#13 犯人の目星はついている
北花加護中学は三階建ての校舎だ。
しかし、中央の部分だけ盛り上がって、四階建てになっている。中央昇降口の近くにある階段から上ると、その部分に着く。
そこは屋上へ行くための鉄の扉と、もうひとつの扉がある。
木でできた、高級かつ重厚そうな扉だ。両開きになっていて、全開にすれば出入り口はかなり広そうだ。たぶん、僕たち三十三人が雪崩れこんだとしても渋滞はしないだろう。
そして、今僕たちがいるスペースも広い。木製の扉の前のスペースは、僕たちが普段使っている教室よりも一回り大きいくらいだ。全員がそこに集合しても、窮屈だとは感じない。
「こんな場所が、この学校にあったの…………?」
阿比留さんは知らなかったのか、驚きの声を上げた。まだ学校が始まってから一週間弱しか経過していないこともあって、この四階の存在を知っている生徒は少なかった。視聴覚室ですら、僕は事件があって初めて入った。まだ校内の至る場所が、未開の地だ。
ぐるりと、ここにいる全員を見渡す。この中に、犯人がいる。『義務殺人』のルールからすれば、外部犯というのはあり得ない。絶対にこの中に、手縄くんを殺した犯人がいる。
同時に、僕は強烈な視線を感じる。それはクラスメイトの全員から向けられる、疑いの目。そう。この事件で一番犯人の疑いがあるのは、僕なのだ。
僕は犯人じゃない。
一番怪しいのは最早否定のしようがない。そこはもう諦めた。それでも、最後の一線は未だに守り続けていた。疑われる重圧からやってもいない罪を自白してしまう容疑者の話はよく聞くけど、今はその人の気持ちがよく分かる。もう罪を認めた方が楽なんじゃないかと思えてしまう。でも、駄目だ。
僕がやるべきことは、事件の真相を解き明かすこと。人の死を、手縄くんの死を悲しむことも悔やむこともできない僕に残された、唯一できること。それを果たす。
「全員集まったみたいだね。鍵は開いてるから入ってきてよ」
天井のスピーカーから、赤ペン先生の声が聞こえる。赤ペン先生は既に、扉の向こうにいるみたいだ。
先頭にいた遊馬くんがゆっくりと扉を開き、中へと入る。雲母さんや御手洗くんが、その後に続く。
僕も続いて入ると、ついに部屋の全貌が明らかになる。
「…………これは?」
僕の目に映ったのは、異様な光景だった。
僕たちの普段使っているような、教室にある机が、円形に並べられていた。円は二重になっていて、内側の円は外側の円より低くなっている。椅子は無い。
さらに奇妙なのは、その机の上にモニターがあること。机は教室と同じなのに、このモニターは不釣り合いだ。
そして赤ペン先生は、外側の円の、教卓のような机の前にいた。丁度、僕たちの入ってきた扉とは反対側だ。赤ペン先生の隣には、鴻巣先生の姿もあった。
赤ペン先生の後ろには、巨大な液晶画面がある。黒板のある位置よりは高いところに設置されているけど、教卓の後ろにあると黒板みたいだ。
「はいはーい。みんな机の上にあるモニターの番号に従って位置についてね。一番から十二番の人は内側の円。それ以外の人は外側の円だよ」
目の前の階段を下りて、一段低くなった内側の席へ行く。どうも時計回りに並んでいるみたいだ。一番の遊馬くんが十二時の位置にいるから、時計の順番からひとつずつずれるけど。僕の位置は時計の文字盤なら『3』があるところだ。正面に、雲母さんが見える。僕の両隣には五百蔵くんと鴨脚さんがいる。そして後ろを振り返ると、小さな女子生徒の横の席が空いていた。
あそこは、手縄くんの場所か………………。
「そっか、あくまでHRなんだね…………」
隣の鴨脚さんが、ボソッと声を漏らした。机に対する感想のようだ。他にも床も壁も、普通の教室のような造りになっている。窓が無かったり、黒板の代わりに液晶画面があったり、普通の教室と違う部分はあるが、教室をイメージして造られているのは一目瞭然だ。
「それではみなさん、ちゃんと立ち位置についたみたいなんで、早速『緊急HR』を始めたいところなんですけど…………」
赤ペン先生の声が、遊馬くんの後ろから聞こえる。しかも少し高い。赤ペン先生はいつの間にやら取り出した羊羹を齧りながら話す。今日の羊羹も、白色に濃い緑色がところどころ見える。あの羊羹、赤ペン先生の好物みたいだ。
「その前に『緊急HR』のルールを説明しないとね。まあ、ルールって言っても、みんなで話し合って犯人を決めるだけだから、そんなに構えなくてもいいよ。最終的に話がまとまったところで多数決になるから、そのつもりでね」
「…………ペナルティはどうなっているんですか?」
その言葉を発したのは、抱さんだった。抱さんは鴨脚さんのふたつ隣で、遊馬くんの反対側にいた。それはつまり、彼女は赤ペン先生と正対しているということだ。
「正しい犯人が多数決で選ばれた場合は警察行きなんでしょうけど…………もし間違った犯人を多数決で選んでしまったら、どうなるんですか?」
「どうもならないですよ」
赤ペン先生の回答は簡潔だった。
「間違って犯人だと指摘された人も、指摘してしまった人も、特にペナルティはありません。ペナルティがあるのは、多数決で選ばれちゃった本当の犯人さんだけです」
「それじゃあ、別に俺たちは正しい犯人を必死こいて考えなくてもいいってことかよ!」
叫んだのは五百蔵くんだ。彼にはその処遇が意外だったみたいだけど、僕はそんなところだろうと予想していた。一年間何もしなかったところでお咎め無しなのだ。それくらいじゃ、ペナルティの対象になりそうもなかった。
「このプログラムの開発者曰く、この緊急HRで自発的に捜査すれば、それが次の『自発的な行動』に繋がるんだってさ。少しずつ、自分の意志で動けるようになるのかな? できれば捜査も自発的にしてほしいから、間違った犯人を指摘してもペナルティは無しです」
「……ってことは、俺たちは適当に多数決を取ったってよかったじゃねえか。なんでこんな面倒なこと」
「まあまあ五百蔵くん。そんなつれないこと言わないでよー。活躍した生徒には、ご褒美をあげちゃうからさ」
…………ご褒美? その単語に引っ掛かりを感じる。まさか『環境の整備』ってことはないよな……。じゃあ、何なんだろう、赤ペン先生が用意するご褒美って。…………いや、きっと興味を一瞬でも抱いたことを後悔するような、ろくでもないものかもしれない。羊羹の詰め合わせとか。
まだ羊羹の詰め合わせなら平和だ。通常なら手に入らない凶器とかだったら、どうしよう。
「実は緊急HRごとにMVPを決定できるんだよね。そして、MVPに選ばれた生徒にはご褒美が用意されているんだよ。ご褒美は『義務殺人』で必ず役立つものだから、みんな頑張ってね。でも、みんなが適当に緊急HRをすると、MVPを選べなくなっちゃうですよねー」
「ご褒美が何かは知りませんが、そんなのは関係ありません。わたしは、やります」
「当然じゃない。犯人は絶対に暴いてみせるわ」
「同感だな。真相が闇の中じゃ、どうにも落ち着きが悪い」
抱さんが強く言い切る。その言葉に乗るように、雲母さんと御手洗くんも決意を示す。五百蔵くんは面倒そうに頭を掻きながら、それでも三人の言葉に賛同した。
「分かった、やりゃいいんだろ。あんなやつでも、クラスメイトだったことには変わりないんだもんな」
五百蔵くんの一言が最終的なクラス全体の流れを作り出す。大半が五百蔵くんと同じくこの緊急HRを面倒がっていたけど、その五百蔵くんが決心したことで、みんなも少しはやる気になってくれたみたいだ。
相変わらず僕に疑いの視線が向けられているのは、気持ちが悪かったけど。みんながやる気になったせいで、逆にその視線は強くなっていた。
「それでは始めましょー! まずは軽く、事件の概要でもおさらいしましょうか」
「それなら、無花果くん、あなたがやりなさい」
雲母さんが僕に指示した。
「たぶん今回の事件は、あなたが一番流れを理解しやすい位置にいたはずよ」
「……雲母さんが言うなら、やってみるよ」
おさらい。みんなで事件の流れを確認して、共通認識を持つのが目的だ。せっかく議論しようっていうのに、事件の流れすら知らない生徒がいたらお話にならない。
確認だけじゃなく、雲母さんは僕に喋らせることで、僕に怪しい何かがないか確認しようとしている。犯人ならではの齟齬が、出てこないか。
御手洗くんもどうやらそのつもりのようだ。ここは雲母さんの指示に従って、普通におさらいをしよう。これで容疑が少しでも軽くなればこっちのものだ。推理に長けていそうなふたりの協力が得られれば、解決も難しくない。
「…………手縄くんが今朝、学校に来なかったところから話した方がいいかな? 僕たちは彼が欠席したと思っていたけど、思い返してみれば赤ペン先生は何も言ってなかったね。その後、普通に一時間目を過ごしてから、二時間目の体育になった。男子は運動場へ、女子は体育館へと向かったんだ。僕は今朝から体調が悪くて、体育は休んで保健室に行くことにした。僕が保健室に着いたころには、既に鴻巣先生はいなかったよ。
体育が始まって三十分くらい経った時に、五百蔵くんと遊馬くん、そして肉丸くんが保健室に来た。どうも肉丸くんが授業中に盛大に転んだらしいね。そうそう、三人は保健室に備え付けられた専用の出入り口から入ってきたよ。保健室には外から入れるように扉がついているんだ。そして肉丸くんを送り届けた遊馬くんは鴻巣先生を呼びに体育館へ向かって、五百蔵くんは運動場へ戻った。
でも、五分くらいしたところで遊馬くんが戻ってきたんだ。遊馬くん、今度は東側昇降口から入ってきたみたいだった。鴻巣先生が体育館にいなかったとかで、遊馬くんは先生を探していた。僕は体調が大方回復していたから、遊馬くんを手伝って鴻巣先生を探すことにしたんだ。肉丸くんは先生が戻ってくるかもしれないから、そのまま保健室に残ったよ。
遊馬くんと中央昇降口の辺りまで来たんだけど、そこの床は濡れていたんだ。肉丸くんが今朝、花壇に水をやる時にうっかりホースを暴走させちゃったみたいで…………。床は雑巾で拭いたんだろうけど、まだ水気が残っていた。遊馬くんは上履きを履いてなかったから、そこを横切ろうとすると靴下が濡れるんだ。運よく階段の前だけは濡れてなかったから、遊馬くんは二階に上がって迂回する形で教室を目指すことにした。
僕も一緒に二階へ上がったんだけど、そこで――――」
どうやって話そうか、一瞬悩む。嫌な予感がしたから視聴覚室に行くことにしたって、怪しさ満点の説明じゃないか。僕が視聴覚室に手縄くんの死体があることを知っていて、遊馬くんをおびき寄せたみたいだ。
でも遊馬くんには『嫌な予感』と既に説明してしまっている。ここで話を変えてしまうと、遊馬くんに怪しまれそうだった。もう嫌疑はかかりまくっているから、気にせずちゃんと話そう。嫌な予感がしたのは事実だ。
「――――嫌な予感がしたんだ。みんなは笑うかもしれないけど、僕は嫌な予感を天気予報程度に信じてるんだ。遊馬くんと一緒に、僕は嫌な予感がする視聴覚室へ向かった。視聴覚室に入ったところでは、まだ手縄くんの死体は見えなかったよ。体育館でみんなが見た映像のようにはね。大きな赤い文字で『踏み台と成れ!』と書かれたスクリーンが、手縄くんに掛かっていて隠れてたんだ。スクリーンの歪な膨らみに気付いた僕は、スクリーンを上げてみたんだ。すると、そこに、手縄くんの死体があった。
…………と、こんな感じでいいかな、雲母さん」
「ええ、そうね。耕一くんに武くんと枇杷くん、無花果くんの説明に齟齬は無かったかしら?」
尋ねられた三人は一様に頷いた。良かった。変な説明はしなかったみたいだ。
「僕が聞いたところでは、九くんの説明に変な個所は見られない。『嫌な予感』も、実際に九くんが説明した通りなんだ」
遊馬くんが僕の説明の信憑性を補強してくれる。しかしそれでも、怪しいことは怪しい。五百蔵くんが指摘する。
「嫌な予感、ねえ。それって無花果が視聴覚室に行く口実だったんじゃねえのか? ていうか、無花果、俺はお前が犯人だとしか考えられねえよ」
「…………そうだね。僕自身も、それには賛成だ」
あえて五百蔵くんの言葉に、僕は賛同する。周りのクラスメイト達がざわつきだすのが聞こえる。ここはあえて勝負だ。揺さぶって、注目されて、僕の発言自体の存在感を強める。
「五百蔵くん、それでももう少し幅を広げてみようよ。容疑者の幅を」
「容疑者の幅?」
僕の言葉に反応したのは、五百蔵くんではなく阿比留さんだ。なぜ彼女が反応する!
「もしかしてあんた、女子を容疑者に含めようって気? 残念だけど、女子は誰一人体育館から出てないよ! それとも、あたしたち全員が口裏合わせてるとでも言い出すの?」
「さすがにそこまでは言わないよ。女子はたぶん、今回の事件には関係ない。幾ら疑惑を一身に浴びてる僕でも、そこまで飛躍した考えはしない。ここで怪しむべきは、男子生徒だ」
男子勢のざわつきは、一層大きくなる。今まで蚊帳の外でのうのうとしていたつもりが、一気に事件の容疑者に組み込まれるのだ。心穏やかじゃないだろう。
それが僕の目的だ。どうしても事件を、自分事として受け止めてもらわないと困るのだ。
一方の女子たちも、阿比留さんによって一括りされたことで、事件へ一気に接近する。もうこの場の誰もが、事件の当事者になる。そうでないと駄目だ。
最終的な決定は多数決。いくら僕が真実に気付いても、多数の目が疑惑に霞んでいたら報われない。疑惑は真実よりも強く、その人の心を縛る。どれだけ筋の通った理論も、曲がり切った疑惑を打ち破れない。
こいつは悪いやつに決まっている。『草霞野球団の一件』が手縄くんにもたらしたのも、これに類する苦労だったのかもしれない。本人がいくら真面目で大人しい人間だったとしても、そんな真実は過去の事件という疑惑が打ち砕く。
今の内からみんなの目を晴らしておかないと、答えを見つけたところで、多数決には負けましたなんて笑えないオチが待っている。
疑惑を晴らすには、その疑惑を本人にぶつけるのが手っ取り早い。他人を疑うのは平気でも、自分が疑われるのはみんな嫌いだ。疑惑を晴らそうとする。そうやって頭を少しでも働かせてくれれば、疑惑はすんなり晴れてくれる。
「おいおい、何言ってんだコイツ」
あまり聞きなれない声が聞こえた。鴻巣先生の隣の席からだ。そちらを見ると、真っ赤な男がいた。
「
真っ赤なつなぎに真っ赤な髪。頭にはバンダナを巻いていて、それも赤い。面倒そうな顔つきでこちらを見ている。体の線が細く髪も長いせいで女子と間違えてしまいそうだけど、彼は男だ。
四月朔日動力。彼は捜査をしていない生徒のひとりだ。それでも何か、反論できる材料でもあるのか。
「お前が犯人なんだろ? いい加減諦めろよ。容疑者の幅を広げるっつったって、お前以外に手縄を殺せたやつなんていなかったぞ」
「我もその男に賛成だ。貴様以外、このような悪事に手を染めることのできる蛮族はいない!」
「えっと………………」
なんか変なのまで出てきたー! ちょうど雲母さんの後ろにいた女子生徒だ。四月朔日くんとは対照的に、彼女は真っ白だ。髪は脱色でもしているのか。肌も白いし、着てるのは巫女装束だし。
巫女装束! 彼女は僕が見た限り、それをいつも着ていた。そんなものを普段着にしている人間を、僕は今まで見たことも聞いたこともない。喋り方も変だ。これが噂の…………えー、何とか病?
後で鴻巣先生にでも聞こう。精神疾患のひとつだったような…………。どうも記憶が曖昧だ。
「…………なんか分かりにくかったけど、
名前は御巫巫女、だったな。まだ一週間程度じゃ、クラスメイト全員の名前を覚えられない。
「そこの全身悪趣味レッド! あんたはまともに捜査してないんだから黙ってなさい!」
「御巫さんも、少し落ち着こう」
ふたりは阿比留さんと遊馬くんにストップをかけられた。このふたりは明確な根拠があって僕を犯人だと言っているわけじゃない。だからその制止は正しい。
それにしても阿比留さん、やっぱ男子に厳しいなあ。
ふたりは制止できたから、先へ進もう。容疑者の幅について、僕の話が途中だった。
「…………じゃあ、先を続けていいかな? 容疑者の幅を広げようって話だったね。女子はお互いがアリバイを主張しているから、容疑者の枠には入らない。男子も、基本的には同じだ。でも、例外的な生徒が三人いたよね」
「……俺たちのことかよ」
分かっていたこととはいえ、容疑者扱いはあまり心地よくない。五百蔵くんは苦々しげな顔をする。遊馬くんは自分の無実を信じているのか、表情を変えない。
間違って犯人だと指摘されたところで、ペナルティはない。そういう目線に立ってみれば、遊馬くんの反応は当然とも言える。焦る必要が無いからだ。疑われたという嫌悪感は残るけど、彼は必要な疑惑だと思ってくれているようだ。
「残念だけどね。五百蔵くん、僕以外の容疑者がいるとするなら、それは君と遊馬くんだ。君たちは体育が始まってから三十分後くらいに、肉丸くんをつれて保健室に来た。そしてそこから先は、ひとりになって別行動をとった。その僅かな時間だけ、君たちふたりにはアリバイが無いんだ」
「それなら、枇杷のやつも容疑者なんじゃないのか?」
「ぼ、ぼくですか!?」
いきなりやり玉に挙げられて、肉丸くんは素っ頓狂な声を出した。肉丸くんの容疑を払拭したのは御手洗くんだった。
「それは考えにくいな。枇杷は足を軽く引きずっていた。無花果たちが視聴覚室に向かう間だけひとりになったとはいえ、その足じゃ先回りして明を殺害するのは難しい。よしんば怪我が演技だとしても、ギリギリすぎる。枇杷には五分どころか、一分も時間が無かったんだぞ」
その台詞の後を受けて、抱さんが発言する。
「では今のところ、その三人の中に犯人がいると思って話を進めてもよさそうですね」
「そうだな。もっとも、この三人の中に犯人がいるのは確定じゃない。ただ、可能性を広げ過ぎても収拾がつかない。暫定的にそう思って、推理を進めよう」
ここから先の議論の方針は、大方決まったな。僕もとどのつまり、遊馬くんか五百蔵くんしか容疑者はいないと思う。その可能性ばかりに気を取られて視野が狭くなるのは避けたいけど、御手洗くんの言うように可能性を広げ過ぎても迷う。議論がよっぽど詰まらないかぎりは、このふたり以外(他の人から見るなら、三人)の可能性は切り捨てる。
方針がまとまったところで、赤ペン先生が進行を進める。
「じゃあ、先生もそんな感じで進めたいと思いまーす。それでは、さっそく疑問点を話し合いましょー!」
「疑問点っつうなら、ひとつ、あるぞ」
四月朔日くんが、のっそりと喋った。さっきとはえらい違いだ。まるで地雷原を歩いているようなのろさだ。さっき阿比留さんに手厳しく言われたのが応えているのかも。彼も阿比留さんが苦手になったらしい。
「九の言ったことが正しいなら、遊馬は鴻巣先生を探して体育館に行った後で、いなかったから一度保健室に戻ってきたんだよな。どうして女子の体育を見ていた鴻巣先生が、体育館にいないんだよ。それこそ遊馬の嘘なんじゃないか?」
その疑問はもっともというか、まず捜査をしていなくて情報も頭に入れていない四月朔日くんからすれば自然なハテナだ。遊馬くんが犯人なら、そうやって嘘をつけば少しはひとりになる時間を稼げる。
それに反論したのは鴨脚さんだ。
「それは違うよ。ちゃんと遊馬くんは体育館に来たし、鴻巣先生も途中で体育館を出てったんだよ。ですよね、鴻巣先生」
「そうね。実は手紙をもらっちゃって。そうそう、こうやって操作すると、画面に写真やメモを出せるから……っと」
鴻巣先生は手元の画面を触る。すると、僕たちの画面に、鴻巣先生がもらったという手紙の写真が映し出された。赤ペン先生の後ろにある液晶画面にも、同じ写真が出ている。
「デバイスと机の上のモニターは無線で繋がってるから、こうやって自分の撮影した写真とかを出せるのよ」
それは最初に言うべきでは?
「……で、この手紙には『二時間目が始まってから二十分後に、校舎裏の焼却炉まで来てください。相談したいことがあります』って書いてあるわ。わたしはこの手紙のとおり、焼却炉に行ったの。そしたら誰もいなかった…………」
そこから推察される事実はひとつだけだ。雲母さんがそれを述べる。
「つまり、この手紙は鴻巣先生を体育館からおびき寄せる罠だった公算が高いってことね。容疑者の内、誰が犯人だったところで、鴻巣先生は体育館にいなかった方がいいのよ。無花果くんと武くんは耕一くんをひとりにさせて嫌疑をかけられる。耕一くんは、ひとりになる可能性と時間が増えるから」
鴻巣先生が体育館にいるよりは、どこか見当もつかない場所に居てくれた方が犯人にとっては安全だった。僕や五百蔵くんが犯人の立場なら、容疑者がひとりでも増えた方が安心だ。体育を欠席したり途中で抜けたりと、あからさまに怪しい行動をとっている分、そういう安全策がほしくなる。
遊馬くんが犯人なら、鴻巣先生を探すという名目でひとりきりになれる。一度体育館に顔を出して女子たちに見られれば、信憑性は増す。どちらにせよ、鴻巣先生を体育館から遠ざける手紙を書いたのは犯人と考えていい。
もし他の誰かがいるなら、今になっても名乗り出ないのは変だ。怪しまれるのが嫌なのか? しかし、手紙を書きました、ならあなたも容疑者です。そんな短絡的なことにはならない。それはここまでのHRの流れを見ていれば、分かりそうなものだ。
「じゃ、鴻巣先生の手紙は犯人の罠ってことでいいね! それなら次は、肝心の手縄殺害の方へいきましょ」
阿比留さんが話をまとめて、議論を次のステップへと進行させる。
「あたしが一番不思議に思ってるのが、ここなんだよね。容疑者として九の他に遊馬と五百蔵が挙げられたけど、手縄の殺害方法を考えるなら犯人は九しか考えられないじゃない。手縄のやつ、死んだ後で磔にされてるんだよ? さらにスクリーンには文字が書かれてる。これだけのこと、たった数分じゃできない。そして容疑者の内、遊馬と五百蔵がひとりきりなった時間はどう大目に見ても五分くらいじゃない」
つまり僕が犯人。その阿比留さんの考えは論理的で正しい。論理的、には。
僕だけは知っている。僕が犯人じゃないことを。阿比留さんの考えは、間違っているということを。
僕が犯人じゃないなら、ここに何か仕掛けがある。一見不可能に思われる犯行をやってのける大仕掛けが。
「でも阿比留さん。僕が犯人だとしても、ちょっと変なんだ」
まずはちょっとした違和感から、解決しよう。
「なんで手縄くんは、磔にされたんだろう。犯人がたとえ時間的な余裕があった僕だとしても、手縄くんを磔にする理由はどこにもないんじゃないかな。スクリーンの文字もそうだよ。むしろそんな一手間、加えない方がいい。なにせそんな手間があるからこそ、僕は疑われているんだから」
「それもそうよね。わざわざそんなことして疑われてるんじゃ世話ないし、あんたがそこまで馬鹿には見えないわ」
軽くけなされたけど、僕の言い分は納得してくれて助かる。
御手洗くんがさらに、僕の言いたいことをまとめて話してくれる。
「そうだな…………俺も疑問に思ってたんだ。もしかして磔やスクリーンの文字は、犯人の仕掛けたトリックなんじゃないかってな」
「…………トリック?」
その単語は、聞いたことある。ただ、このタイミングで使ったことが無いから、どういう意味合いで使われたのかは分からなかった。そんな僕の様子を見て、御手洗くんがさらに説明する。
「……アリバイすら知らなかったんだ。もう俺はお前が何を知らなくても驚かないぞ。犯人の仕掛けた工作全般を、推理小説なんかじゃトリックって言うんだ。この場合、犯人は磔やスクリーンの文字を用意することで『犯行に時間がかかる』と思いこませようとしたんじゃないか? そうなると逆に、時間的な余裕が無花果に比べて極端に少ない耕一や武の方が怪しくなる」
遊馬くんはしばらく考えてから、そっと口を開く。
「そういう風に、僕たちへ疑惑を向けるための、九くんの罠という線は無いのかい?」
と、いうからには、遊馬くんもまだ思いつかないみたいだ。たった五分程度で、手縄くんを磔にしてスクリーンに文字を書く方法を。
「勿論その線も考慮に入れないとな。カリカ、お前はどうだ?」
御手洗くんに促されて、雲母さんは一度唇を強く結んでから、開く。しかし声は出ず、すぐに口を閉ざしてしまう。何か、言おうか言わないか悩んでいるようだ。
「……………………カリカさん?」
抱さんが心配そうに雲母さんの名前を呼ぶ。そこで彼女は、意を決したように話しだす。
「実は、犯人の目星はついているのよ………………」
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