ツゲのせい
~ 一月六日(日) 福禄寿 ~
ツゲの花言葉 堅忍
「遠いの」
畑を越えて。
森越えて。
スタンプラリーマップの左端。
福禄寿を探すため。
文句を言いながら歩き続けるのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、赤烏帽子に押し込んで。
その上に、ツゲの花を揺らしながら歩いておりますが。
「遠いの。香澄ちゃんちも通り越しちゃったの」
「え? どこなのです?」
「あそこ。一本杉のちょいこっち」
「おお、立派なお宅なのです。渡さんのお宅、こんなに遠かったのですか」
たんぼを挟んではるか向こう。
大きなお宅がぽつんと見えます。
以前、駅まで自転車だと言っていましたが。
納得です。
毎日、これを歩くのは辛い。
いや、歩くのが辛いと言いますか。
実は水っ腹が苦しくて。
「もう一度休憩しませんか?」
「助かるの。まだ、お腹がたぽんたぽんいってるの」
俺達は田んぼの小さな水門に腰を下ろして。
揃ってお腹をさすりました。
……先日、美穂さんのお店で。
珍しく豆を買ったおばさんなのですが。
それを使って穂咲がこさえた。
コーヒーランチなる意味不明な品。
そんなものを食べてから。
いえ、たらふく飲んでから出発したせいで。
これで、もう五度目の休憩です。
「ウインナーコーヒーをおかずにカフェオレを飲まされる事になるとは……」
「デザートのコーヒーゼリーが唯一の固形物だったの。さすがに失敗なの」
「でも、水出しコーヒーは美味しかったですね」
「あれは箸休めなの」
「お箸は最初から最後まで休みっぱなしでしたけど。今度作り方教えてください、また飲みたいので」
「そんなら、ちょいちょい作っとくの」
ちょいちょい作っておく。
そんな言葉が、妙に照れくさく感じます。
今までは、普通に感じていた言葉ですが。
ちょっぴり意識してしまうと。
なかなかダイタンなセリフなのです。
「……なんか、赤いの」
「赤くなんかなってませんよ!? なに言っているのです」
「違うの。あそこに鳥居があるの」
ああ、福禄寿への目印でしたか。
びっくりしました。
穂咲が指差す方へあぜ道を進むと。
ミニサイズの山への入り口に。
古ぼけた赤い鳥居がひっそりとたたずんでいました。
この風景。
見覚えがあるような気もしますけど。
似たような所はこの辺りにいくつもありますし。
ただの記憶違いでしょうか。
「…………なんでさっき慌てて赤くなってないとか言ってたの?」
「さあ、いよいよ福禄寿とご対面です。気合を入れましょう」
都合の悪い話を誤魔化して。
薄暗い踏み分け道をざくざくと。
そして数分程歩いた小山のてっぺんに。
胸丈ほどの、小さなお社がありました。
「これ、何となく見覚えがありますね」
俺はお祈りをして。
失礼しますとお声がけして。
古いながらも丁寧に手入れをされたお社の扉を摘まんで開くと。
そこに、おでこの長い。
福禄寿の小さな石像がいらっしゃいました。
二人そろって、改めて手を合わせて。
そして嬉々としてスタンプを押してから。
改めて辺りを見渡すと。
お社のそばに、絵馬がかけられている木を見つけました。
十数枚の絵馬は。
古い物から、最近かけられたばかりに見えるものまで。
手作りでしょう、形の整わない絵馬は。
新しいものになるにしたがって。
完成度が増しているように思えます。
……絵馬なんて、売り物を買って。
そこに願いを書くものと思っていましたが。
でも、元々はこうして自分でこさえるものだったのでしょうね。
お守りしかり。
お正月飾りしかり。
そんなことを改めて知ることになりました。
「なんとか、冬休み中に六つとも見つけることが出来ましたね」
「一個足りないの」
そう言いながら。
穂咲は、スタンプ帳の黒の字を指差します。
「それはのんびり探しましょう。だって、ヒントがありません」
「きっと、この絵馬にヒントが書かれているの」
変なことを言い出した穂咲さん。
絵馬を一つ一つ眺めると。
「……道久君。これ、ちょっと怖い」
なんでしょう。
ホラー映画のコマーシャルを見た時と同じ顔をして。
わたわたと俺からコートを剥ぎ取って。
体に巻き付けてしまいましたが。
「やめてくださいタオルケットちゃん」
「だって、なんか怖いの」
そんなことを言われたら。
俺だって見たくないのですが。
でも、この流れで確認しないわけにはまいりません。
気合を入れて、絵馬を順繰りに見ていくと……。
「全部、来年こそはここで会えますようにって書いてありますね」
「怖いの」
え?
……まあ、無理やりホラーと思えば怖いですけど。
「ただのお願いじゃありませんか」
「だって。ここで?」
う。
確かに。
誰かと会いたいと言うだけなら意味は分かるのですが。
よりにもよって、こんな薄暗い朽ちたお社の前で。
言われてみたら結構怖いお話なのです。
「それに、毎年これが下がってるの」
来年こそ。
それが十数枚。
と、いう事は。
…………十数年間、同じお願いをし続けているという事ですよね。
「穂咲、大変です」
「なにがなの?」
「漏らしそう」
「……実は、あたしはちょっぴり手遅れな感じなの」
そうですか。
良かったですね、スキーウェアの下をはいて来て。
そいつなら防水効果が望めるのです。
二人揃って水っ腹。
しかもコーヒーには利尿作用があるとかないとか。
よし、すぐに脱出しましょう。
「さて、最後の最後によく分からないものとぶち当たりましたが。それなり楽しい年末年始だったということで」
「無理やりしめないで欲しいの。もやもやして困るの」
「そうは言いましても」
「最初の一枚目を見るとすべてが分かるの」
「勇気有りますね」
「……道久君が」
そうきましたか。
でも、ここに書かれている言葉を見たら。
ちょっと大変なことになるかもしれません。
「俺も、スキーウェアを着て来ればよかったのです」
「大丈夫なの。もっても、笑ったりしないの」
もう、後へは引かないつもりですね?
やむを得ません。
覚悟を決めて、一枚目の絵馬を捲って。
辛うじて読める部分だけで推察すると……。
『来年も、サンタさんからプレゼントがもらえますように』
…………え?
なんという和洋折衷。
どういう意味なのでしょうか。
「何が書いてあったの?」
「怖くないので、穂咲も見ると良いのです」
怯えて後ずさる穂咲。
首をふるふると左右に振って。
コートの前を、力いっぱいぎゅぎゅっと合わせて。
するとその肩を。
誰かがポンと叩きました。
声にならない悲鳴というものをはじめて聞いた気がします。
穂咲は口を大きく開けて。
超音波のようなものを発すると。
身を固まらせたまま。
こてんと倒れてしまいました。
そんなドッキリを仕掛けたお相手は。
「…………近藤君?」
驚いたのは穂咲ばかりでなく。
肩を叩いた近藤君が、倒れた穂咲を見て慌てふためいているようですが。
「え? ……どうして?」
呆然とする俺の前で。
穂咲の頬を叩く近藤君。
その、白い息に包まれた彼の瞳には。
涙が冷たく輝いているように見えたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます