カボチャのせい


~ 十二月三十一日(月) 宝船? ~


  カボチャの花言葉 広い心



 てん

 てけてけてけてん


 てん

 てけてけてけピッ!


「……CD間違えたの」

「最悪です」


 せっかくの年末気分を。

 台無しにするこの人は。

 今年も一年俺を振り回してくれた藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。

 俺のYシャツを羽織って走り回っていますけど。

 普段から掃除しないからそうなるのです。


「凄いの。あたしより上手いの。ひょっとして、道久君にはお掃除の才能があるかもなの」

「おだててもこれ以上は手伝いません。そいうお世辞は、たまーにしか掃除しない人に言わないと効果ないのです」


 まったく。

 年越し前だというのに。

 窓ふきもしていないなんて。


「本当に凄いの。これからは、道久君にサッシを拭いてもらうことにするの」

「それに、おばさんの書いた台本を読みながら言われましても」


 そもそも、そんな手を使わなくとも。

 こうしていつも掃除してあげているでしょうに。


 平成最後の大晦日。

 穂咲は冬休みに入ってから毎日コツコツとたゆまずサボり続け。

 たまりにたまったお掃除をしているご様子。


 クローゼットを整理している間。

 窓の掃除は危ないので。

 俺が代わってあげました。


「君に任せると、窓を落っことしちゃいますからね」

「そんな小さな頃の話は忘れたの」

「去年のことですが?」

「去年の話をすると、鬼が泣きわめいちゃうの」

「そんなことわざありません」


 いつものように、おバカなことを言いながら。

 毛玉だらけのセーターとバイバイするかどうするか。

 悩み続けたまま止まっていますけど。


 俺の方は、これでおしまい。

 でも、窓がピカピカになると。


 今度は壁の汚れが気になってしまうのですが。

 ここで手を出したら負けなのです。


 俺は後ろ髪を引かれつつ。

 部屋に戻ろうとしたら。


「今年は、おせち作ってみたの」

「へえ、珍しい。おばさんと一緒に?」

「ううん? あたし一人で」


 そりゃ凄い。

 俺は手放しで褒めてあげながら。

 それはたいしたもので賞の代わりに。

 壁を拭き始めました。


「好きな食べ物ばっかりになっちったの」

「それはしょうがないでしょう。でも、今時おせちはおろかお雑煮も食べない家が増えてきているというのに。大したものです」

「大したものなの? ほんと?」

「ほんとほんと」

「じゃあ、お夕飯に食べる?」

「君は今日、二度目のフライングをしたので失格です」


 きょとんとなさっていますけど。

 だめですって。


 お正月のものはお正月になってから。

 君のせいで、鬼も笑い過ぎて家から逃げ出していくのです。


「……意外にも役立つ効果が」

「なにがなの?」


 笑う門には福来る。

 その真の意味が。


 『ボケ役がいると幸せ』


 という意味ではありませんように。


 俺はそう祈りつつ。

 結局、晩御飯時まで掃除を続けることになりました。



 ~🎍~🌉~🎍~



 年越しは。

 藍川家のこたつを囲んで。

 我が家の面々も勢ぞろい。


 ともなれば。


「休んでいる暇がないのです!」

「うはははは! 道久! 日本酒持ってきて! ぬるかんで!」

「加減分かりませんよ! それよりおばさん、ほんとにチーズ鱈あるのです? 台所中探したのですが見つかりません」

「あ! ここにあったわ! てか、もう食ってた!」

「ひどい」

「道久、ビールもう一本」

「ええい、だからケースで持って来た方が手間が無いと言ったのに!」


 泣く泣く隣から既に半分になった缶ビールのケースを持って戻る頃には。

 こたつには、年越しそばが並んでいました。


「おお、もうそんな時刻ですか。そばを食べながら過ごす三十分が、いつもドキドキですよね」

「そう言えば、家によって食べる時刻はまちまちなの。香澄ちゃんとこは、夕ご飯に食べるんだって」

「六本木君の家では年をまたいで食べるらしいですよ?」


 あの二人が一緒に暮らしたらどちらのルールが採用されるのでしょう。


 そんなことを思いながらこたつに足を突っ込んで。

 穂咲に差し出された器を見てみたら。


「五目そば? …………いや、これはおせちそば!」


 黒豆、田作り、タケノコの土佐煮、昆布巻き、栗きんとん。

 ごちゃっと詰め込まれておりますが。


「全部ほっちゃんの手作りよ!」

「あんた、愛されてるじゃないのさ! 憎いねこのっ!」

「俺こそ憎らしいのです。……ちゃんと、これは正月に。今はお蕎麦だけいただきたいのですが」

「うう、ごめんなさいなの。自信作だから早めに食べて欲しかったの」


 やれやれ。

 そんなしょんぼり顔で。

 年越しさせるわけにはいきませんね。


 しょうがない。

 そばは蕎麦でしょうし。


 そう思いながら両手を合わせて。

 上の具をかきわけてみれば。


 ない。

 つゆも麺も。

 どこにも。


「……まさか、ほんとにただのおせちだったとは」


 でも、文句も言わずに。

 それなりのお味にできたおせちを食べていたら。


 父ちゃんが肩を叩いて。


「お前は大人になったな」


 そう、腹の立つ言葉を俺に残すと。

 どんちゃん騒ぎへ帰って行きました。


「……せめて、年越しくらい楽しい気分でさせて欲しかったのですが」


 イライラとしながら。

 おせちをもぐもぐといただいていたら。


「だったら、立ってるの」


 さらに俺の神経を逆撫でする声がかけられたのです。


「…………それが、俺の一番楽な姿勢だとでも?」

「そうじゃないの。道久君を、平成最後の年越しの間、地球上にいなかったことにしてみせるの」

「小学生みたいなことを言いますね」


 とは言え、確かにアレをやった経験はありませんし。

 穂咲からは、どこか気を使って言ってくれた雰囲気を感じますし。


 踊らされてみましょう。


「では、カウントダウンなの」


 そう言いながら。

 穂咲はおもちゃみたいな腕時計を見ようと手首を返します。


「まだ、結構時間ありませんか?」

「全然なの。五、四……」

「うそ!? ちょ、ちょっと待って……」


 穂咲に待てと言ったところで。

 時間は止まりませんが。


「三、二、一、ぜロなの!」


 カウントダウンに任せてジャンプして。

 そのままびしっと気を付けで着地。


 すると三人のギャラリーが、携帯を見ながら呟きます。


「ほっちゃんの時計、ずれてない?」

「まだ一時間後だぞ?」

「わはははは! 残念だったわね!」


 …………え?


 こら。

 穂咲。


「道久君、顔が怖いの。広い心で許すと良いの」


 やれやれ。

 俺は頬を膨らませたまま。

 一時間立っていなければならなそうです。



 では皆様。

 どうぞ座ったままで。

 良いお年をお迎えください。


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