Interview2 女治癒師さん
「ゆ、勇者? 勇者様ですか?」
目の前の椅子に座っているのは、ケイナ・リンドベルイという名の女治癒師さんである。
治癒師っていまは『ヒーラー』なんて呼ぶらしいのだが、ウチでは特に指摘されない限り、『治癒師』と表記するようにしている。まぁ、それは良いとして。
彼女は何だか怯えたような目で僕をにらんでいる。
「ゆ、勇者……? ゆゆゆ……ゆ……」
やがて彼女は白目を剥いてふるふると痙攣し始めた。
――え? これヤバいヤツなんじゃ……。
「あっ、あのっ? ケイナさん? おーい、大丈夫ですか? ケイナさーんっ!」
彼女は震える手で腰に下げた道具袋から小さな瓶を取り出し、中の錠剤をざらざらと手にあけると、それを口の中に放り込んだ。ボリボリと音を立てて噛み砕き、ごくりと飲み込む。慌てて水を差し出すと、ものすごい勢いで飲み干してしまった。
やがて落ち着いたのか、口の回りの水をきれいにプレスされたハンカチで上品に拭うとささやくような声で「失礼しました」と言った。
「実はまだショックから立ち直れておりませんもので、たまにあのような発作を。大変お見苦しいところをお見せしました」
ショック……。つまり、自分達が信じ、ついて来た勇者が実は偽物だった、という件だろう。
「すみません。お辛いことを思い出させてしまって。あの、止めましょうか……?」
というか、そもそも今回の企画自体お蔵入りになる可能性が浮上している。これは我々の管轄というよりは、スクープ専門の『週刊 IMPACT!』に任せるべきだろう。
「いえ、大丈夫です」
いや、全然大丈夫感はありませんけど。
「吐き出すことで楽になることもあると、お師様からも言われておりますし」
「ま、まぁそうかもしれませんね……」
「それに、いつまでもこのような状態でいるわけにはいかないのです。私は治癒師なのですから」
そうなのである。治癒師というからには、彼女は心身の傷を癒す側の人間なのである。
何? そういうのって自分の心の傷は癒せないもんなんですか??
「ただ、その、出来れば、その……『ゆ』から始まる名詞を避けていただけると……」
「成る程、では必要な際にはどのようにお呼びすればよろしいでしょうか。ケイナさんが呼びやすい言葉にしてくださると、こちらとしても安心なんですけど」
そう度々発作を起こされてもこちらの心臓に悪い。
「わかりました。では――」
伏し目がちに控えめなトーンで話す彼女もまたかなりの美女である。先ほどのリュシュカさんとはまた違う、清楚系の美女というか。まっすぐに伸びた艶のある黒髪に、吸い込まれそうな緑色の瞳、緊張しているのかやや高揚した頬。かなり戒律が厳しいことで有名なクリストファレン教の熱心な信者である両親に育てられたらしく、彼女は魔王討伐の旅によって延期となっていた洗礼を近々受ける予定らしい。
成る程、彼女の楚々とした佇まいはそうしたご両親の躾であるとか、宗教の教義というものに起因しているのだろう。
「――では、嘘つきゲロカス野郎、と」
「え? ええ?」
何かいま聞こえた?
彼女の汚れなき果実のような麗しい唇から、何か邪悪なヘドロのような塊が飛び出さなかった?
「あ、あの、すみません、よく聞こえませんでした」
「すみません、私の声が聞き取りにくかったかもしれませんね。声が小さいとよくご指摘いただくものですから。ではもう一度言いますね」
「は、はい、お願いします」
落ち着け。落ち着くんだ、僕。
こんな聖母のような女性がそんな汚い言葉を吐き出すわけがないじゃないか。
「くたばれ嘘つきゲロカス野郎、です」
あれれー? 何か長くなってませんー?
駄目だ、聞き返すと長くなる仕組みだこれ。
「く、くたばれ嘘つきゲロカス野郎、ですね。わ、わかりました」
「ただ、掲載の際に長いと思ったら多少端折っていただいても結構です。何ならゲロ野郎だけでも」
シンプルなのに破壊力がすごい。君が言うと倍増。倍々ゲーム。もう止めて、僕のライフは0だ。
「わわわわかりました。では、ここでは便宜上、げ、ゲロ野郎の頭文字のGだけいただくとにします」
「うふふ。Gですね。あのクソ忌々しい害虫と同じイニシャルですね、うふふ」
うふふじゃねぇ。目が笑ってない。ヤバい。この娘の病みっぷりが尋常じゃない。
おい、
「――コホン。で、では、仕切り直して、ですね。ええと――」
もう一体何から聞けば良いんだ。どの辺が彼女の地雷なんだ。
「Gなんですが、その、戦いぶりはいかがでしたか? その、ゆ、G……ではない、ということでしたが、そちらの方に関してはやはり命を預けにるに値した力があったのでしょうか」
名前と役職が同じだともうわけわかんないな、これ。名前の方を聞けば良かった。あーでもそこも地雷かもしれないしなー。何このインタビュー。地雷源マラソン?
「Gの戦いぶりですか……。そうですね――」
僕はごくりと唾を飲んだ。
さすがに百戦錬磨のこの方々(何かいまとなっては疑わしい人もいるけど)を騙せたわけだから、その強さはやはり『鬼神の如し』だったりするのだろう。これはある意味、他の冒険者の励みになるかもしれない。つまり、修行、鍛練次第では勇者もかくやとばかりの強さを手に入れることが出来るのだと。
「存じ上げません」
「――はっ、はいぃっ?!」
彼女は僕を真っ直ぐに見据え、きっぱりと言った。そして、僕が素頓狂な声を上げたのをさもおかしいといった様子でうふふと笑い始めたのである。
「うふふ。ごめんなさい。やはり驚かれますよね?」
「え、ええ、それはもう……。あの、一体どういうことなんでしょうか。僕にはさっぱり……」
もしかしてこれ、頓智とかそういうやつ?
それともいまの冒険者達の間で流行ってるジョークとか?
クエスチョンマークを次々と排出させ、混乱で頭をぐらつかせている僕に、彼女はこう言った。
「そのままの意味ですよ。少なくとも私は、Gが戦っているところを見たことがないのです」
「そんな……! だっ、だって皆さんが別れたのって、魔王戦の直前とお聞きしましたよ? それまでどうやって来たのですか?」
当然の問いだ。
事前資料によれば、彼女達は「いざ、最終決戦」という段で何かしらのトラブルによりパーティーを離脱したとある。
その『何かしらのトラブル』部分は先のインタビューで明らかになったわけだが、とにかく彼女達は死線をくぐり抜けて、魔王の住まう暗黒の孤島へとたどり着いたと聞いているのだ。
「……別れた?」
「え、はい。Gと別れて、この町に戻られたんですよね?」
何だか様子がおかしい。
俯いたケイナさんはテーブルの上に置いていた手を固く握り、小さく震え始めた。
あ、あれ? もしかして僕、踏み抜いちゃった? 地雷? マジで?
「わわわわ別れたとかぁぁぁあああ! べべべべ別につつつつ付き合ってたとかじゃぁぁぁあああ! あああああああああああ!」
「けっ、ケイナさん! 別にそういう意味で言ったんじゃ……!!」
彼女は美しい黒髪を振り乱して奇声を発し、いずこかへと走り去ってしまった。僕は約束の報酬を渡すことも忘れ、その場に立ち尽くしていた。追いかける勇気も気力もなかったのだ。
もしかして、淡い恋心抱いてたのって、ケイナさん……? いや、全然淡くなくね? あれはもう淡いで片付けられるレベルではなくね?
「あーらら、行っちゃったね。良いよ、報酬はあたしが魔法で届けてあげる。貸して」
ひょい、と僕の後ろから顔を出したのはかなり小さな女の子だった。いや、女の子に見えるけれども、彼女はこれでも立派な成人女性である。彼女もまた
ただ、彼女は他の2名と比べるとやや経歴が異色すぎるというか……。
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