吾輩、酔客共にうんざりする…
「立派な狩猟犬を従えてるとはいえ、女の子ひとりって危ないんじゃないのか」
やはりその夜も、ディートハルトはなかなかのパブでやはりそこそこの酒を飲んでいた。今回もその隣に女の姿はない。
カウンターの上に置かれた深皿に注がれたミルク(一体何の乳なのか、あまり癖がなくて美味い)を飲んでいると、あえて少々距離を取っていたはずなのに、ヤツは自身のグラスを持って先生の隣に座った。先生の許可も取らずに、である。
まぁそれは想定内というか、むしろそれを狙って近くに座っていたわけだが。
「別に危なくないよ」
先生はヤツと視線も合わせず、ごくごくと喉を鳴らしてミルクを飲んだ。あっという間に空にすると、それをタン、とテーブルに置いて「おっちゃん、もう一杯」と言った。
「マスター、この
「かしこまりました」
ディートハルトは一体何のアピールなのか、空のグラスを一度先生に見せてからテーブルに置いた。ふわりとアルコール臭が漂ってくる。ふん、度数もたったの20%程度しかない、子ども用の酒ではないか。
「飲んでるの、酒じゃないだろ」
「だったら何」
「未成年なのか。真面目だな」
「年とか関係無いし。あたしは飲みたいのを飲むだけだから」
「酒は? 飲めないの?」
「飲めるけど飲まない」
こいつは何を言っているのだ。
未成年だから何だ。
まさか、人間は未成年だと酒を飲めんのか?
ていうか、そもそも、人間は何歳から大人になるのだろう。あれ、先生っていまいくつなんだ?
「飲もうぜ。おごるからさ」
「良い」
「金の心配ならするなよ。俺、結構稼いでるんだ」
「へぇ。何してるの?」
「ふふん、聞いて驚くなよ? 俺はな、ドラゴンハンターだ」
ディートハルトは誇らしげに胸を張り、なぜか少し声も張ってそう言った。
それを聞きつけた他の客がざわつき始める。ヤツの前に酒のグラスを置くマスターもなぜか得意気な表情である。かの有名なドラゴンハンター様が常連であるという優越感ってヤツなのかもしれない。
「ふーん」
「ここいらの赤いドラゴンは全部俺が討伐したんだぜ」
「赤いドラゴン?
「あいつらそんな名前なのか。へー、いま知ったわ。あいつら『暁の死神』なんて御大層な異名持ってるみたいだけどさ、俺からしてみりゃ雑魚中の雑魚だよ。えーっと、レイズル……何だっけ? そっちの名前覚える価値もねぇっていうかさ」
貴様、吾輩の部下を愚弄したな。
いますぐその喉笛に噛みついてやろうか。
殺意をたぎらせ、ぐるる、と唸り声を上げた時、吾輩の視界を小さく白いものが遮った。先生の手の平だった。先生は吾輩を横目で見、こくりと小さく頷く。
まぁ、待て、と。
気持ちはわかる、と。
先生に任せなさい、と。
嬲り殺すのはその後だ、と。
何だかそんな風に感じられた。
よし、では待とうじゃないか。先生がそこまで言うのなら(言ってない)。
「でもさ、さすがに魔王には勝てないんじゃない?」
ほう、そう来たか。
そういえば先生も聞いていたのだったな、あのハゲとの会話を。
「ヨユーヨユー。だって俺さ、ここだけの話……」
そう前置きし、ディートハルトは背中を丸めて声を落とした。先生の耳元に顔をぐっと近付ける。先生はというと、あからさまに嫌そうな顔をして、鼻を摘んだ。
「レベルMAXだから」
「――チッ」
「えっ、何でいま舌打ちしたの」
そりゃ舌打ちしたくもなるだろう。何せ先生はまだレベル1なのだから。
「と、とにかく、俺のこの強さったらもう鬼神の如しなわけ。目にも止まらぬ速さでその魔王とかいうヤツを散々に翻弄してさ、あっという間に片付けちゃうから」
「そんなことより、アンタ口くっさい」
「えっ、何でそれいま言うの」
「いま抜群に臭かったからよね。とりあえず、ちょっと離れて。飲んでもいないのに吐きそうだわ」
吾輩も聞いたことのない先生の辛辣な言葉にディートハルトの体勢はやや崩れた。要所要所でむかーし倒した『自称・スーパーイケメン勇者』のようなポージングがあったのだが、あれは何なのだろう。前髪を掻き上げてみたり、先生の顎を持ってみたり。先生めっちゃくちゃ嫌がって払ってたけど。
「んで? どうすんの? 倒すの? 倒さないの?」
「そ、そりゃもちろん倒すさ。でもさ、魔王倒しちゃったらそれで終わっちゃうじゃん? もったいないかなーとか思って。どうせならレアアイテムも集めたいし、色んな地域の女の子もコンプリートしたいしさー、やり込み要素っていうの? まぁレベルはもう上がんないけど、モンスター全滅させるとかー、そういうのも良いじゃん?」
「さっきからわけわかんないことペラペラと……。御託は良いからさぁ、ヤんの? ヤんないの?」
「えぇ――……、だから、ヤるとは言ってんじゃん。だから、魔王倒したらもうゲームオーバーで終わっちゃうじゃんって話を」
「ぐだぐだうっさいなぁ。何? アンタ、魔王倒したら死ぬとかって呪いでもかかってんの? 倒したくらいで人生終わってたまるかバーカ」
「ば、馬鹿とか……酷くね……?」
何だコイツ。レベルMAXの割に打たれ弱いな。それともやはり先生は強い……?
い、いや、そんなまさか。先生はまだレベル1で間違いないはずだ。
まぁ確かに、ここが吾輩を倒した時点で人生が終わるとかいうわけのわからん世界だとしたら、だ。吾輩を倒す勇者だった先生も、その目的を果たした時点でその人生が終わってしまうということになる。そんなことがあってたまるかと思うのも当然だろう。『馬鹿』まで付け加えるかは別として。
「だからさぁ、そのアイテム集めやら女のコンプリートやらってのもさ、魔王倒してからゆっくりやりゃあ良いじゃんって」
「ま、まぁ、君の言うことも一理ある」
「だからこっち向いてしゃべらないでくんない? 酒くっさ」
「あ、あぁ何だ……酒臭いだけか……」
ディートハルトはかなりホッとしたような顔をして、手にしていたグラスを置いた。いや、吾輩にはわかる。こいつの口臭の原因は酒だけではない。そこを指摘しない辺り、先生はまだ優しい方だ。
「よ、よし! そんじゃちょっくら魔王倒してくっかな! なぁ、皆!」
何がどう「なぁ、皆!」なのか全くわからなかったが、ディートハルトは勢いよく立ち上がって酒のグラスを高く上げた。それにつられてか、思い思いに飲んでいた酔客達も「おぉ、」やら、中には無駄に「うぉぉおお!」とか吠え出すのである。そしてそいつらは各々のグラスを掲げ、向かい合っていた者と割れんばかりの勢いでそれをぶつけ、乾杯し始めた。
どうした。
どうして急に乾杯が始まったのだ。
どういうわけだかそういうヤツらのグラスに限って酒(しかも、示し合わせたかのようにビール)が並々と注がれており、ギリギリのところで踏みとどまっていた泡がその衝撃で零れるのである。そうなると、テーブルはもちろんのこと、床もびしょびしょだ。どう考えてもその状態で勢いよくグラスをぶつければ零れるに決まっておろう。少し飲むなりして量を減らせ、馬鹿者どもが。
先生はここ一番の冷めた目でその光景を見つめ、「ついていけない、酔っぱらいのこういうノリ」と呟いた。
うむ、吾輩も全く同感である。
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