カスミソウのせい
~ 一月十一日(金) ホトケノザ ~
カスミソウの花言葉 ありがとう
「見つかった?」
「はっ!? 車の内装工事に夢中になって、忘れ物探しを忘れてたの」
「ママ、配達あるから。あと三十分で出るわよ?」
「はいなの。三十分もあれば大丈夫なの」
「不思議ね。ほっちゃんが言うと、全然大丈夫そうじゃない」
「道久君来るから」
「あら。だったら安心」
……顔を出しにくい会話を耳にしてしまいました。
かと言って、おばさんの配達が遅れる訳にもいきませんし。
仕方なく、駐車場に顔をのぞかせるなり。
いやらしい笑い顔を浮かべたこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、職人モードにひっつめにして。
そんな職人気質を台無しにするカスミソウを。
頭のあちらこちらからふんだんに生やしています。
「……忘れ物?」
「探してるの」
「探すも何も」
バンの中なんて。
床、フロアマットの下、椅子の下。
ダッシュボード、扉のポケット。
限られた範囲しかないでしょうに。
「では、タッチなの」
「タッチも何も。そもそも、なにを探せばよいのです?」
「…………探してる間にわすれちったの」
穂咲が水性のペンの蓋をきゅぽんきゅぽんやっていたので取り上げて。
小さな手のひらに、忘れ物を忘れないようにと書きました。
「これ、哲学なの。忘れなかったら忘れものじゃないの」
「減らず口はいいので、そこにあるからっぽのプランターを持ってきなさい」
俺の記憶ではこの車。
ゴミだらけですもんね。
全部出せば探し物も見つかるでしょう。
車の足元に何かが転がっていると。
ブレーキが踏み切れなくて事故になるなど聞いたことがありますので。
この際大掃除です。
穂咲がプランターを抱えて持ってきたところで。
腕まくりをしながら車に体を突っ込むと。
「なんじゃこりゃ!?」
「自動車の中を快適にしといたの」
…………とっても不快。
何と言いますか、ゴージャス。
おもちゃのシャンデリア。
ビロードの座席カバー
椅子の後ろを、高級感のある戸棚が埋め尽くしていますが。
「この戸棚はなんの真似?」
「ワインセラーなの」
「即逮捕です」
まったく。
プランターじゃ納まりません。
シャンデリアと座席カバーを引っぺがして。
ひとまず家に逃がしてから。
いよいよ掃除開始です。
「……ほぼ、お菓子の箱ですね」
快適を求めるなら。
先にこっちをなんとかなさいな。
文句はあれど、手を動かさないと。
俺は椅子の下、フロアマットの下を綺麗にしたところで。
ダッシュボードの蓋を開きました。
「ここもガラクタでいっぱいなのです」
雑多な品を、二箱目のプランターに取り出していくと。
妙なものが出て来たので思わず作業の手を止めてしまいました。
「ミニカー?」
赤いスポーツカー。
穂咲のものではないでしょうし。
「おじさんのものでしょうか」
そう言いながらおばさんに手渡すと。
「これ、ほっちゃんのよ?」
「まさか」
「そう、小さい頃の。えっと、クリスマスプレゼントだったかお誕生日プレゼントだったか……。ほっちゃん、どっちだったっけ?」
「覚えてないの」
手渡されたスポーツカーと水性ペンを手に。
穂咲はきょとんとしていますけど。
「クリスマスのプレゼントを選びにデパート行ったとき、このバンと同じミニカー見つけてあんたが欲しがったのよ」
そう言いながら。
白いバンをぺしぺしと叩くおばさんですが。
「そのミニカー。いくらなんでもバンには見えませんが?」
「ほっちゃんがバンを欲しがったから、道久君にはそのスポーツカーを買ってあげたの。でも、クリスマスまで何日もあるし、どうせほっちゃん、今泣いてることも忘れてバンなんかいらないって言うわよってパパに教えてあげたのに」
まあ、そうでしょうね。
子供のあれ欲しいは、なかなか判断が難しいと言いますけど。
でもこれは分かるでしょうよ、おじさん。
穂咲が喜ぶとはちっとも思えません。
「そしたら案の定、私がクリスマスの夜に帰って来たら、枕元に道久君のスポーツカーが置いてあって」
「うう。パパ、ごめんなさいなの」
「交換しちゃいましたか」
でも俺、バンなんか貰った記憶ないな?
「そのミニカー、あんまり遊ばずに無くしちゃったかもしれません」
「やだ。道久君、覚えてないの?」
「はい、まるで思い出せませんが。でも、こいつの取った行動は昨日見てきたように思い浮かぶのです」
クリスマス。
プレゼントを開くなり、俺のと比べて。
こっちがいいと言い出して。
泣きわめく俺をよそに。
スポーツカーで遊んだのでしょう。
……ああ、目に浮かぶ。
だからおじさん。
頭をかいてないで。
ちゃんと穂咲を叱りなさいな。
でも、ダッシュボードに入れっぱなしでも気にしない程度とは言え。
車に持っていく程度には気に入っていたようですし。
まあ、その時のセレクトは及第点としておきましょうか。
そして今日。
ぎりぎり赤点を免れたプレゼントは。
急に素敵な品へと変貌を遂げたのです。
穂咲は、ミニカーを手の平で前へ後ろへ。
優しい顔で運転しながら。
「道久君。クリスマスプレゼントは、バンのミニカーがいいの」
「ああ、そうでした。俺はあげてなかったですもんね。…………君からはカイゼルひげ貰ったのに」
「ひげ? ほっちゃん、ちょっとは色気のあるもの選びなさいよ」
「……しかも、あたしのがよれよれになっちったから道久君のをまき上げたの」
「あんたねえ」
素敵なお話が。
一瞬で変なことになりましたが。
君の素行のせいですので。
俺は悪くないですよ?
「じゃあ、改めてクリスマスプレゼントをあげるの」
「そう言いながらミニカー差し出してるじゃないですか。……まあ、おじさんが選んでくれたものですし嬉しいですが。おじさん、穂咲、ありがとうございます」
「ほっちゃんも、ごめんなさいばっかりじゃなくて」
「そうなの。ありがとうなの、パパ。……どうやら、ブツはもう無いようだけど」
「すいません。ちゃんと買ってきますから」
ミニカー、捨てちゃったのでしょうか。
あとで物置でも探してみましょう。
「さあ、配達いかないと」
そうでした。
ずいぶん時間がかかりましたので。
お手伝いしないと。
俺と穂咲がプランターを隅っこへ追いやっている間に。
おばさんが車の扉を開きます。
そして。
「……ほっちゃん。ちょいと運転席座ってごらんなさいな」
「運転なんかできないの」
穂咲の背中を押して。
運転席に座らせたおばさんが。
「さあ、後ろ向きに車庫へ入れてみましょう。人は歩いていないかな~?」
「そんなの、振り向いて確認すれば……、はっ!? ワインセラー!」
…………ああ。
これは気づかなかった。
大慌てで戸棚を撤去して。
お花の詰め込みを手伝って。
なんとか時間内に。
おばさんをお見送りできました。
「ふう。一仕事終えた満足感なの」
「本末転倒と言いますか。とんだマッチポンプです」
そしてマッチを擦っていない俺とおばさんは。
ポンプポンプですよ。
「ほんとに君は迷惑ばっかりかけて。そもそも、何を探していたのです?」
「それをわすれちったの。思い出しますようにって、手に書いておくの」
そう言いながら。
きゅぽんとペンの蓋を右手で外したせいで。
左手で持ったペンをどう右手に持ち替えたものかアワアワしてますが。
「まさか、水性ペンを探してたわけじゃないですよね」
……この直後。
びっくり顔の穂咲の頭を。
グーで殴りつけることになりました。
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