【王国新報 号外】と責任問題
【人気月刊誌の記者お手柄】
本日未明、ニュート山の奥にあるアウニ村の貸金庫屋で拉致監禁されていた勇者アンリ・ベルナール氏(22)を発見、無事保護した。
アンリ氏は貸金庫の前ですべての武器防具を外したところを、何者かに後ろから殴られて昏倒し、そのまま金庫内に閉じ込められた模様。道具袋の中に入っていた薬草や毒消しの実、聖水などで飢えと渇きをしのいでいたとのこと。
発見当時はかなり衰弱していたが、現在は快方に向かっており、経口による食事も開始している。
また、この貸金庫の店番をしていたトマ・ダカン氏(28)の行方がわからなくなっており、事件に関与しているものと見て現在指名手配中となっている。
第一発見者のヨナサン・ヨナイス氏(25)は「まさか本当に勇者様が閉じ込められているとは思わなかった。あんな狭い金庫の中でよく発狂せずに生き延びられたと思う。ぜひ体調が回復したらお話を伺ってみたい」と実に冒険雑誌の記者らしいコメント。アンリ氏の回復を待って対談する予定。
また、王室法務局によると、「伝説の武器防具を勇者の資格がない者が所持することは重罪にあたる」として、トマ氏捜索のために軍の出動を検討中とのこと。
「――ねぇ、魔王君、今朝の新聞見た? 人間の方のヤツ」
「む? 吾輩にそれを聞くとは愚問だぞ、先生。……と言いたいところだが、今日は少々寝坊してしまってな」
「あははー、知ってる。今日は珍しくあたしの方が早かったもんねぇ」
先生はベッドの上でごろりと寝転がり、足をばたばたさせてケラケラと笑った。
いや、そもそも先生が夜更かししたいなんて言ったからだろうに。
しかも、そんな夜更かしまでして何がしたいのかと思えば、ちみちみちみちみと吾輩の背中の鱗を剥がしたいと来たもんだ。別にマントで隠せるから良いとしても。こっちはそれなりにちくちくして不快なのだぞ。鱗の無い部分にマントが触れると何だかくすぐったいしだな。吾輩の守備力が下がったらどうしてくれるのだ、まったく。まぁ、しばらくすればまた生えてくるが。
「ふへへ。ねぇ、見る? これ」
「見る? って、今朝の新聞だろう? 見るに決まっておる。吾輩は魔王だぞ。人間共の情勢もチェックせねばならんのだからな」
そう言うと、先生は何だかものすごく嬉しそうな顔をして新聞を手渡して来た。それは随分と薄い……というか、たったの1枚しかなかった。
「何だこれは。号外ではないか」
「そうだよ。だって今日、人間の方では祝日だからさ、本当は新聞がお休みの日なんだよね。何代か前の王様の誕生日だったかな」
「何だ。そうだったのか、まぁ号外でも良いわ。休みの日にも関わらず印刷機を稼働せざるを得なかったほどの大事件でもあったのだろう。どれ」
正直、人間の言葉というのは複雑だ。話す方は問題ないのだが、読み書きについては恥ずかしながらどうにも時間がかかる。しかしそれを先生は決して茶化したりはしない。恐らく、自分も同じだからだろう。
「――ほう、これは」
「いや~、良かったねぇ、魔王君」
「何が良かったのだ」
「え? 勇者、近いうちにまた来るねってこと」
「あぁそういうことか。いや、吾輩としては別に来てもらわずとも良いのだが」
「え~? そうなの~?」
「吾輩の仕事は何も勇者を倒すことだけではないのだからな。それよりも国政の方が重要事項なのだぞ。勇者を倒すのは、あいつらがそれを阻むからだ。まったく、倒しても倒しても次から次へと」
まったく忌々しいヤツらだ。
橋をかければ壊し、祠を作れば爆破し、体力が回復する泉を作れば我が物顔で利用する。あのな、その泉だって本来は有料のヤツだからな。
「魔王君はお仕事熱心ですなぁ」
「当たり前だ、吾輩は王だぞ」
「はいはい、すごい。王様偉い」
「馬鹿にしとるな、先生よ」
「してないしてない」
そう言いつつも先生は何だか小馬鹿にしたような顔で笑っているのである。
「でもさー」
先生はそこでぴたりと動きを止めてまっすぐに吾輩を見た。
「魔族の王様なのに、こんな小娘の尻に敷かれてるよね」
「尻に? 敷かれてなんかおらんが」
「む。駄目だまーったく伝わってねー。人間の表現、いまいち伝わんねーなー。良いや、ちょっとこっち来なさい魔王君」
「何だ先生」
ベッドの上に座り直した先生は、自分の隣をぽんぽんと叩いた。ここに座れ、という意味だろう。それに大人しく従うことにする。ここで面倒だとかいうと、もっと面倒なことになるのだ。
「確認するんだけど」
「おう、何だ」
「責任の件なんだけど」
「責任? あぁ、こないだのヤツだな?」
「そう、いつになったら取ってくれんのかなって、待ってんだけど、あたし」
「何? 取ったではないか」
おかしい。
右手は完治したはずだ。さっきもその手で食事したり吾輩の角をいじったりしていただろう。ということは機能面でも問題はないはずだ。
――いや、待て。もしかして何かしらの後遺症が? 実は軽い痺れが、とか?
おかしい。あの黒豹は500~1,000は回復出来る上位魔法だぞ? あの時、先生めちゃくちゃ艶々してただろうに。
「ん? 取ったの? 取ってくれてたの? 既に?」
「……の、つもりだったのだが、吾輩としては」
「ぅえ~、マジかぁ。それならそうと言ってくれないとさぁ。いくらあたしが先生でもね、言ってくれないとわかんないこともあるっていうか、むしろいまこそ勉強の成果を『実践』すべき時なんじゃないの?」
「む? 『実戦』?」
何だ。ぱきぱきに折れた手を治したら、まず治ったことを口で伝えなければならなかったのか。それにしてもきちんと言わなければわからないって、先生、フツーに右手使ってたじゃないか。なぜわからんのだ。
「すまなかった、先生。約束は守った。しっかりと責任は取ったぞ」
「うむ、よろしい。はい、それで?」
「それで?」
「もー、ほんと魔王君は知識だけだなぁ。座学ばっかりだからかな。仕方ない。先生お手本見せちゃるから。結構恥ずかしいから、一回で覚えて」
「お、おう。わかった」
「覚えたら即実践だよ? 良い?」
「実戦、だな。わかった」
本当はまったくわからんが、『実戦』ならば得意分野だ。任せろ先生よ、立派にやりとげて見せよう。さぁ、手本を見せてくれ。
身体を捻って先生を見つめていると、彼女は少々赤い顔で、ばふり、と吾輩の胸にタックルをした。
「――ぬぉ?」
不意をつかれ、後ろに倒れる。ぐぬぬ。油断していたとはいえ、レベル1のくせになかなかやりおる。
吾輩の胸の上の先生は数秒間動かなかった。
「先生よ、お手本は終わりか? ならば吾輩の番だが――」
しかし、やって良いのか? 吾輩がこれをやると先生は即死だぞ? ていうか、そっちにダメージは無いのだろうか。
「まままままだ終わってないんだけどぉ~……」
か細い声が聞こえる。
「そうか。ならば続きを頼む。ここまではばっちり覚えた」
「……かも」
「む? 何だ? よく聞こえなかった」
「……肩、折れたかも」
「んなっ……! またか! そりゃそうだろ! 待っとれ、いま――」
さすがに今回は前回ほど切羽詰まってはいないようである。吾輩も二度目ということもあり、まだ冷静だ。これくらいなら黒蝶々で充分だろう。が――、
「ほわぁぁぁあ猫にゃんー!」
あんなにアンコールと騒いでいたのだ、仕方あるまい。この程度ならば一瞬で消えてしまうだろうが。
案の定、黒豹はあっという間に消えてしまった。先生は名残惜しそうな顔をしている。
「そんな顔をするな。また怪我をしたら呼んでやる」
「良いのっ?! ……でも本当は、猫にゃんって、あたしなんかに使うような魔法じゃないんじゃない? 魔力もったいなくない?」
完全回復した先生は何だか艶々としている。治すところが少ないからか、黒豹は髪の毛の痛みや肌荒れまで回復させていくのである。
「吾輩を舐めるな。魔力など尽きんわ」
「そうなの? 魔王ってすっごい。でもなぁ。かといって、なぁ」
「良いのだ。先生はアレが好きなのだろう?」
「うん。だってもふもふだし」
「ならば良い。ただし、会いたいからといってわざと怪我をするな。これだけは守れ」
「わかった。ありがとう、魔王君」
先生は頬を緩ませて笑った。その表情を見て何だか安心する。胸の辺りがじわじわと温かいのは、彼女が乗っているからだろう。
ふむ、もふもふか。
「別に吾輩だってもふもふにはなれるのだぞ」
「ん? 何のこと?」
「寒冷地用の、毛足が長い姿もある、ということだ。先生がどうしてもというのならそっちの姿になっても良いのだが」
「えー? だって寒冷地用なんでしょ? あっつくって参っちゃうよ、魔王君」
「むむ。そうか」
確かにここにいる時はこの姿の方が良い。しかし、そうだな、別に勇者と対峙しているわけではないのだから、事務仕事用の姿になろう。それならだいぶ体格の差も縮まるし、ぶつかった程度では骨も折れんだろう。
よし、そうと決まれば――。
「――うわぁっ! 魔王君がちっちゃくなった!」
「ちっちゃくって……。まだ先生の方が小さかろうに」
事務仕事用の姿は人間の成人男性よりもう少し大きい程度なのだが、こんなに小さくなったというのに彼女はそれよりもずっと小さい。この姿がよほど珍しいと見えて、目を丸くして吾輩の胸をつんつんと突いている。
「魔王君、ふかふかね」
「そうか?」
「しかもあったかぁい」
「そうか?」
「これは何用の魔王君なの?」
「これか? これは事務仕事用だな。これだとペンが握りやすいし、細かい字も書ける。そうすれば書類のサイズも小さく出来るし、小さな書類なら保管にも場所を取らんしな」
「成る程。……なぁんだ」
「なぁんだとは何だ」
先生は吾輩の胸の辺りを突きながら、不満気な声を漏らした。さっきから執拗に同じ場所を突いているが、何だ、そこに穴でもあけるつもりか? あのな、いくら身体が小さくなったからといって、ステータスは何も変わっとらんのだが。まぁ、表面は多少柔らかくなったがな。
「てーっきり、あたしとそういうことをするための姿かと思ったのにさー」
「そういうこと? そういうこととは一体何だ?」
首を持ち上げ、先生と視線を合わせる。彼女は真っ赤な顔で口を尖らせており、吾輩と目が合うと、慌てたようにそれを逸らした。何だ、いつもの先生らしくないではないか。
「わからないならいーよ。それは上級コースみたいだから。とりあえず責任取ってくれてることだけわかっただけでも良しとします」
「む。了解した。それで、さっきのはもう実戦に入っても良いのか?」
「あー、どうしよっかな。それも追々かな。とりあえず明日から中級コースに入るから」
「うむ。中級コースか」
どうやら初級は終了したらしい。
明日からは中級か。この様子だと上級もあっという間だろうな。
予習復習を怠らず、先生も驚くほどのスピードで成長してやろう。
そう決意を新たにしていると、先生がつんつんと肩を突いた。
「ねぇ、ちょっとだけで良いんだけど」
「何だ、先生よ」
「やっぱりもふもふの魔王君も見たい」
「仕方ない。ちょっとだけだぞ」
言っとくが、吾輩のもふもふぶりはあの黒豹などとは比べ物にならんからな。覚悟するが良い、先生よ。
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