第3話 神との対話

「あははは。そんなに緊張しなくてもいいよ。ボクは神様じゃないから」


 この人はいきなり何を言ってるんだろうか。

 俺は目を見開き彼の顔を見つめる。彼は頭をかきながら笑っているではないか。


 どういうことなのだろうか。全く意味が分からない。


「立ち話も疲れるでしょ。座って話をしよう」


 彼の言葉でいきなりテーブルと椅子が現れた。

 俺は彼の勧めるまま椅子に腰かけた。


「ボクの名前はアンジーだよ」

「アンジーだって? いや失礼しました。初対面ですよね」

「初対面かもね。でも、ボクは君の事をよく知っているよ」

「そうなんですか」

「うん、そうだよ。まあ紅茶でも飲みなよ」


 アンジーがそう言うと、テーブルの上にいきなりティーカップが現れた。中には湯気を立てている真紅の紅茶が入っていた。何とも良い香りが漂うのだが、こんな香りのよい紅茶に出会ったことはない。


「レモンティーにする? 砂糖とミルクもあるよ」


 アンジーの言葉でテーブルの上に輪切りにしたレモン、そして、砂糖とミルクのポットが現れた。何とも不思議な光景だった。


 俺は砂糖とミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。

 アンジーはレモンを入れて香りを楽しんでいた。


「俊之君はクリスマスが嫌いなのかな?」


 唐突にアンジーが尋ねてきた。本音を言うと、俺はクリスマスが嫌いではなかった。


 俺は首を横に振っていた。


「だったらなぜ嫌いなんて言ってるの?」


 相変わらず優しい口調だ。この人の前ではなぜか心がほぐれていく。

 俺はどうしてクリスマスが嫌いになったのかを考えてみた。


 うちの家は浄土真宗だ。基本クリスマスには縁が無いはずのだが、何故かケーキを買ってクリスマスツリーを飾っていた。

 プレゼントがもらえてごちそうが出る。子供の頃はそういう楽しいイベントだと思っていた。妹の星子せいこもクリスマスは大好きだと言っていた。


 その感覚が変わって来たのは高校に入ってからだった。

 俺はカトリック教会の聖歌隊に入ってミサ曲を歌った。ミサの神秘的な雰囲気は、その音楽で一気に広がり浸透していく。俺は歌いながら心が天国に吸い寄せられるような感動を、それこそ何度も味わった。


 その教会では、クリスマス前になると大きなツリーを飾っていた。信者ではなかったが俺も手伝った。そこでは毎年「クリスマスおめでとう」という大きな看板を掲げていた。その言葉を見て俺は理解した。メリークリスマスじゃなくてクリスマスおめでとうにしている理由が分かった。クリスマスとは、彼らの信じる神イエスキリストの生誕を祝うお祭りなのだと。

 そしてそのツリーはお正月が開けるまで飾られていたのだ。


 ところが巷のクリスマスはどうだろうか。

 前夜祭で盛り上がって、クリスマス当日は知らん顔。ケーキは半額で売られツリーも早々に撤去される。俺のバイト先では24日の夕方にはクリスマスツリーを撤去している。

 

 ものすごく失礼だと思っていた。前日までは散々盛り上がっているくせに、誕生日当日には知らん顔なのだから。せめて25日いっぱいは飾るのが常識ではないかと思っていた。


 ある時、TV局がクリスマスのイベントを開催した。

 日本各地のクリスマスを中継する企画だったらしい。俺たち聖歌隊は教会の前で聖歌を歌った。その映像が全国に中継されたのだ。それ自体は名誉なことなのだろう。しかし、TV局は教会周辺をイベント会場に仕立て上げ、一晩中騒がしくしてくれた。この、外の喧騒が災いして教会のクリスマスミサは散々だった。あの、聖なる静寂がまるでなく、神秘的な雰囲気は何処にもなかった。

 この、クリスマスの本質を全く理解していないクリスマス企画が、日本のクリスマスを象徴しているのだと直感した。


 その時から俺はクリスマスが嫌いになった。それ以降、聖歌隊にも参加していない。

 

「ふーん。そうなんだ。俊之君はクリスマスが大好きなんだね。でも、クリスマスを知らない人たちがバカ騒ぎをするのが大嫌いだと」

「そうです。多分」


 何もしゃべっていないのに全て把握されていた。

 目の前にいるアンジーは神様じゃないと言っていたけど、まるで神様みたいな人だと痛感した。

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