Interview1 女剣士さん

「――勇者? ハッ、あんなヤツ勇者でも何でもなかったよ」


 そう言って、彼女――かつて勇者と共に魔王討伐の旅に出た女剣士さんは紙巻き煙草の煙を、ふぅ、と吐き出した。生きるか死ぬかの戦いに身を投じていた彼女の名はリュシュカ・フリードマンといって、まぁそれなりに年は重ねていたけれど、まだまだ『美女』にカテゴライズされる人物である。

 常人にはまず動くことさえままならないであろう超重量級の防具に身を固めた彼女の身体は、女性らしい柔らかさはないものの、鍛え上げられた筋肉は芸術作品のように美しい。身も心もなかなかに男勝りな彼女だが、やはり髪は女の命と見えて、かなり気を遣っているとのこと。緩く波打つブロンドは穏やかな清流のようである。

 ちなみにまだ独身であるらしく、結婚相手は募集中なのだそうだ。彼女が提示する条件はシンプルにひとつ、『彼女よりも強いこと』これだけである。腕っぷしに自身のある者はぜひ申し込んでみてはいかがだろうか。


「失礼ですが、その、『勇者でも何でもない』というのは……? 例えばその……臆病だったりとか、卑怯だったりとか……ですか?」


 煙を吐き出すばかりで一向に続きを語ってくれない彼女に、僕は問い掛ける。


「別に臆病だって卑怯だって構わないよ。本当に『勇者』だっていうなら、さ」

「な、成る程」


 むむむ。これではらちがあかない。

 愛用の古いレコーダーは微かにジージーという音を発しながらこの沈黙までもを記録している。実にもったいない。


「冒険者にはね、臆病な部分も必要なんだよ」


 僕がちらちらとレコーダーを気にしていることに気付いたらしく、彼女はやや早口でそう語り始めた。


「私はね、ただただ勇敢でありゃ良いってもんじゃないと思うわけ。恐怖に対して鈍感なヤツは、相手との力の差も推し量れないで闇雲に突っ込んでいくだけだからね。そういうヤツがひとりでもいると、パーティー全員が危険だ。だから臆病さは必要。それにある程度卑怯でもなければ狡猾な魔物とは渡り合えないし。私達――いや、少なくとも私は、何度騙されても、何度裏切られても構わないと思ってた。それでも魔王討伐という最終目的に到達するのなら」


 到達するのなら。

 そう、到達はしなかったのだ。

 何せ魔王はまだバリバリ健在である。

 彼女と、そしてこれからインタビューを控えている2人は、対魔王戦に到達する前にパーティーを抜けたのである。

 その理由が冒頭の台詞なのであった。

 

「あの、それではなぜ、先ほど『あんなヤツは勇者でも何でもない』と仰ったのですか?」


 読者が知りたいのはそこだ。僕も知りたいのはそこだ。

 なぜ彼はたったひとりで魔王の城に乗り込み、そして帰らぬ人となったのか。なぜ、苦楽を共にして来た仲間達から愛想をつかされてしまったのか。


「それ以上の意味はないね」


 けれど彼女はきょとんとした顔でさらりと言うのである。


「それ以上の意味はない、ですか?」


 だから僕も聞き返す。


「だから、彼は『勇者』じゃなかったんだって」

「――へ?」

「資格とか資質が――とか、比喩とかそういうんじゃなくて、ただもう単純に。彼は、『勇者』じゃなかった」

「え? ええ? そんなことって――」


 あります? と続けようとしたが、彼女の鋭い視線に阻まれ、そこはつぐんだ。だって、現にあったわけだから。あまり突っ込むと彼女達が『偽勇者に騙された被害者』あるいは『偽勇者と見抜けなかった節穴』ということになってしまう。いや、どちらも事実だと思うけど。


 とにかく気分を害されたら、こっちが危険なのである。何せ目の前にいるのは第一線を退いたとはいえ魔物討伐の元エキスパートであり、レベル50オーバーの剣士様なのだ。


「彼はね、こう言ったんだ――」


 彼女はすっかり短くなった煙草を灰皿の底に押し付けて火を消すと、煙の混じるため息を吐き出した後で、ポツリと言った。


「話せば長くなる……わけでもないんだけどさ。うん、ごめんな。ここだけの話、実は俺、勇者じゃないんだ――、ってね。そう言って、私達が勇者だと信じきっていたその男は、深々と頭を下げたってわけ」

「そんな……」

「事実だよ。でもね、そんなの『はい、わかりました』って信じられるわけないじゃないか。それまでずっと勇者だと思ってたんだよ? 信頼もしてた。淡い恋心を抱いてた子もいる。最も、彼の方では応えてくれなかったみたいだけど」


 淡い恋心……。それはもしかして彼女の話なのではないかと下衆な想像をしてしまうのはきっと僕だけではないはずだ。


「しかし、正直なところ、僕には信じられません。あの、決して皆さんの目が節穴だとかそういうことではなく。何ていうか、僕なんかはこういう雑誌のライターをさせていただいておりますけれども、本当の冒険というのは全然したことがなくて、ですね。とはいっても、取材のために同行させていただいたことくらいはあるんですけれども。でもやっぱりその冒険者の方々は言うわけですよ、僕らは所詮三流です、って。勇者様ご一行には敵わないって。そんな一流の皆さん達を騙せるものなのでしょうか」

「……ふん。まぁ、勇者はアレでも私達が一流なのは確かだけど」


 彼女は案外まんざらでもないようである。

 

「伝説の武器や防具なんかはお持ちじゃなかったんですか?」

「そりゃあ持ってたさ、もちろん」

「じゃ、じゃあ装備出来なかったとか――」

「いや? ちゃんと装備してた。だから私達も疑わなかった。私達が仲間に加わった時、彼は既に伝説の武器や防具のすべてを身に付けていたんだ」

「え? え? だっ、だって伝説の武器や防具って勇者にしか――」


 僕が狼狽えていると、彼女はそれを小馬鹿にでもするかのように鼻で笑った。

 あなたまだ若いわね、とでも言いたげな表情である。


「もうこれだけの人間が入れ替わり立ち替わり勇者やってんだよ? もう伝説の効果なんてとっくに薄れてるって」

「……へ?」

「伝説さんの方でも、イチイチ勇者に合わせて変化することに疲れたんじゃないの? 知らないけど。でも、現に彼は装備出来てた。それに、試しにって体格の似てる浮浪者に金を握らせて着させてみたけど、噂で聞いてたみたいに一瞬で死ぬとか、気が狂うとか、そういうこともなかったんだよね。ただ、まぁ馬鹿みたいに重いから、そういう意味では人を選ぶんだろうね。その浮浪者は可哀想なことになっちゃったし」

「成る程……。ある程度の体格と、腕力や体力、というわけですね」


 とりあえず、その浮浪者がどんな可哀相なことになったかは深く聞かないでおこう。

 しかし、疑問はまだ残っている。

 確かに伝説の鎧は彼に装備出来た。なかなかのマッチョマンだったらしく、相当の重量がある防具だったらしいが、バテることもなく旅をしていたのだという。

 けれど、では、その伝説の武器防具はどのようにして手に入れたのだろうか。伝説の武器防具というのは、それなりのダンジョンの奥深くに封印されていたり、その前にはそれを守る魔物がいたり……と真偽のほどは定かではないが、そういうものだと聞いている。


「あの、ちなみにその伝説の武器防具の入手経路についてですけれども……」


 僕はそれを聞き出そうと腰を浮かせた。……が、彼女はそれを制した。


「悪いけど、弟子に稽古をつける時間だ。月謝もらってるから、遅れるわけにいかないんだよね」


 そう言って「あとはケイナに聞くと良いよ」と立ち上がり、右手を差し出す。僕はその手に約束していた報酬が入った革袋を乗せた。さらに、わざと銀貨を一枚余計に渡すと彼女は「また何かあれば連絡して」と頬を緩ませた。


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