ガンピのせい


~ 一月五日(土) 寿老人 ~


  ガンピの花言葉 明朗



 おばさんのお休みも最終日になりましたが。

 肝心の、地図上にいない大黒様の謎も解けぬまま。


 俺は、地図から抜け出してきてしまった大黒様を伴って。

 カルチャーセンターまでやってまいりました。


 いつもの大黒様ルックに身を包んだこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を包む赤烏帽子の上。

 朱色のガンピが可愛く揺れています。


「寿老人。これなの」

「違うでしょう」

「これなの」

「きっと違います」


 そりゃあ、杖をついてはいますけど。

 君が指を挿しているのは。

 杖を突いた登山家の絵。


 カルチャーセンターの入り口。

 確かにこの絵は。


 俺達が小さなころから。

 ここに飾ってあるように思えますが。


「素敵な絵なの」

「それは認めますが」

「寿老人なの」

「それを認めるわけにはまいりません」


 今日は、ドラマの三時間スペシャルがあるとかで。

 早めに帰りたいと言いながらの出陣となりましたけど。


 だからと言って。

 こんなズルはありません。


 年も明けたばかりというのに。

 カルチャーセンターでは、三つも教室が開いているようで。


 ちょうど授業が始まる頃合いなのか。

 回転ドアからぽつぽつとご来場される方がいらっしゃいます。


 そんな皆様の内、お一方。

 口をとがらせて絵を指差す穂咲を見て。

 声をかけてくださいました。


「その絵が気に入りましたか?」

「え? ああ、そういう訳では……」

「いい絵なの」


 穂咲の言葉ににっこりと微笑まれるのは。

 おばさんや母ちゃんより一回りお歳をめされたおばさんで。


「それを描いた方、中にいるわよ」


 お断りし辛いと言いますか。

 おすすめ上手な間と優しい物腰に促されるまま。

 俺達は二階にある教室の前までついていきました。


 教室の前に掲げられていた看板は。

 油絵教室とのこと。


 そんな扉から。

 独特の香りがふわりと零れると。


「あたしの敵なの」

「君、水彩画は天才的なのにね」


 油彩画は、勝手がわからないらしく。

 思い通りの絵が描けないとのことで。

 君は敵と呼んでいますが。


 だからと言って。

 語感が似ているからと言って。


 なにも、あぶらげまで嫌うこと無いじゃないですか。


 …………お稲荷さんは大好物なくせに。


「あの絵を? ほうほう、こちらの方々が」


 おばさんが声をかけると。

 授業前だからでしょうね。

 教室から、先生がわざわざ廊下まで出て来て下さったのですが。


「お恥ずかしながら、あれは私が若い頃に描いたものでして。この通り、昔から足腰が弱くて。憧れが筆に乗ったものなのですよ」


 右腕に杖を通した先生が。

 にっこりと笑いながらニット帽を外すと。


 白い髪が、仙人のようにそよそよと。

 顎髭と共に、優しそうに揺れるのです。



 ……ああ、こりゃいかん。

 俺の突っ込み癖が暴発しそう。

 でも、我慢我慢。 


「ほら、穂咲。あの絵を描かれた方です。お聞きしたい事とかあるでしょう」


 もちろんなのと頷いた穂咲さん。

 きっと摩訶不思議な感想を言い出すものと思っていたのですが。


 珍しく。

 誰もが心に思っていた質問を口にしました。


「……どっちなの?」


 君は明朗ですね。

 でも、時と場合を考えないと。

 こうして、先生が眉根を寄せてしまうのです。


「ねえ、道久君はどっちだと思うの?」


 どっちでもいいです。

 お腹と口を押えて笑いをこらえるおばさんを遠くへ追いやってから。

 俺は、穂咲が首から下げたスタンプ帳にハンコを押しました。


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