フクジュソウのせい


~ 一月四日(金) 毘沙門天 ~


  フクジュソウの花言葉 回想



「あー! またあたしのお宝を先に取ろうとしてるの!」


 お正月のご挨拶も無しに。

 人様を指差してぶしつけなことを言うこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、いつもの赤烏帽子に押し込んで。

 そこにフクジュソウを挿して、めでたさは満載なのですが。


 そんなめでたい大黒様に指をさされるのは。

 俺達のお友達。

 工務店のお兄さんなのです。


 気づけば週一頻度で一緒にお昼を食べ。

 文化祭では本当にお世話になった仲良しさんであり。

 かつ、怪盗穂咲の宿命のライバルなのです。


 そんなお兄さんと出会ったのは。

 駅の反対側、喫茶『カレイドスコープ』のすぐご近所。


 毘沙門天のイラストが描かれた辺りをうろついていたら。

 古そうな蔵の前で偶然出会ったのですが。


 ちらりと俺が手にした地図を見ただけで。

 すぐに事情を把握して。


「一足遅かったな。毘沙門天は俺のものだ」


 付き合いのいいお兄さんなのです。


「むう! あたしの方が先に手に入れるの!」

「そうはいかねえ。お宝は俺のものだ」

「それじゃ、スタンプ帳が埋まらないの!」


 どういう訳やら、初めて会った時以来お兄さんを敵視する穂咲が。

 お兄さんが持ってきた工事道具からスコップを取り出しました。


「しまった、それはお前のスペシャルウェポン。俺にとっちゃ土を掘る道具に過ぎんそいつも、お前が手にすると毘沙門天の槍に見えるな」

「ふっふっふ! そこをどくの!」


 穂咲はスコップを槍のように構えて。

 お兄さんを突いていますが。


「やめなさいよ乱暴な」


 蔵の前からお兄さんを追いやると。

 扉に付けられた錠をがちゃがちゃといじり始めたのです。


「南京錠ですか。引っ張っても外れないでしょうに」


 俺の指摘に、穂咲は口をとがらせてお兄さんを見上げます。

 すると、古そうな鍵を手にしたお兄さんがニヤリと口端をあげて。


「……じゃあ、取り分は七・三だ」

「やむなしなの」


 どう考えても十・ゼロのところを。

 変な取り決めと共に、錠前に挑みます。


 でも、鍵を挿しても錠前はびくともしない様子なのです。


「古そうですもんね。さび付いているのです?」

「いや、さび落としはしたんだが……。無理に力を入れると鍵がおれそうなんだ」


 なるほど。

 それは良く分かります。


 そしてお兄さんは。


「ばあさん。この錠前は思い出の品なんだったよな」


 蔵の向こう側へ声をかけると。

 やがて姿を現したのは。


「美穂さんとおばあちゃん!」

「あれ? 道久君、あけましておめでとう!」

「はい、おめでとうございます。……じゃあここ、おばあちゃんの家?」


 そんな俺の言葉に。

 親指をあげて答えるファンキーなおばあちゃん。


 穂咲も真似して親指を突き出してご挨拶などしていますが。

 俺達にくっ付いて歩いているおばさんまで。

 真似をするのはいかがなものでしょうか。


 それにしても。

 どうやらお兄さんがこの南京錠を開くお手伝いをしているようですが。

 いつの間にやらお二人の仲は進展しているようなのです。


 何となく嬉しくなって。

 にやけ顔で美穂さんの方を見ていた俺に。

 美穂さんもにっこりと笑顔で話しかけてくるのです。


「おばあちゃんの家に用事?」

「いえ、ただの偶然です。毘沙門様を探していただけなのです」

「毘沙門様?」


 するとお兄さんが。

 アイコンタクトをひとつ入れた後。

 わざとらしい声音で言うのです。


「この蔵に眠る毘沙門天。そんなお宝を、こいつと盗み出すってすんぽうだ!」

「ふっふっふ。期せずして、お兄さんと同じ獲物を狙うことになったの!」

「なるほどね。ならば見事、この封印されし錠前を開けてみるがいいわ!」

「三人揃ってバカなの? 俺を見てさあどうぞって手をかざさないでください」


 付き合いきれんと呆れる俺に。

 錆は落としたからと鍵を渡すお兄さん。


 まあ、穂咲も目をキラキラさせて扉が開くのを待っているようですし。

 開けますけど。


 ただ。


 やっちまいなって顔で。

 親指で首をかき切る仕草はちょっと違うと思うな、お三人さん。


「おや? ……お兄さん同様、まったく回りません」


 力を入れたら折れてしまいそうな鍵。

 無理はできません。


 慎重に力を加えても。

 びくともしませんし。


 すっかり困っていた俺に声をかけてきたのは。

 おばさんでした。


「ああ、ひょっとして。奥じゃなくて、手前の方で回してみなさい」


 え?

 鍵を奥まで押し込まない?


 そんな馬鹿なと思いながらも。

 言われるがまま、時計回りに力を入れながら手前の方に鍵を引くと。


 急にごりっという音と共に鍵が回って。

 留め具が少しだけ外れたのです。


「おお! これだけ隙間が出来れば……、外れました!」

「でかしたの道久君! では、いよいよお宝とご対面なの!」


 昔見た記憶を回想しているよう。

 穂咲が瞳を一度閉じて、イメージを湧かせて。

 そして目を開きながら頷くのに合わせて。


 俺は、ドキドキしながら扉を開くと。



 ……中はがらんどうでした。



「あれれれれ!?」


 七福神調査隊の三人が目を丸くさせているのをよそに。

 おばあちゃんと美穂さんが中を覗き込んで眉根を寄せます。


「かび臭いわね。……やっぱり、ここじゃ無理じゃない? いやいやおばあちゃん。いえーいじゃなくて。どうするのよ五十人もの宴会引き受けちゃって」

「しょうがねえ。今改築中のレストランを使わせてもらえねえか頼んでおくか」

「助かるわ。ありがとうね」


 ええと。

 これは一体どういう事でしょう。


「毘沙門天は?」

「あの小さな石像だったら、隣りの家の庭先にあるぜ」

「へ?」


 言われるがまま、慌ててお隣りを覗くと。

 これ見よがしに、毘沙門天が小さなお社の中で槍を携えて立っていました。


「むう! お宝を三対七にするとか言われたせいで騙されたの!」

「騙してなんかねえぜ、スコップ女。ちゃんと、お宝の『三』はくれてやる」


 そう言いながら喫茶店に連れられて行った俺達三人は。

 三杯の、温かいコーヒーを振舞っていただいたのです。


 でも。

 楽しそうに笑うおばあちゃんと美穂さんの前で。


「そうくるか」


 七杯のコーヒーを並べられたお兄さんが、俺をジトっとした目で見つめます。


 やれやれ。

 しょうがない。


 いたずら好きな女子を相手にする気持ちは痛いほどわかりますので。

 俺は、できる限りのお手伝いをしてあげました。


 そう。

 できる限り。


「無理ですよ四杯目は!」


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