セリのせい
~ 一月七日(月) セリ ~
セリの花言葉 清廉潔白
「本当に覚えていないんだね、穂咲ちゃん」
近藤君の言葉に、こくりと頷くのは。
なんなら昨日の記憶もすべて無くしたいであろう
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、つむじの辺りでお団子にして。
そこにセリを挿して揺らしているのですが。
「……教授。そこからちょくで鍋に入れるのはやめてください」
「大丈夫なのだよロード君! 火を通せば、結構平気!」
「いや、結構という不明瞭な副詞が不穏です」
新学期早々。
と言いますか。
始業式の日に七草がゆを作り始めた教授ですが。
昨日ご迷惑をおかけしたからと。
昼食会へは近藤君をお招きしております。
さて、穂咲がこんちゃん君と呼ぶ近藤君。
ちょっぴり冷たいイメージが俺にはありまして。
このクラスにおいて、ワルの中野君と双璧を成す浮いた存在という印象を持っていたのですが。
でも、皆からは話しやすいクール系イケメンとして親しまれており。
穂咲も、良く話すと言っていましたし。
俺が勝手に苦手と感じているだけなのでしょうか。
…………と。
さっきまで思っていたのですが。
「怒っていらっしゃいます?」
「いや、別に……」
どうにも不機嫌そうな表情。
やはり、あまり社交的でないようにも感じますけど。
それは早計でしょうか。
彼がこんな反応をする理由。
思い当たるフシは。
山のようにありますし。
昨日、顔を見るなり驚いたり。
三人目の七福神探検隊員だったことをすっかり忘れていたり。
ちょっとにおう人を運ぶのを手伝ってくれたり。
俺にトイレを貸してくれたり。
そしてどうやら……。
「ほんとにほんとに覚えてないの? 穂咲ちゃん」
おかゆの入ったお茶碗を近藤君へ差し出しながら。
教授は再びこくりと頷きます。
「俺も覚えていなかったのです。三才の時?」
「……ああ。クリスマス前に、穂咲ちゃんのお父さんをあの山に案内してあげてね。二十五日に一緒にゲームしようって誘われて。うちの親も一緒だったんだが」
覚えていますか?
そう、無言で教授に尋ねると。
セリと一緒に。
教授の首が左右に振れるのです。
「こんちゃん君、そんな話をしてくれたこと無いの」
「てっきり覚えているものと思ってたからね……。でも、そうか。忘れていただけなのか。覚えているのに無視し続けているものと思っていたよ」
「そんなことしないの。あたしは清廉潔白なの」
……昨日の有様は清廉とは程遠い。
などと言って怒らせると話が進まないので。
ここは我慢です。
それにしても。
三才の頃の記憶なんて、無いに決まっています。
でも近藤君は、毎年絵馬にお願いするほど楽しみにしていたようで。
「そこまで楽しみにしていた理由ってなんなのです?」
俺は塩気の程よいおかゆを口にしながら聞いてみたのですが。
近藤君はちらりと教授の方を見た後。
「……穂咲ちゃんのお父さんがさ、七福神を全部見つけたご褒美にって、クリスマスのプレゼントをくれたんだ。それをうちの親が、本物のサンタさんからプレゼントを貰えてよかったわねなんて言うもんだから、すっかり信じたんだよ」
「全部? 六人じゃなくて?」
「ああ。穂咲ちゃんのお父さん、サンタの格好だったのに、俺達がイラストを見てインチキしたんだ。大黒様、ここにいたって」
ああ、なるほど。
そんなトンチを聞いて、おじさんが頭をかきながらご褒美を袋から出す姿が容易に思い浮かびます。
しかし、小中高。
学校は同じでも、クラスがずっと違ったせいで接点のなかった近藤君。
その性格は今一つ把握しきっておりませんが。
さすがに、なにやらウソをついているような気がするのです。
「……いくらなんでも、それで毎年楽しみにしていたのですか?」
「もちろんだ」
「プレゼントを?」
「違う。あんなフィールドゲームを仲間と一緒に遊んだのは初めてだったからさ、またやりたいって思ったんだ。何と言うか、カルチャーショックを受けたんだよ」
……俺達は。
おじさんが、いつもこんなゲームを準備してくれていたから。
そのうちのたった一つということで、記憶になかったのに。
近藤君にとっては、未だに胸に残るほどの興奮だったという事なのですね。
そうか。
有難い。
おじさんが、いつも俺達を楽しませてくれた愛情。
どれほど深いものだったのでしょうか。
「……パパは、ママに叱られながらそういうゲーム作るのが趣味だっただけなの」
「こら! 身もふたもないこと言いなさんな」
おじさんの愛情を、ばっさり切り捨てちゃいましたけど。
それよりも。
「教授。今のじゃ、おばさんに叱られるのも趣味に聞こえます」
「…………そう言ったの。大体七三くらいの感じに言ってみたの」
「酷いです」
とぼけた穂咲の言葉に。
くすりともしない近藤君。
結構面白いお話だったと思うのですが。
やっぱり、ちょっと冷たい方だと思います。
そんなクールな近藤君が。
驚くようなことを言い始めました。
「穂咲ちゃんのお父さんの影響でね。僕も、フィールドゲームを作るようになったんだよ」
「ほんとですか? それは凄い。難しいでしょう」
「まあね。近所の子供とか親戚の子とかに遊ばせてあげたんだが、これがすぐに飽きられたり、簡単過ぎても難し過ぎても文句を言われたり」
どこか幸せそうに話す近藤君は。
教授のおかゆをゆっくりと味わいながら召し上がります。
そうか。
おじさんの想いは。
意外なところで繋がっていたという事なのですね。
「……俺も、ちょっとチャレンジしたくなってきました」
「秋山には無理だろう。……数学的センスがものを言うんだ」
近藤君は。
いつもの冷たい表情で俺に告げるのですが。
そんなもの。
やってみなくちゃ分からないじゃないですか。
「そりゃいいアイデアなの」
「え?」
茶碗に口をつけて。
噛みもせずにおかゆを飲んでしまった教授が。
箸を置いて手を合わせると。
「こんちゃん君と道久君と、あとはクイズ研とかも巻き込んで作るの」
「……何をです?」
「大黒様探しゲーム」
そう言いながら。
鞄から、ひとつだけスタンプの押されていない厚紙を取り出しました。
……ねえ、教授。
俺達もうすぐ三年生。
何を言い出しました?
「よし、それじゃあ面白いものを作ってやるよ」
「近藤君、甘やかさなくていいです。そうでなくても、昨日散々ご迷惑をおかけしたというのに」
「そのことは即刻忘れるのーーーーっ!」
痛い!
スタンプ帳で叩かないでください。
「昨日のことを忘れるまで、道久君は廊下に立ってるの!」
「そんな無茶な」
やれやれ。
でも、昨日の件を口にしたのはさすがにまずかった。
俺は仕方なく廊下へ出ると。
教室からは、明るい雰囲気で話す近藤君の声と。
教授の笑い声が聞こえてくるのでした。
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