アナナスのせい


~ 一月十日(木) ハコベラ ~


  アナナスの花言葉

  私にとってあなたは最愛の人です



「英語と数学が?」

「私も舌を巻くレベル。でも、受験用じゃなくて実用的な知識ね」


 渡さんが言うなら本当なのでしょう。

 かっこよくて、クールで、頭もいい。


 しかもその頭の良さが。

 受験用ではなく実用レベル。


 ……実用レベル。

 大人っぽい響きなのです。


 でも。

 英語が実用的というのは分かりますが。

 数学が実用的とはこれいかに。


「穂咲、わかった?」

「何がなの?」

「渡さんが舌を巻くって」

「てやんでいべらぼうめってやつ?」

「……くだとしたは違います」

「九段下は地下行きます? そりゃそうなの。よそより九段も下にある駅なの」


 なんでしょう。

 頭の良さについてのお話を。

 おバカ同士が話すとこうなるのですね。


 そんなおバカ党の党首、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をハイツインにして。

 その結わえ目に、ど派手なアナナスの花を一つずつくっ付けているのですが。


 今日の穂咲は。

 怪獣のように見えます。



 さて、お花怪獣ホサキングが。

 お料理の体勢に入ったので。


 今から教授怪獣メダマヤキングに変身です。



 今日はサッカー部がらみで六本木君は早弁のち外出。

 渡さんと三人でのお昼なのですが。


「先日のコーヒーランチ並みに変な事考えましたね、教授」

「変ではないのだよロード君! 全国津々浦々どこにでもあるのだよこの品は!」


 大はしゃぎでぐつぐつとお湯が沸騰する大鍋に麺をぶち込む教授ですが。

 今日は寒いので。

 あっという間に窓が真っ白になります。


「どんだけ湯がくのですか?」

「まだまだ足りないのだよ! 普通より沢山食べることができるらしいからね! 今日は、そんな実験なのだよ!」

「さいですか」


 まあ、渡さんもいらっしゃることですし。

 五人前くらいの麺も。

 なんとか消費できるでしょう。


「……コーヒーランチってなによ秋山。ランチコーヒーの事?」

「いえ。すべてがコーヒーだけの昼食です」

「あきれた。そして今日はこれ、ね」

「はい。教授の探求心は、留まることを知りません」


 たまには留まってもらいたい。

 そう念じる俺をあざ笑うかのように。

 お椀と割り箸が手渡されました。


 渡さんも同じセットを手に。

 ため息をついた後。

 同時に両手を合わせて。


 いざ、開戦です。


「はいじゃんじゃんなの」

「おっとと」

「はいよいしょなの」

「結構ちょびっとなのね」

「はいどんどんなの」

「まだ入ってますって」

「はいもひとつなの」

「ちょっと怖いわね、このペース」


 急に始まった異様な光景に。

 教室内の視線は釘付けですが。


 もし俺も第三者だったら。

 きっと同じような表情をしているでしょう。


 でも、食欲を失うので。

 そのしかめっ面はやめてください。


「はいじゃんじゃんなの」

「雑です。ピーマンばっかり」

「はいよいしょなの」

「こっちはソーセージだらけ」

「はいどんどんなの」

「それにしてもなんで」

「はいもひとつなの」

「わんこナポリタンなんて思いついたのよ」


 こいつはつるりという訳に行かず。

 お椀からパスタが溢れそうになっているのですが。


「はいじゃんじゃんなの」

「教授、もうちょっとスローペースでお願いします」

「は~い。よいしょ~なの~」

「良かった。これで口を拭くタイミングが出来たわ」

「は~い。ど~んど~んなの~」

「やっと粉チーズを使えますね」

「は~い。も~ひと~つなの~」

「デスソースを渡さないでよ」


 結局。

 ペースをさらに落としてもらい。

 教授もナポリタンを食べ始めると。


 そのままのんびり食べたいとご本人が言い出したため。

 わんこ大会は自然終了してしまいました。


 そして話題は。

 ゲームのネタ集めのために図書館へ出向いている近藤君へと再び戻ったのです。


「穂咲、急にお話しするようになったわよね」

「ゲームのネタに使うからって、趣味とか聞かれたの」

「ほうほう。にやにや」

「そんな意味ではないでしょう。何をニヤニヤなさっていますか」

「おや? なにを慌てているのかな秋山は」

「勘弁してください」


 まったく。

 なんでもかんでも。

 コイバナにしないでください。


 ……でも。

 もしそうなら。


 かっこよくて頭のいい近藤君に。

 俺なんかが勝てるはずないのです。



 そう。



 よく、母ちゃんに言われていましたっけ。

 早くしないと。

 穂咲を誰かに取られちゃうって。


 でも、ちょっと想像がつきません。

 穂咲が誰かに告白されるということが。


 いつかはそんなことがあるでしょうけれど。

 君の頭に揺れる。

 アナナスのような言葉で。


 そんなことを考えながら。

 女子二人の会話に聞き耳をたてます。


「いまさらなんだけど、穂咲は好きなタイプの男子ってあるの?」

「そりゃあるの」

「へえ。聞きたい」


 へえ。

 聞きたい。


 思わず前のめりになりかけましたけど。

 無関心を装って。


 口慣れたせいで最近平気になって来た。

 デスソースの瓶を手にします。


 すると視界のギリギリ端っこで。

 穂咲はあごに手を当てて考えた後。


 好みのタイプとやらを語り始めました。


「えっと、子猫が雨で段ボールの中に捨てられてるのを傘をさしてあげたら段ボールごと川に流れてそれを助けてあげたら今度は車にひかれそうになったところを赤信号を無視して飛び出して助けてあげるような人」

「え? 何?」

「いや。その猫、おはらいしたほうがいいと思うのです」


 思わず話に混ざってしまいましたが。


「何が言いたいのかわからないんだけど」

「ギャップ萌えがいいの。子猫を助けたりしなさそうな、無口でクールなタイプがグッド」


 無口でクール。


「それって、ウチのクラスで言うと……」

「うん」


 即答。


「中野君」


 大ファール。


「ふざけんなバカ女」


 そして丁度通りかかった中野君が。

 どすの利いた声でばっさりと切り捨てて行きました。


 ちょっと怖かったです。


「……あと。あたしをバカ女って言わない人がマスト」


 涙目になって怯えていますけど。

 今のはちょっぴり君が悪い。


「それよりさ、近藤君はどうなのでしょう」


 やはり気になって。

 問いただしてみた所。


「こんちゃん君?」

「そう」

「全然違うの。だって、おしゃべりさんなの」


 あ。


 そうでした。

 君とはよくお話されるのですよね。


 なんだかほっとしたような。

 なんだか不安なような。


「……私にとって、あなたは最愛の人です 」

「え?」

「どうしたのよ秋山、急に」

「ああ、アナナスの花言葉なのです」


 思わず口をついて出てしまったのですが。

 今更ながら、すごく情熱的で。

 そして、すごく恥ずかしい花言葉なのです。


 でも。

 俺ばかりでなく。


「恥ずかしいのですか?」


 真っ赤な顔をした穂咲が。

 そのほっぺたよりも赤いアナナスの花を両手で隠しています。


「見ちゃダメなの」

「花言葉です」

「見ないで欲しいの」

「はい。……でも、ただの花言葉ですよ?」

「あっちむくの」

「はい」


 首を逃がした先で。

 渡さんがニヤニヤしていたので。


 俺はお椀いっぱいのナポリタンを手に。

 廊下へ逃げました。


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