カンノンチクのせい


~ 一月九日(水) ゴギョウ ~


  カンノンチクの花言葉 日々平安



 国語。

 古典の授業中。


 先生がインフルエンザとのことでお休みしており。

 例えインフルエンザが発症しても気合で朝には直すと豪語するいつもの担任の先生が授業を行っているのですが。


 二つほど言いたいのです。


 まず、インフルエンザは本人が具合良くなったからと言って学校に来ちゃダメ。


 そしてもう一つ。


 ……あなたの授業、国語担当の先生より分かりやすいのですが。

 道を間違えたのではありませんか?


「七福神って、なに時代からいるの?」


 古文の授業中だからでしょうか。

 急に変なことを気にし始めたのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は植木鉢の形に結い上げて。

 そこに、鉢ごとカンノンチクを乗せているのですが。


 そんな君にも、二つ言わせてください。


 まず、朝から鉢を落としやしないかと気が気でありません。


 そしてもう一つ。


 ……神尾さんが。

 黒板を見るのを諦めていらっしゃいますので外してください。


「ねえ道久君。七福神がなに時代からいるのか気になるの」


 そうおっしゃられましても。

 さすがに知りませんよ。


 七福神は。

 海外の神様がモチーフらしいと何かで読んだことがありますが。


 由来も曖昧にしか知りませんし。

 まして、それがいつからいるのかなんて。


 そんなこと見当もつきませんし。

 気にしたこともありませんし。


 しかし。

 世界中の神様が一堂に会して船に乗って。


 お守りが混ざってもケンカになるというのに。

 船上は大戦争になりそうなのです。


「ねえ、なに時代? 平安?」


 君の校内放送のせいで目をつけられているので。

 今日はお相手しませんよ?


 それに、先生の授業がほんとに分かりやすい。

 真面目に聞かなきゃソンなのです。


「そういえば、平安時代は何百年もあるの。昔の天皇陛下は長生きなの?」


 …………だというのに。

 穂咲の難解なお話の方に。

 ついつい興味が湧いてしまいます。


 もし授業中でなければ。

 二つほど言いたいことがあるのです。


 まず、天皇陛下お一人に対して一つの元号を使うようになったのは明治から。


 そして。


 そもそも元号と時代は違います。


 おりしも元号が変わるから。

 穂咲はこんなことを言っているのでしょうけれど。


 そのルールですと。


 縄文天皇は一万二千歳を超えちゃいます。


「ねえ、道久君」


 ああもう、しつこいですね。

 でも、今週中になにかやらかしたら教育委員会にお願いして体罰をしてもらうと先生に宣言されていますし。


 守ってくれる人がいないのです。

 今日は完全に無視。


 ……するととうとう。


「藍川、さっきからうるさい。立っとれ」


 珍しく正しい沙汰が下ったのですが。


「道久君が相手をしてくれないのが悪いの」

「やかましい。今日は秋山から気迫を感じる。お前の身代わりになる気は無いようだが?」


 その通り。

 今日はお前を庇ってくれる秋山君は閉店中です。


 むすっとしたまま穂咲の方を見ないでいたら。

 ようやく観念した穂咲が椅子を鳴らしたのですが。



 どういうわけか。

 近藤君が席を立って。

 穂咲を制して廊下へ出て行ってしまいました。



 これにはクラスの皆がざわついて。

 ひそひそと、あらぬ噂を立て始めたのですが。


 先生の一喝で静かになると。

 今度は手紙が至る所で飛び交います。



 ……みんな立たされるがいい。



 しかし近藤君。

 あの一件以来、穂咲とお話をする光景をよく見かけるのですが。


 仲良くして下さるのは本当に嬉しいのですけど。

 こいつに優しくして身代わりしてあげたところで。

 立たされるなんて情けないとか言われるだけですよ?


 以上。

 先輩からのアドバイスでした。



 ……そう思っていたのに。



「こんちゃん君、優しいの。あたしの代わりに立ってくれたの」


 え!?


 これはさすがに黙っていられません。

 念のために確認です。


「一つお聞きしたいのですが。君が勝手に校内放送した案件について、俺が身代わりになって散々叱られたのですが」

「情けないの。もう、高三にもなろうってのに先生に叱られるとか」

「扱いがおかしくありませんか?」

「おかしいのは、道久君の叱られっぷりなの」


 不条理な。

 でも、これ以上おしゃべりしたら教育委員会から手厳しい体罰を受けることになりかねませんし。


 俺は手紙に不平を書き連ねて。

 穂咲の席へ置いたのですが。


 ……それを先生に取り上げられました。


「秋山。今は何の授業中だか分かってるか?」

「古典だったはずです」

「ならばこの手紙を古文に訳し終わるまで立ってろ」



 こうして。

 俺は不機嫌そうにする近藤君の隣で。


 辞書を片手に訳し続けることになりました。



 …………パルクールってどう訳したらいいんだろう。


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