Interview3 女魔法使いさん
さて、最後のお仲間は先ほどもちらりと述べた女魔法使いさんである。彼女はとにかく異色で――というか、何なら異種族に該当する。名前は――……ええと。
「あの、お名前なんですけれども」
「んー? 名前ー?」
「本当のお名前はかなり長いとお聞きしましたが……」
僕がそう切り出すと、彼女は少し尖り気味の耳をぴくりと動かし、ニヤリと笑った。
「ふふー、長いよ。特別に人間の言葉の方で教えてあげる。『白き宵闇の森にて、茜椿の滴る時候より――』」
「えぇ? それ、全部名前ですか?」
「何言ってんの。まだまだ続くんだから。『針金の月が濃紺の夜空を切り裂き、こぼれ落ちたる星々の欠片が死に絶えた大地に降り注ぐ頃――』」
「あの、それあとどれくらいかかります?」
「あと500字くらいで序章が終わる感じ」
「じょっ、序章っ?!」
「そ。あたし達『魔女』の名前は序章、終章の他に数章からなる散文詩になってるの。あたし達の名前はね、この世に生を受けた時から始まって、死に絶えるその瞬間までずぅっと伸びていくんだよ。あたしはまだまだ若い魔女だから全部で7章しかないんだけど。だから、そうだなぁ、2時間もあれば言い終わるかな?」
「2時間! いっ、いえ、結構です! あの、冒険の際には何というお名前で?」
「あー、それね。さすがに勇者から長いって言われてね。最初は頑張って全部言おうとしてくれたんだけどさ、さすがに敵の方でも待ってくんないから。全滅しかけてさぁ、危なかったんだぁ。あはは」
それでも全部言おうとしたということは、全部覚えたということなのだろうか。
それともメモ――いや、とてもじゃないがメモに収まるようなボリュームじゃないけど――していたのだろうか。いずれにしてもそれはそれですごいと思う。
すごい……馬鹿だと思う。まさか言えないけど。
「ハハハ……。あの、それで、何とお呼びすれば……?」
「あぁ、はいはい。あのね、めっちゃ短い名前もらったの。『リリィ』って。これだと一瞬で終わるのね、びっくり! びっくり、リリィ! あはは!」
「アハハ……。良かった……」
何が面白いのか(たぶん『びっくり』の『り』と『リリィ』の『リ』で韻を踏んだところだと思う)、魔女のリリィさん――まぁ、いまは魔法使いっていう肩書きなんだけど――はけらけらと笑った。
「しかし、魔女といえば、ギリギリ魔王側といっても良いのではないかと僕なんかは思うわけですけど。なぜ勇者一行に加わったのですか?」
勇者のことも気になるが、彼女の経歴もまた我々の興味を強く引く。
「あー、それね、よく言われる。結構皆勘違いしてるんだけどさ、人間の方にもいない? 自分達の体制に嫌気がさして、あー、あっちの方が良さそうーって、そっちに行っちゃうとか」
「まぁ……確かに。グレた若者なんかが魔王側に行ったって話は……まぁ、噂程度ですけど」
「あるっしょ? それと一緒だよ。元々魔女ってのはさ、何かしらの異種族と交じって産まれるんだけど――」
「そうなんですか?!」
「そうだよ。だって魔女だよ? 女しか産まれないんだから。どうやって繁殖するのよ」
「あぁ……成る程」
「で、あたしは父さんが人間だったから、結構考え方が人間寄りだったのかも。何かこっちの方が楽しそうだったの。それだけ!」
なかなかさっぱりとした女性である。
とにもかくにも、彼女は人間のものとは比べ物にならない魔法の力を駆使してバッタバッタと敵(という表現で良いのだろうか)をなぎ倒してきたのである。
それに、現在確認されている人間が使える魔法というのは攻撃や戦闘補助、そして回復など案外範囲が狭い(これはあくまでも噂だが瞬間移動の魔法の開発に成功したものがいるらしい。※情報をお待ちしています!)のだが、彼女にはそれがない。魔女にとって魔法とは、僕らが立って歩いたり走ったりすることと同じで、何も特別なものではないのだ。だからさっき走り去ってしまったケイナさんの元へ報酬を届ける、なんていう柔軟なことも出来るわけで。
敵に回すと厄介だが、味方となるとこれほど心強いメンバーもいない、それが魔女である。勇気のある者はぜひ、魔女の森へスカウトしに行ってみてはどうだろうか(※ただし、何があっても当誌は一切責任をとりません!)。
ちなみに彼女曰く、魔女の森に棲む魔女というのは、大人しめの美女が多いらしい。森の外に居を構え、冒険者に襲い掛かるようなタイプは、父親が好戦的な魔族であるケースが多いらしく、そちらの方はまぁ、何というか、かなり顔付きも恐ろしい感じになるのだという。それに反して森に留まる魔女というのは温厚な種族を父に持ち、心の穏やかさが表情にも現れるのか、落ち着いた美女に成長しやすいということだった。
あぁもちろん、リリィさんもとてもおきれいです。夕焼けのような赤い髪に、瞳は深い海の底のようなダークブルー。森に棲んでいた頃よりも日に焼けた肌は健康的な小麦色で、すとんとした深緑色のワンピースが少々野暮ったく見えるけれども、それが逆に男性諸君の妄想をかきたてること間違いなし!
あぁ、話が逸れてしまった。彼女自身のことも当然気にはなるんだけど、勇者のことも聞かなくてはならないのだ。彼女は後で個別インタビューの交渉をすることにしよう。
「それではリリィさん、勇者についてお聞きしたいのですが」
「うん。何かな?」
「あなた達のリーダーである勇者さんが、実は勇者じゃないとカミングアウトされたとお聞きしたのですが」
「あー、そうね。言ってたね、そんなこと」
「まず、それを事実だとした上で、なんですけど。伝説の武器防具も所持、装備している時点で普通は勇者であることを疑う者はいないと思うのですが」
「そうだね、あたしもそれが絶対条件だって思ってたし」
「しかし、ケイナさんは彼が戦ってるところを見たことがないと仰っていたんです。最強の武器や防具を持っているのに戦わないというのはおかしくないですか? それともやはり伝説の拒否反応なりで戦うことが出来なかった、とか――」
「それはないんじゃないかな。勇者は戦う気あるみたいだったし。でもさ――」
「でも?」
「向こうから逃げて行くんだよ。こっちがやる気でも、向こうにその気が無いんじゃねぇ」
――え?
向こうから逃げていく?
あの魔物共が?
あの好戦的な生き物が?
「いやいやいやいや! そんなまさか! あっ、でもそれこそが伝説の力……?」
「違うと思うけどなー」
「違うんですか?」
「うん。だってさ、あたし聞いたんだよね」
「聞いた? あの、どなたに?」
「え~? いや、だから敵っていうのかな、一応あたしの同族なんだけど。聞いたっていうか、聞こえたのよ。さすがに人間の言葉じゃなかったけどさ」
「あぁ、その魔女さん達が魔女さん達の言葉で話してたのが聞こえたってことですね。それで、何と?」
僕は身を乗り出した。ちらりとレコーダーを見る。大丈夫、まだ残り時間に余裕はある。
僕を真似たのか、それともその話――つまり魔女達の会話を漏らすことはさすがに禁忌であるのか、リリィさんもずずいと身を乗り出して来た。そしてニヤリと笑い、声を潜めてこう言ったのである。
「勇者は魔王様の獲物だからなぁ、って」
――魔王様の、獲物?
「えっと、それは……どういう……」
「うーん、だからさぁ、勇者は魔王が倒すから、他のヤツらは手を出すなってことなんじゃない? だって洞窟とかでさ、たまに二手に別れてルートを探したりするとさ、勇者と組んでない方はガンガン襲われたからね。まぁ、そうでもしないとあたし達ジリ貧だし、レベルも上がんないから良いんだけどさ」
「そんな……。ていうことは、勇者はレベル1の状態で魔王城に乗り込んで行ったってことになっちゃうじゃないですか!」
「だよねー」
「だよねーって!」
何ということだ。
勇者――ていうか、ただのマッチョ野郎だけど――はこの世の悪の権化、邪悪の中の邪悪、漆黒の闇の総大将の元へ、勇敢にもレベル1で特攻したのである。こではもう勇敢とかそんなレベルではない。無鉄砲すぎる。自殺行為じゃないか、そんなの! いくら彼が伝説の武器防具を装備していたとしても、だ。
少なくとも、先々代の勇者はバリバリ戦ってた。レベル25くらいの時に僕がインタビューしたから、それはわかる。
じゃ、先代勇者のインタビューは誰がしたんだったかな。――そうだ、確か取材の帰りに魔物に襲われて記憶喪失になっちゃったんだっけ。レコーダーもズタズタで再生出来なくて泣く泣くお蔵入りだよ。そうそう、あの時は仕方なくフリーのコラムニストにお願いしたんだった。それがまさかあそこまで人気コーナーになるなんて思いもしなかったけど、ははは。
いや、ははは、じゃなくて。
結局その後、先代の消息は全くつかめなくなっちゃったんだよなぁ。たぶんもう魔王にやられちゃってるんだろう。
可愛い女の子勇者だったって聞いてるけど。まだ若いのに勇者になんて選ばれて、ほんと可哀想になぁ。
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