ウメのせい
~ 一月三日(木) 六福神 ~
ウメの花言葉 忍耐
「いち、に、さん!」
「むむ。ふりだしの方へ逆走するとは。斬新なの」
「こうすると、ずっと楽しい!」
「ぴかりんちゃんは天才なの」
姪っ子のひかりちゃんと。
二人で順番にサイコロを振って。
一つのコマを動かしているのは
お正月らしく。
スゴロクで遊んでいるようですが。
「コマ、ひとつきりででどうします」
「こんな運頼りのもので勝負とかしても、負けてる方は悔しくても頑張りようが無くてつまらないの。だから協力プレイなの」
協力。
その割には。
いきなりひかりちゃんに裏切られているように見えますが。
……いえ。
裏切りではないのですね。
君まで後ろに戻してますけど。
それ、あがるまで何時間かかるのです?
今日は、お忙しいお正月の合間を縫って。
おじいちゃんとおばあちゃんに命じられたからとのことで。
まーくん一家が藍川家に遊びに来ています。
おばさんと、父ちゃんと母ちゃんは。
気付けば年越しからずーっとお酒を飲みっぱなしなのですが。
そこにダリアさんも加わり。
その飲みっぷりに、一同揃って拍手喝采。
さっきまで大騒ぎしていたのですが。
「お酒、飽きた。面白いものある?」
「なんですかその言い草」
お酒大好きなおばさんにとって。
それより楽しい物。
そんな無理難題、急に言われましても。
世にも珍しいスゴロクでは笑ってもらえないでしょうし。
悩む俺に。
ダリアさんがアドバイスをくれます。
「ムズカシク考えるな、少年。目下抱えているセイシュンの苦悩を語ればいい」
「語りません。それにしても、顔色一つ変わらないなんてすごいですね」
一升瓶、すでに二本目も半分方無くなってますが。
「モチロン。ぜんぜん酔ってない。へーきへーき」
「え? ……ダリアさん。十一かける十一は?」
「きゅうじゅ…………、へーきへーき」
まじか。
平気なのは、見た目だけでした。
「やれやれ。酔っ払いの意見に乗るようでしゃくですが、そういうことなら分らないことがひとつありまして……」
俺は、七福神マップを取り出すと。
ノンアルコールビールを飲んでいたまーくんに質問します。
……いえ。
まーくんに聞いているんです。
酔っ払いカルテットには聞いていません。
お酒臭い顔を寄せないでください。
「この地図をご覧ください。この近所を表しているのです」
「へえ、道久君が作ったのか?」
「いえいえ、おじさんなのです。大昔に」
「兄貴、マメだなあ……。これくらいやるべきなのか、ダリアよ」
「へーきへーき」
まーくん。
お気持ちは分かるのですが。
そんな顔でにらんじゃダメです。
きっとまた言い負かされて。
正座させられるに決まってますから。
「それより、この謎をどう解くのか教えて欲しいのです」
「謎? そんなもの、どこにあるんだ?」
右上の方が破けた、ボロボロの地図を手に。
まーくんが首を捻りますが。
確かに説明が足りませんね。
「七福神探しゲームなのですが、地図には六人分しかいないのです。大黒様がどこにもいません」
俺が、分かりやすく六人を指で追うと。
母ちゃんとおばさんがしきりに頷いたのですが。
まーくんは、眉根を寄せて俺を見上げます。
「……え? その七人目はどこにいるのかって?」
「はい」
「呆れたヤツだな。道久君、ちょっとは頭を使う癖をつけないと、社会に出てもやっていけねえぜ?」
「どういうことです?」
どうしてまーくんがため息をつくのか理由が分かりません。
俺が呆然としていると。
「そうだな、同じ質問をお父さんにしてみろよ」
「え? ……この酔っ払いに?」
メガネが半分ずり落ちて。
大海原を行く船を漕ぐ父ちゃんに?
一信九疑。
「父ちゃん。大黒様、どこにいるんだ?」
俺は言われるがまま、酔っ払いに聞くと。
寝ぼけまなこで、ろれつも回らない父ちゃんが。
間髪を入れずに教えてくれたのです。
「いないか、山の方のどっちかだ」
「山の上?」
「地図の破けてるとこ、山の方だろう。ここに書いてあったか、もともと書いていなかったのか」
……確かに、言われてみれば。
その二択なのです。
「一瞬で答えられましたけど。……まーくん、大人は今のが出来て当然なのですか?」
だとすれば凄い。
酔っぱらっているのに、当たり前のように。
まるで自分の名前を言うかのような早さで答えるなんて。
驚きと尊敬。
そして不安を胸にした俺なのですが。
意外にも、父ちゃんの話は大あくびを経てまだ続くのです。
「別の紙にいた可能性もある。よくよく見れば、地図のどこかに隠れてるかもしれん。じゃなきゃ、裏面。後は……」
そこまで言うと。
とうとう口を開けたまま眠ってしまったのですが。
……え?
父ちゃん、酔っぱらってるふり?
俺はまーくんへ振り向きましたが。
さも当然とばかりに頷くのです。
「まあ、別紙ってのは考えにくいがな。もともと書かなかったって可能性もそれなりあるけど、一番可能性が高いのは破けた所に書いてあったってセンだろうな」
「ええとですね、ちょといいですか?」
「なんだよ」
「今のがしれっと分かるのが社会人?」
「あらゆる可能性を想定する。その中から、もっとも費用対効果の高い選択をする。……それが普通にできねえ奴とビジネスの話はしたくねえぞ?」
うそ?
「だって、普通の会話の早さで?」
「そうだ。それが前提で、夢をごり押しして来るヤツが俺は好きだけどな」
そう結んだまーくんは。
ノンアルコールビールの缶を傾けるのでした。
…………参った。
こんなお遊びの品から。
ショッキングな話が飛び出してきました。
急に社会に出ることが不安になってきたのですけど。
俺、遊んでいる場合じゃないのでしょうか?
急に静まり返った部屋の中。
ひかりちゃんとおしゃべりをしていた穂咲が。
ぽつりとつぶやきます。
「道久君、レジに二人お客様が並んでて、テーブル席のお客様がジュース零しちゃったらどうするの?」
「え? 他にバイトは?」
「店長さんと二人だけ」
「泣いて逃げます」
「じゃあ、特別にカンナさんも厨房にいるの」
「だったらお客様にお断りを入れてカンナさんにレジお願いしますって言って、ふきんを持ってテーブルに行きますが」
俺の返事を聞いていたのやらいないのやら。
穂咲は、ひかりちゃんとおしゃべりを始めてしまったのですが。
「…………え? 今の、何?」
「あのさあ道久君」
「はい」
「穂咲ちゃんが言ったこと、分からないの?」
「はい。……え? 今のに意味なんかありました?」
俺の返事に。
まーくんばかりか。
おばさんと母ちゃんとダリアさんまで。
盛大に酒臭いため息をついていますが。
「少年。……ココで正座」
「え!? 今ので???」
「道久君。立ってなさい」
「正座で立つことができるのは世界広しと言えど一休さんをおいて他にいません」
「わははは! 道久! 罰としてうちからビール持ってきな!」
「矛盾を増やさないで欲しいのです。あと、まだ飲む気!?」
俺はもやもやとした気持ちを抱えながら。
穂咲の家とうちの間辺りで。
中腰の姿勢でずっと耐えていました。
……大人になるのは不安ですが。
こういうトンチなら一休さんにだって負けないのです。
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