントをくれた。
「口元のガムテープと頭頂部の傷、か? 明を気絶させたなら、口封じのガムテープは必要ない。加えてさっき気づいたんだが、ガムテープを剥がす必要もなかった。二度手間どこか三度手間だ」
「………………待て」
その声は唐突に聞こえる。雲母さんの後ろ、御巫さんだ。何か思いついたようだけど………………。
「我はスクリーンの文字を見ていない。それを少し、見せろ」
およそ人にものを頼む態度じゃない。それでも抱さんがモニターとデバイスを操って、スクリーンの写真を表示する。鮮やかに赤い文字で、『踏み台と成れ!』とやたら達筆で書かれている。それをじっと見た御巫さんが声を張り上げる。
「やはりそうか…………。どうにも貴様らが、スクリーンの文字に対して何の評価も下さないのが不思議だったのだ」
「どういう意味……じゃなくて意義だ?」
御巫さんの言葉が理解できない。彼女は何を思って、突然スクリーンの画像を見たがったんだ?
僕の言葉に、御巫さんは地面に落ちている塵を見るような目でこちらをねめつける。…………人って、ここまで他人を見下せるものなんだな。
「分からぬか愚民。よく見ろ、このスクリーンに書かれた文字は見事な達筆だ」
「それは、そうなんだけど…………」
字の巧拙なんて人によって違うだろうから、これは別に違和感でも何でもない。そう思った僕は、御巫さんの次の言葉で狼狽する結果となってしまった。
「どうしてこんな達筆で書ける?」
「え………………?」
「見ろ! スクリーンは死体を覆ってしまい、不規則にデコボコだ。それなのにどうしてここまで達筆なのだ? どうしてこう、達筆に書くことができると思う!?」
そう言われて、モニターを見る。そうだ、無駄に達筆だ。スクリーンはデコボコしているのに。
普通、デコボコした表面に文字を書こうとしたら字は崩れる。しかもその原因は死体。柔らかい人体。どれだけ頑張ったって、こんな風に書けるはずがないじゃないか。
なんで今まで、ここに気付かなかった。
「つまり! 犯人は一度スクリーンを外したのだ! それ以外考えられない」
「…………御巫ちゃん、スクリーンは外れないんだよ」
御巫さんの結論の間違いを指摘するのは鴨脚さんに任せて、僕は考えよう。この違和感を。この不自然を。
どうして犯人は、上手にスクリーンへ『踏み台と成れ!』なんて長い文言を書くことができたのか。
「……だ、だったら、手縄さんを殺して、磔にする前にスクリーンに文字を書いたんじゃないかな?」
「肉丸なぁ、あの文字がペンキで書かれたのか手縄の血液で書かれたかは知らねえけど、どっちにせよ乾かねえとスクリーンが邪魔で手縄を後から磔にできねえだろそれじゃ」
肉丸くんのアイデアは、四月朔日くんが否定する。肉丸くんのアイデアは僕も考えたけど、四月朔日くんと同じ理由で却下だ。確かにスクリーンへ文字を書くのに手縄くんの死体が邪魔だというのなら、手縄くんの死体をそこへ磔にする前にスクリーンへ書けばいい。だけど、それだと今度は手縄くんの磔に、垂れ下がったスクリーンが障害になってしまう。文字を書いた直後にスクリーンを巻き取るわけにもいかない。そんなことをしたら文字がぐしゃぐしゃになる。スクリーンの文字にそんな痕跡はどこにもない。
スクリーンを巻き取らずに手縄くんを磔にしようとしても、同様に文字はぐしゃぐしゃになるだろう。スクリーンと黒板の間にはスペースなんてない。手縄くんを磔にする過程でスクリーンをたるませてしまったら、乾ききっていない文字は結局汚れる。今モニターに映っているような綺麗な字にはならない。
スクリーンの文字は、ちゃんと乾燥させられていた。その上で手縄くんを磔にしたということか。僕は殺害から磔、文字という順番だとばかり思っていたけど、実は一番最初にスクリーンへ文字を書く作業があったのか。犯人はきっと、朝早く学校に来てスクリーンへ文字を書いたんだ。一時間目は英語で二時間目が体育なら、誰も視聴覚室へは近づかないし、それが妥当か。
視聴覚室は昇降口ほど風通しも悪くなさそうだから、朝の時間と一時間目の分を合わせれば充分乾きそうだ。
「うーん、んん?」
そこに何か、新しい違和感が生まれる。それは、順番。
「………………あれ? 手縄くんあんなに出血してるのに、血溜まりは視聴覚室の、黒板の前しかできてないよ、な」
「え、九くん何か言った?」
小さすぎるその声は、隣にいる鴨脚さんや五百蔵くんにすら聞こえなかった。それでもその一言は、僕の思考をグルグル回す。頭のどこかで、歯車のかみ合う音が聞こえる。
「なんでだろう? いや、先に手縄くんは気絶してたみたいだからあちこちに血痕があるのもおかしい…………。それでも変だ。何が変って…………」
手縄くんの顔に、ほとんど血痕がないことが、だ。手縄くんは殺害される前に、頭を殴られて気絶させられていた? なら手縄くんは、死ぬ前にどんな体勢だった?
「仰向け、だよね。横向きに寝転がってたっていうのは不自然だ。うつ伏せなんて論外」
手縄くんが胸を刺されて死んでいる。まさか手縄くんを殺そうとする犯人が、わざわざ刺しにくいところを刺すとは思えない。刺しやすく、致命傷になりやすいから、胸を刺すんだ。それは要するに、手縄くんが仰向けに倒れていたということだ。
「でも、手縄くんの顔にほとんど血痕が無い」
これは『経験則』から推測できることだが、手縄くんの顔にほとんど血が付いていないのはおかしいのだ。仰向けに倒れて、胸を刺される。血は、あの血溜まりを思えば、噴水のように出たに違いない。それならば、手縄くんは体といわず顔といわず、全身が血で濡れていないとおかしい。
そして、そうならないとおかしい状況下で『そうなっていない』のは、『そうならない』理由があったからだ。
「たとえば手縄くんの顔に布でもかければ、血はつかない」
布を顔に掛けてしえば完全に、出血で顔が汚れるのはガードできる。…………そうじゃない。だって、僅かには血が付いていた。完全ガードじゃ駄目だ。
考えられる可能性は、たったひとつ。
仰向けじゃなかった。それに尽きる。
そしてさらにこそから、考えられる可能性。
「どうして僕たちは、殺害された後で磔にされたと思ったんだ………………!?」
独り言のつもりだったけど、意外と大きな声が出てしまった。全員の注目が自分へと注がれるのが、嫌でも分かる。まだ考えて煮詰めないといけない推理だけど、こうなったらみんなに聞こう。その方が、もし勘違いがあった時に、修正してもらえそうだ。
「え、えっと、だからつまり、僕たちはどうして手縄くんの磔が、殺害の後だと思ったんだろうって、ね」
「…………それよ。それがきっと、正しい答え」
雲母さんが、僕のこんな考えに賛同してくれる。彼女の静かな興奮が伝わってくる。こんな、興奮するタイプには思えないのに。そんなに、彼女の求める真実に、僕は近づいているのか?
「思えば、明くんが殺害された後で磔にされた証拠なんて、どこにもなかったわ。どうしてわたしたちは、こんなことに気付かなかったの?」
「くそっ! 盲点だった。こんな初歩的なミスをするなんて!」
御手洗くんの、悔しがる声が聞こえる。え、えっと、僕もちょっと盲点だった考え方だとは思ったけど、まだこれが正しいとは限らないんじゃ…………。
「そうです! 無花果さんの考え方で合ってると思います! わたしたちは昨日の六時間目に、赤ペン先生から魔女狩りについて聞きました。そこでは両面をグリルされた人が、その後十日間は磔にされた話もあります。その話が頭の中にあったせいで、殺害から磔の順番を疑うこともしなかったのかもしれません!」
「抱さんまで…………まだ正しいって確証はないんだよ」
…………それでも、これは突破口だ。どうしても抜け出せなかった時間の穴。この考え方なら、もしかしてそこを突っ切れる?
失敗してもいい。今はこの考え方に沿って、作り直すんだ。手縄くん殺害の、本当の手順を。
「とりあえず、この考え方が正しいのかどうか、手縄くんが殺害された順番を考え直しながら確かめよう。まず、犯人は視聴覚室のスクリーンに文字を書いたんだ。この作業は手縄くんを磔にする前に、かなりゆとりを持ってやらないと駄目だ。字が乾かないからね。だからたぶん、昨日だ。昨日の放課後、ほとんど校舎にクラスメイトが残っていない状態で、犯人は行動したんだ」
「あの赤い文字は、明の血で書かれてるんじゃないのか?」
五百蔵くんが、僕の言葉に否定を入れる。それこそが重要だ。その否定を切り返して、さらにこの推理を強固にする。
「スクリーンの文字は、鮮やかな赤色だ。それに比べて、乾いた血溜まりの色は赤というか、ほとんど黒だよね。血液はどうも、乾いて固まると赤色というよりは黒色になるみたいなんだ。だからきっと、スクリーンの文字はペンキなんじゃないかな? どのみち、文字に使われた塗料の成分を鑑定できない僕たち相手になら、どうとでも偽装が効くよ」
だからここは、明確な根拠は無くても、ペンキだと言い張ったって問題ない。どうとでも偽れるなら、そこまで追求する必要が無い。本当は、捜査中にペンキを探せると良かったんだけどね。
遊馬くんがデバイスを捜査して、スクリーンの文字と一緒に血溜まりが写っている写真を表示する。スクリーンの文字の綺麗な赤に比べれば、血溜まりは赤色なのかも怪しいくらいだ。
「僕も九くんが言うように、スクリーンの文字はペンキだと思う。同じ血液なら、乾いた場所が違うとはいえ、ここまで色に違いがあるのは奇妙だ」
「そうだな…………ここまで違うとそんな気がするな」
五百蔵くんも写真を見て、反論を収めた。
「続けるよ。スクリーンの文字は一晩も置かれれば、さすがに乾く。犯人はそのスクリーンを一度巻き取り、視聴覚室で手縄くんを待ち受けた。今から思えば、赤ペン先生は手縄くんが欠席したとは言ってなかったけど、同時に遅刻したとも言ってなかった。手縄くんは朝のHRが始まる前に学校にはいたんだよ。だから、遅刻でもない。
犯人は理由をつけて手縄くんを、他の生徒が誰も来ないくらい朝早くにおびき寄せたんだ。ここからは推測だけど、犯人は『草霞野球団の一件』を利用したんじゃないかな? 手縄くんはそのことを、意外に気にしてたみたいだから」
意外になんてものじゃなく、滅茶苦茶気にしてた。その事件のために彼は、周囲と壁を作ってた。
「…………無花果さん、犯人はどうやって、手縄さんにアポを取ったんでしょう? 明さんは学校が終わるとすぐに帰ってしまってました」
抱さんの疑問も当然だ。ただ、ここら辺の細かいことは推測でしか答えられないのが辛い。こんなことなら、捜査中にここまで気づいておくべきだった。そうすれば、犯人が手縄くんとアポを取った方法が、もっと確実なものなったのに。
「これも推測だけど、手縄くんがすぐ帰るなら、直接彼に言わない方法しかないと思う」
「…………手紙、ですか!? 鴻巣先生と同じように」
「うん。それなら必要なことは確実に相手へ伝えられるし、手縄くんを二人きりの時に捕まえる手間は省ける。ともかく、そうやって手縄くんをおびき寄せた犯人は、ハンマーで手縄くんの頭を殴って気絶させたんだ。鴻巣先生が見つけて阿比留さんが取りに行った、あのハンマーで」
阿比留さんが写真をモニターへ映す。煤汚れがある以外は、変哲もないハンマー。柄には『美術室』と書かれたラベルが貼ってある。
「あっ! もしかして九、あんたこれならハンマーの処分問題も解決するでしょ!?」
阿比留さんの言うハンマーの処分問題というのは、ハンマーを捨てる時間帯の問題だ。鴻巣先生は手紙の指示に従って、授業開始から二十分後に焼却炉向かい、そこで焼却炉に捨てられたハンマーを見つける。そうなると、ハンマーが捨てられたのはそれより前ということになる。そして僕以外のふたり、五百蔵くんと遊馬くんの自由時間はそれより後。ハンマーは処分できない。ハンマーを処分できる容疑者は僕だけ。
それもまた、僕が犯人だとみんなに疑われる原因のひとつだった。
「そうだよ。ハンマーを使ったのは、体育の時間中じゃなかった。今朝だったんだ。それなら鴻巣先生が二時間目のいつに焼却炉に着こうが関係ない。犯人は余裕綽々で、使い終わったハンマーを焼却炉に捨てることができた。きっと犯人は、手縄くんを磔にして口にガムテープを貼った後で、ハンマーの処分に向かったんだよ。口にガムテープを貼ったのは、目覚めた手縄くんが叫ぶと困るからだよ。御手洗くん、これで不自然な二度手間の謎も分かったよ」
「無花果の言うとおりだ…………。それなら、俺の疑問は解決する」
気絶させてから殺害までに、かなり間があったんだ。そうなると手縄くんが気絶から目覚める可能性がある。手縄くんが叫んで助けを呼ばれると、犯人の計画は瓦解する。そのために口封じとして、ガムテープは必須だ。
「…………そしたら、いよいよ最後の大詰めだ。犯人は二時間目の途中、理由を付けて体育を抜け出した。この理由ってやつはなんでも良かった。ちょうど肉丸くんが転んだこともあって、犯人はそれを利用したんだ。保健室に向かったのはふたり、五百蔵くんと遊馬くんだ。ふたりは保健室に肉丸くんを運んだら、それぞれ別行動をとった。その時間は約五分と短いものだったけど、それでも構わない。返り血はともかくとして、磔はあらかじめ終わってたんだから。口元のガムテープを剥がして、手縄くんの胸に包丁を刺して戻るだけなら、五分で充分だ。包丁はあらかじめ、視聴覚室に置いておけば済む」
口元のガムテープは回収の必要がある。磔したうえでガムテープなんて貼ってたら、どうしたって拘束した上で殺害したように見えてしまう。殺害と磔の順番を誤認させるためには、ガムテープは無い方がベストだ。結局、貼ってあったのはバレてしまっているけど、その一手間で誤認には成功しているわけだ。
返り血は、別のトリックがあるのだと思う。返り血のトリックを含めても、五分で殺害は事足りた。そういうことなんだ。返り血の処理方法以外は全部、綺麗に筋が通った。
「いやー。急に真相に近づいたような雰囲気が出てきました! 犯人は誰なんでしょうね」
赤ペン先生の、緊張感のない合成音声の茶々は無視する。返り血のトリックはまだ分からない。ここは、分かることから始めたい。
「雲母さん…………そろそろ教えてくれないかな? 犯人の目星っていうのを。もうそこまで、飛躍した話じゃないと思うんだ」
「そうね………………」
雲母さんは唇に手を当てて、考える。ここは僕の推理と彼女の警戒心の勝負だ。雲母さんは僕の推理をどこまで信じてくれるのか、そこにすべてがかかっている。伸るか反るかの勝負。
彼女の出した結論は、半々だった。
「いいけど、もうあなたなら分かるんじゃないかしら。推理してみなさい」
「え、えっと、そういう暇はないんじゃ…………」
雲母さんの言葉の、意図が見えない。見えたことなんて一度もないけど。
「当たっても外れても、わたしの目星と証拠は教えてあげるわ。だからとにかく、推理してみて」
「わ、分かった…………」
どの道教えてくれるならこの行いに意味なんて――――意義なんてなさそうだ。でも今はグダグダ言い合ってる場合じゃない。僕が推理すれば教えてくれるというのだ。素直に従おう。
「ちなみに、その証拠っていうのは、形ある物なんだよね?」
「ええ。写真も撮ってあるわ。もっとも、写真でどれほどの意味があるかは定かじゃないけど」
「……………………?」
混乱させるようなこと言うなぁもう。とにかく、推理に集中だ。
雲母さんが目星を付けた犯人っていうのは、五百蔵くんか遊馬くんだ。これは確実。今までの流れを一切訂正しなかったということは、彼女は僕の考えが間違っているとは思っていない。その上で僕にも分かると言った。だから僕の考えに従い、犯人はそのふたりの内の誰かというのが分かる。
証拠、だ。問題は証拠。ここまではほとんど完璧と言ってもいい犯行をしでかした犯人が残したという証拠は何だ?
偶然が絡めば計画じゃなくなる、だっけ? 抱さんが言ってたのは。これだけ計画を立てた犯人がもし証拠を残すとすれば、それは偶然起きた事態を回避するためにとった、計画外の行動にあるのかも。
良い線行ってるんじゃないかな? ちょっとこの考え方を進めよう。今日起きた偶然はなんだ? あ、そうだ、まず僕が体調不良で体育を休んだのが、犯人にとっては一番の偶然だ。だって、僕が保健室にいなければ、一番怪しいのはひとり保健室にいた肉丸くんということになる。今まで僕が推理した方法が肉丸くんでも可能になるんだから、むしろ犯人が望んでいたのはそっちのパターンだったのかもしれない。
どの道僕が容疑を一身に被っていたから、犯人にとってはうれしい誤算だ。この偶然から、犯人が証拠を落とすとは考えられない。
他に、今日あった偶然は? 肉丸くんが転んだのも偶然と言えるけど、それも犯人にとってはうれしい誤算。そうじゃない。犯人がアクティブな行動を取らざるを得ない偶然の事態。それこそが、犯人が証拠を落とす唯一無二の隙。
「………………あ」
そこで僕は気づく。今日の一番初めに起きた、偶然の出来事。それが分かると、一気に犯人まで、僕の思考は突き進んだ。
もう、これ以外に考えられない。断言していい。これが真実だ。
「雲母さんが写真に収めた証拠は、靴だね?」
僕のその言葉に、雲母さんはしっかりと頷いた。その目に宿る青い冷たさは、消えた。
答えはすべて見えた。
「君が犯人だったんだ」
僕の右手は、右隣にいる生徒を指し示す。
時計回りに名簿順で並んだ円。僕の右隣は、彼しかいない。
「五百蔵武くん。君が、手縄くんを殺したんだ」
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