カネノナルキのせい


~ 十二月三十日(日) 弁財天 ~


  カネノナルキの花言葉 一攫千金



 十数年前に俺達が楽しんだ七福神巡りラリー。


 朝から遊んでお昼を挟んで。

 良い子は帰りましょう放送が流れるまで。

 一日で楽しむ仕様になっていると思われるのですが。


 すっかり母娘の年末デートに付き合うことになったため。

 七福神スタンプ帳は。

 一日一マスしか埋まりません。



 これではラジオ体操なのです。



 そんなスローペースで年末を満喫しているのは藍川あいかわ穂咲ほさき

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、赤い烏帽子にしまい込んで。

 ピコピコハンマー片手にねり歩くので。


「またお巡りさんに捕まったの」

「せめてハンマーはやめなさいな」


 おばさんがいるので難なく解放してはもらえますが。

 年末ですし。

 こんな不審者、声をかけられまくりです。


 そんな穂咲が。

 今日はお魚気分と言い出したので。


 お昼に、駅の反対側にある。

 混み合った回転ずしへ入って。


 俺とおばさんが五皿ずつ。

 穂咲はおにぎりとラーメン、デザートにプリンを食べて。


 満腹になったところで弁天様を探します。


「さて、お魚も食べたし」

「食べてません」

「弁天様、バス乗り場の前あたりなはずなの」

「でも、宝くじ売り場くらいしかありませんよ?」


 ちょっぴり地図が雑なので。

 それ以上のヒントが無く。


 今日は無理かもしれないと思っていたら。


「はっ!? ビジネスチャ~ンス」

「脱線しなさんな。駄目ですからね、宝くじなんか買ったら」


 お店によっては未成年に販売しないとのお話ですし。

 そもそもギャンブルなんかダメですよ。


「買わないの」

「当然です」

「売る方が儲かりそうなの」

「もっとダメな方でしたか」


 バカなことを言うのです。


「宝くじ、買いたいの?」


 宝くじ売り場の中に入ったおばあちゃんが。

 お店の前で騒ぐ俺達に声をかけてくれましたが。


「違うの。売りたいの」

「あらあら。店員さんは決まった人じゃないとできないのよ?」


 売り子さんをやってみたいと言っているものだと勘違いなさったのでしょう。

 おばあちゃんが優しく説明してくださいました。


「ご迷惑になるから、もう行くのです」

「待ってほしいの。おばあちゃん、この辺に弁天様いないの?」


 この失礼の上塗りに。

 おばあちゃんはどういうわけか。

 目を大きくさせて驚きの声をあげたのです。


「あらあら! 昔来た子たち? 大きくなったわねえ!」

「おや。俺達、おばあちゃんとお会いしていたのですか?」

「覚えてないの?」

「そしたら、おばあちゃんが弁天様?」


 一瞬、そんなわけあるかいと突っ込もうと思ったのですが。

 それはおばあちゃんに失礼と気付いて急ブレーキ。


 もやもやとした気持ちでいる俺をよそに。

 おばあちゃんはのんきに会話を続けます。


「あの時と同じねえ。弁天様は、あたしじゃないわよ?」


 そう言いながら。

 おばあちゃんは、宝くじ売り場の壁にかかった写真を外して見せてくれました。


「これが昔の宝くじ売り場。ほら、ここのところ、ポスターが見えるかい?」

「ええと……、白浪五人男?」

「そうそう。町で公演しててね、長い事ポスターが張ってあったの。あなた達が来たら、これが弁天って名前なんだよって教えてあげてほしいって頼まれてね」


 なるほど。

 おじさん、無茶するのです。


「じゃあまさか、ハンコも?」

「ええ、あたしが押してあげたのよ?」

「ごめんなさい、覚えてなくて」


 俺が頭を下げると。

 穂咲は頭を下げながらスタンプ帳とハンコを宝くじ売り場の小さな受け渡し口から差し込みました。


 ご迷惑っ!


 でも、優しいおばあちゃん。

 くすくすと笑いながらハンコを押して下さいました。


「……どうやら、こないだ聞いた弁天違い、ここで覚えたようですね」

「そうみたいなの」


 俺達が話していると。

 おばあちゃんが楽しそうに聞いてきます。


「何の話?」

「あのね、北海道からの帰り道でね、弁天小僧と弁天様をかけたお話をしたの」

「ふふふ。そのお話だけは覚えていたのね、お嬢ちゃん」


 ご迷惑と思いつつも。

 おばあちゃんの幸せそうなお顔を見ていると。

 つい話し込んでしまいます。


「そもそもこいつが、サンタのつもりで大黒様にしか見えないこの格好をしていたのが悪いのです」

「サンタさん? ほんとねえ。大黒様にしか見えないわねえ」

「お布団の上で言われるまで気付かなかったの」

「真っ暗な布団から見たシルエットは一瞬サンタに見えなくなかったのですが……? おや? どうしましたか、おばさん?」


 両手で口を塞いで。

 プルプルと震えていらっしゃいますが。


「夜にお布団の上で!」

「あ。……いえ、違いますよ?」

「でかしたほっちゃん! こうしちゃいられないわ! 式場を予約してこなきゃ!」


 そう叫んで。

 どこかへ走って行っちゃいましたけど。


 ……まあ、放っておきましょう。


「ねえ、道久君」

「はい」

「ママ、スキー場を予約しにいったの?」


 聞き間違えてやがりましたか。

 こっちも放っておきましょう。


「すいません、おばあちゃん。騒がしくして」

「いいのよ。大黒様と弁天様にもよろしくね」


 おいとましようと頭を下げた俺の耳に。

 なにやら変な言葉がかけられます。


「え? 俺達、四人組だったのですか!?」

「そうよ? でも、大黒様じゃなかったわね。あの日はクリスマスだったから、大きな体のサンタさん。それと、あなた達のお友達でしょ? 弁天様」


 ああ、なるほど。

 おじさんが一緒だったのですね。

 さらにクリスマスにやったのですか、このラリー。


 なるほど。

 それならお宝は、クリスマスプレゼントだったのですね?


 ……そして。

 ここでも目撃情報が。


 もののついでです。

 質問してみましょう。


「ええと、その子の事、俺達覚えていないのです。弁天様? 女の子ですよね」

「いいえ、キリっと線の細い男の子。髪が長かったからあたしが勘違いして女の子なんて言ったもんだから、二人して弁天小僧って呼んでたじゃない」


 覚えてねえええ。


 穂咲の顔を見ても。

 烏帽子の上に突き立てられたカネノナルキが左右に振れます。



 気になって仕方ないですが。

 これ以上は無理っぽいのです。


 改めてお礼を言って。

 宝くじ売り場を後にすることにしました。


 そして。

 穂咲がずーっとスタンプ帳に書き写していた宝くじの絵を。

 ペンで塗りつぶしておきました。


 そんなの売ったら、お金が必要じゃない場所へ連れて行かれちゃいます。


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